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海底ケーブルを「所有」する時代----巨大テック企業が塗り替える通信インフラの覇権構造

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Mordor Intelligence が2026年1月に更新・公表した調査報告「Submarine Optical Fiber Cable Market Size & Share Analysis」によると、海底光ファイバーケーブル市場の規模は2026年に約59億ドル(約8,700億円)に達し、2031年には約99億ドルへと拡大する見通しです。年平均成長率は10.87%と、通信インフラ分野としては際立った水準で推移する見込みとなっています。

この成長を支えているのは、単なる通信量の増加ではありません。クラウド事業者やコンテンツプラットフォームが従来の通信事業者を介さず、海底ケーブルを自前で保有・運用する動きが加速しています。同時に、AIワークロードが要求する低遅延・大容量通信への対応と、地政学リスクの高まりを受けたルート多元化が、インフラ投資の構造そのものを変えつつあります。

かつて通信事業者が独占していた海底ケーブルの所有と運用は、いまやテクノロジー企業や政府機関を巻き込んだ多極的な争いへと移行しました。この変化は、回線コストや企業の競争力に直接影響するだけでなく、国際通信の安全保障や産業構造の再配置にまで及びます。

今回は、ハイパースケーラーによる自前ケーブル化の論理、地政学リスクと技術革新が交差するインフラの現在、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

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誰が海底ケーブルを「持つ」のか----所有構造の転換

海底ケーブルとは「通信事業者が運営するインフラを企業が借りるもの」という前提が、崩れつつあります。

Mordor Intelligence の報告が示すように、2025年時点でクラウド・コンテンツ事業者向けセグメントの年平均成長率は11.84%と、通信事業者向けの成長率を上回っています。Metaが推進する「2Africa」と「Waterworth」の両プロジェクトは合計で9万キロメートルを超えるルートを確保し、帯域リースの交渉コストを排除しつつ、エンドツーエンドの容量管理を実現するものです。Googleは2025年、シンガポールとモルディブを結ぶ「Dhivaru」リンクを稼働させ、AIモデルの学習に必要な低遅延レプリケーション環境を整えました。Amazonも2027年稼働予定の大西洋横断ルートについてアイルランドの上陸権を取得済みであるとされています。

これらの動きが示すのは、巨大テック企業にとって海底ケーブルが「インフラコストの変動費」から「戦略資産」へと性格を変えつつあるということです。AIクラスターのデータ複製や推論ワークロードの分散配置には、予測可能かつ大容量の専用帯域が不可欠であり、帯域を市場価格で借り続けるモデルでは、競合との遅延差が生産性格差に直結します。

対照的に、従来型の通信事業者は「帯域を売る事業者」から「物理インフラを保有するホールセール事業者」へと役割の再定義を迫られています。回線を自前で引く体力のない事業者は、サービスレベル保証(SLA)の高度化や修理・監視サービスの強化に軸足を移しつつあります。所有構造の変化は、収益モデルそのものを書き換える過程でもあります。

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容量設計の新常識----「60テラビット超」が標準化する理由

2025年時点の新規入札の過半数が、60テラビット毎秒(Tbit/s)超のシステムを要件に掲げています。数年前まで「ハイエンド仕様」とされた水準が、今や発注書の前提条件となっています。

この背景には、需要の性質変化があります。インターネットトラフィックはテキストや音声から映像、さらには8K映像やXR(拡張現実)、AIクラスター間のモデル複製へと移行しており、ユーザー数の増加を上回る速度でデータ量が膨らんでいます。アジア太平洋地域の月間モバイルデータ使用量は2025年に120エクサバイトに達したとされ、インドやインドネシアにおける5G普及がその主要因となっています。

設備投資の観点からも、大容量設計には合理性があります。初期敷設時に光ファイバーペアを追加するコストは総費用の10〜15%程度にとどまる一方、竣工後に増設する場合は海底工事を伴う膨大な費用と許認可取得の時間を要します。最大容量で設計しておけば、経済的耐用年数を20〜25年に延ばすことが可能となり、減価償却期間を実際の収益期間に一致させることができます。財務担当役員がより高い初期投資を選択する判断には、こうした構造的な背景があります。

