エンゲージメント・マーケティング成功のための10ヶ条 β版 (8)
10. 全顧客を対象としない(区別する)
いよいよこのタイトルの最終回です。過去7回エンゲージメント・マーケティングを成功させるための考え方を提示してきました。(といいながら実は7のROIは近々アップします。いろいろと検証中なので..)
- エンゲージメント関係の可視化
- 定期的な顧客インサイトの把握、確認
- 共有価値の創造
- 対話の促進(特に社内関係者を巻き込む)
- あらゆる企業活動にエンゲージメント・マーケティングのプロセスを組み入れる
- 参加、及びアクションを継続してもらう仕組みの実装(ソーシャル・プラグイン、コミュニティなど)
- ROIの設計、測定、フィードバック(エンゲージメント・マーケティングの価値化、可視化のため。短期及び中期的視点が必要)→検証中&近々公開!
- エモーショナル(情緒的)な対価
- 適切なインセンティブ(エンゲージメント活動のお礼として)
- 全顧客を対象としない(区別する)
最後は「全顧客を対象としない(区別する)」です。クライアントとお話をしていて最終的にはこの点がいつも議論になります。多くのマーケターにとってのミッションは「自社商品をなるべく多くの方に継続的に購入していただく事」だからです。いうまでもなくマス・マーケティングの有効性がここにあるのですが、ご存知のように70年代、80年代にはダイレクトマーケティング、One to one マーケティングが本格化し、「重要顧客の囲い込み」が重要となってきました。これはどのような企業においても「約2割の顧客が全体の8割の収益をもたらす」というパレート最適を基に実行されるマーケティング・フレームワークです。ここで大切なのは優良顧客とそうでない事を「区別する」ことでした。同じ扱いをするなということです。分かりやすく言うとエアラインのチケットカウンターにおいてファーストクラスにはレッドカーペットが引いてあり、ラウンジが提供されるが、そうでないお客様にはこれがない、というものです。
ドン・ペパーズ、マーサ・ロジャーズの名著「One to Oneマーケティング」は筆者のバイブルの一冊ですが、従来のマス・マーケティングに対してマスではなく「個」を考えたマーケティングアプローチの意義とその有効性について書かれています。
この書のキー・メッセージの一つが「優良顧客とそうでない顧客を区別しろ」です。当時、表面的には「お客様は神様です」的な中で「区別」という考え方は強烈なメッセージでしたが、この書では論理的に「区別」の必要性を問うています。生涯価値(Life time value)の高い優良顧客を一人失うことによる企業損出とそうでない顧客との比較から、投資すべき顧客を明確化し、然るべき投資とコミュニケーションをするべしと訴えています。特にIT活用がこのアプローチをより有効なものにするために、その後のITとマーケティングの融合に拍車をかけた書とも言えます。
では、今回取り上げたエンゲージメント・マーケティングにおいてはこの考え方がどのように進化したのでしょうか?
One to one マーケティングではあくまでも顧客はメッセージの受け手として扱われています。すなわち、その商品やブランドのメッセージを受け手として共有を受けたにとどまっています。またコミュニケーションのゴールは受け手の満足度向上→売上促進なので、あくまでも顧客と企業の1対1のクローズなコミュニケーションにとどまっています。
エンゲージメント・マーケティングでは顧客は単なるメッセージの受け手ではなく、企業やブランドのマーケティング活動へのポジティブな共創者なので、彼らはブランドからのメッセージを自分毎として知人にシェアしたり(推奨)、クレームを入れたり、フォーラムに意見やアイデアを投稿してくれたりします。つまりOne to One マーケティングとの違いは1対1対n(知人)というオープン性です。メッセージが顧客個々のコミュニティでシェアされていくという点です。無論、One to Oneマーケティング アプローチでもその点はロイヤルティが高い顧客の反応として期待はされていましたが、副次的であったわけです。あくまでも顧客個人の満足度向上が一時的な目的であったので。ところがエンゲージメント・マーケティングの目的は顧客とのエンゲージメント(=共創)なので、最初からこの点を目的においています。
エンゲージメント・マーケティングのベストシナリオは、1) ブランドと共創意識の高い顧客とコネクトし、2) 彼らの趣味思考やブランドに対する考え方などのインサイトを得て、3) 顧客の参加、共創を促すエンゲージメント施策を展開する、4) 顧客が自分毎としてシェアしてくれたり、意見を言ってくれる、5) 企業マーケティングに活用、という流れになります。ここでのポイントは今回のお題である「全顧客を対象にしない」です。なぜならこのような企業・ブランドへの共創者はだいたい4%-10%くらいだと思われます。(弊社のクライアント調査から。アップルはこの割合がかなり高いものと思われます。残念ながらアップルは我々のクライアントではないので分かりません。笑)我々はこのような層をブランド・イノベーターと呼んでいます。そう、ブランドと一緒にそのブランドのイノベーションに関与してくれる層です。
ここで陥りやすい罠が「マーケティングの効率性の追求」です。マーケターであればこの点は非常に重要なポイントではありますが、エンゲージメント・マーケティングはマス・マーケティングの代替ではありません。別のアプローチなのです。マス・マーケティングではどちらかというと多くの人に購入してもらいために、なるべく多くの人のニーズを把握し、リーチして、購入を促進することが必須ですが、エンゲージメント・マーケティングのアプローチでは、ブランド・イノベーターとの共創のみに焦点をあてます。なので一義的にはマス・マーケティングと違い非常にコミュニケーション(リーチ)母数は狭いものとなります。また、得るべきインサイトはブランド・イノベーターに限定されます。実際に弊社クライアントとブランド・イノベーターとその他の顧客、潜在顧客への調査を実施したところ、そのブランドに対する考え方やニーズ・ウォンツはまったく別のものでした。このあたりは今後のブログで詳細をご紹介いたしますが、ブランド・イノベーターのブランドへの期待は、単なる「あればいい機能」というより、そのブランドの姿勢、ブランドの果たすべき役割などにまで言及されているのです。
多くのリサーチ調査がMROCやリサーチ・パネルを使い、そのブランドの機能や他ブランドとの差別化に関して調査を行い、消費者インサイトを得て、商品を開発したり、コミュニケーション計画を立案したりしていますが、エンゲージメント・マーケティングではこれらの手法は使わず、自社の顧客と築いたフォーラムでの対話によりマーケティング実行していくのです。故Steve Jobsがマーケット・リサーチを信用しなかった(と言われてますが)のは、彼自身がもっとも優れたアップルのブランド・イノベーター顧客だったからです。
無論、両方のアプローチが重要であって、むしろどちらかだけでよいというつもりはありませんし、商材によっては従来型の消費者調査の方がワークするものと思われますが、いづれにしろ自社ブランドにとっての共創者である顧客と対話はより重要になっていきています。
今回でこの項は一旦終わります。(7のROIは後日アップします。)