技術面では、コヒーレントプラガブル光学技術の進化が後押ししています。NEC が実証した22コアの空間分割多重(SDM)ファイバーは、単一のファイバーペアで680 Tbit/sの伝送を達成しており、将来の商用展開に向けた継続的な研究開発が進む状況です。2025年の新規入札書類の60%がITU-T G.654.E低損失規格を採用しており、中継器間隔を400キロメートルに延長することで、従来規格比40%のリピーター削減が可能となっています。容量設計の常識は、単なる数字の更新ではなく、技術・財務・運用の三つの軸が連動した再設計です。

地政学が引く「見えない境界線」----ルートと許認可の攻防

海底ケーブルは海の底に敷かれているがゆえに、国際紛争とは無縁に見えます。しかし実際には、上陸地点の許認可をめぐる地政学的な摩擦が、インフラの可用性と通信コストに直接影響を与える時代に入っています。

中国系メーカーは南シナ海やインド洋において積極的なプロジェクト受注を続けていますが、オーストラリアや米国では安全保障審査を理由に上陸申請が却下されるケースが増えています。このため、シンガポールや香港を経由するルートへのトラフィック迂回が余儀なくされており、冗長性の確保という名目のコストが上昇しています。欧州でもBrexitによって英仏海峡を横断する上陸許可の制度が分断され、地中海ルートには欧州連合(EU)の厳格な環境審査が加わって、許認可取得までの期間が12〜18ヶ月延長される傾向があるとされています。

紅海ルートでは船舶への攻撃リスクが保険料率の上昇を招き、2025年にはリスク回廊として分類されたルートで最大30%の保険料引き上げが報告されています。スエズ通過に代わる保護ループの敷設が加速し、中東地域のオペレーターが単一障害点のリスクを分散させる動きが鮮明になっています。

こうした状況に対し、新たな地政学的回廊として注目されているのが北極域ルートです。Far North Fiber が進める日本から英国を結ぶ全長1万4,000キロメートルの海底ケーブルは、アジアと欧州間の遅延を最大30%短縮する可能性が指摘されており、2026年末の商用サービス開始に向けた環境許可も取得済みとされています。地政学的制約が一方の扉を閉めると同時に、別の回廊の扉を開けるという力学が、インフラの地図を描き直しつつあります。

修理という盲点----マリンサービス市場が急成長する構造

海底ケーブル市場のなかで、最も成長速度が速いセグメントは製造や設置ではありません。修理と保守を担う「補助・マリンサービス」部門であり、年平均成長率11.69%と試算されています。この数字が示すのは、インフラの拡大が必ずしも競争優位の源泉ではなくなってきているという現実です。

深海での修理コストは1件あたり100万〜300万ドルに上るとされ、修理船の1日あたりのチャーター費用は10万〜30万ドルに達します。さらに、世界中に専用修理船は60隻しか存在しないとされており、複数の障害が同時発生した際には修理能力が逼迫する可能性があります。2025年には高リスク回廊における保険料の引き上げが報告され、オペレーターがスタンバイ契約を事前予約する動きが広がっています。予備契約の費用はプロジェクト予算の5〜8%を加算するとされますが、長期ダウンタイムのリスクを大幅に軽減する手段として定着しつつあります。

インフラのデジタル化もこの市場の性格を変えています。Global Marine Group や Orange Marine は単発の敷設案件から継続的な監視サービスへと事業モデルを転換し、機械学習を用いた外被劣化や錨引きリスクの予測サービスを提供しています。また、海底ケーブルを振動センサーとして活用する「分散型音響センシング(DAS)」技術は、英国National Gridが2024年に展開し、洋上風力タービンのダウンタイムを15%削減したとされています。ケーブルは通信手段であるとともに、海中の物理センサーとして機能しはじめており、インフラの多機能化が新たな市場を形成する状況です。

アフリカとアジアが引き寄せる次の投資波

投資の重力がどこへ向かっているかを見るとき、成長率の地域差は示唆に富んでいます。アジア太平洋地域が2025年の市場全体の33.21%を占める最大市場である一方、最も高い成長率を示しているのはアフリカで、年平均11.83%と予測されています。

アフリカの通信インフラは、歴史的に衛星バックホールへの依存度が高く、大容量の国際通信が制約されてきました。MetaのアフリカおよびMiddle East回遊ケーブル「2Africa」は180テラビット毎秒の容量を持ち、33の上陸地点を通じてアフリカ大陸を取り巻く形で展開されています。ナイジェリアでは接続コストが6ヶ月で40%低下したとされており、通信コストの低下がデータセンター投資やクラウド利用の拡大を誘発するという連鎖が生まれています。

アジア太平洋地域では、日本は東京企業の災害復旧リンクを確保するための「JUNO」ルートに3億ドルを投じており、地域全体のケーブル網の厚みを増しています。インドでは「SEA-ME-WE-6」の2025年上陸により126テラビット毎秒が追加されましたが、それでも最繁時の利用率は70%に達するとされており、需要が供給の拡大を上回る構造が続く状況です。

地域成長の背後には、多国間融資機関の存在もあります。商業的な投資回収が7年以上にわたる案件については、世界銀行などの多国間開発機関が資金ギャップを埋める役割を担っており、公的資金とデジタル経済の成長促進が組み合わさる形で新興地域のインフラが整備されつつあります。

競争構造の再編----「物を作る」から「回線を管理する」へ

海底ケーブル市場の製造部門は、Alcatel Submarine Networks、SubCom、HMN Technologies の3社が世界製造能力の約60%を握る寡占構造にあります。しかしその寡占は、市場支配力の安定を意味するわけではありません。製造を取り巻く競争の軸が、ハードウェアの性能から設計の柔軟性と運用サービスへと移行しているためです。

ハイパースケーラーは「オープンラインシステム」と呼ばれるアーキテクチャを求めており、海底設備(ウェットプラント)のベンダーとは独立した形でトランスポンダーを調達・刷新できる構造を重視しています。これによりCienaやInfineraといったコンポーネント専業メーカーが、従来は統合メーカーが独占していた付加価値の一部を取り込む余地が生まれています。Omantelが2025年に実施したWaveLogic 6の導入事例では、1波長あたり800ギガビット毎秒を実現し、2億ドル規模の更新投資を少なくとも5年先送りしたとされており、既存ケーブルへの装置追加という形で競争の場が広がっています。

修理船舶とルート管理の面では、アジア地域の新興プレーヤーが許認可の柔軟性と現地フラッグ船による迅速な対応力を武器に地域契約を獲得しつつあります。技術開発の方向性としては、空洞コアファイバーやマルチコアガラスに関する特許出願が増加しており、次世代の容量拡大は信号処理技術よりも素材科学が主戦場になりつつあるという見方もできます。製造からサービス、素材から設計まで、競争の軸が多元化するほど、垂直統合型の強みが薄まる側面があります。

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今後の展望

海底光ファイバーケーブル市場は、2031年に向けて年率10.87%の成長を続ける見通しですが、この成長の質は過去の拡張期とは異なります。単純な需要量の増加ではなく、誰がインフラを所有し、誰が設計し、誰がリスクを引き受けるかという構造的な再配置が同時進行しています。

制度面では、各国政府が海底ケーブルの上陸許可を安全保障政策の一環として位置づける動きが強まると考えられます。これは許認可の遅延というコストを生む一方で、国内上陸インフラを整備した国や企業が交渉力を持つという非対称な機会をもたらす可能性があります。

産業構造の観点では、通信事業者とクラウド事業者の役割分担がさらに明確化されるでしょう。物理インフラを保有する事業者は設備管理とSLAの提供に特化し、クラウド事業者は特定ルートの専用容量を自前で確保するという分業が定着する方向が想定されます。

技術の観点では、SDMファイバーの製造コスト低下が2027年前後に商用展開の閾値に近づくと見込まれており、現行の単一モードファイバーを前提とした設計の寿命が問われる局面が来ると考えられます。

日本の企業と政策担当者にとって、このタイミングで問われているのは「接続性を購入するコスト」の最適化ではなく、「インフラの設計に誰として参加するか」という戦略的立場の選択です。JUNOルートへの投資は一つの方向性を示していますが、アジア太平洋域内の多元的なルート形成に向けた連携と、次世代ファイバー技術への関与をいかに組み合わせるかが、中期的な競争力の基盤となるでしょう。

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