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走る、曲がる、止まる の今-1

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「走る、曲がる、止まる」というのは、自動車の基本的な機能を説明する言葉としてよく使われます。しかし、その意味するところは、大きく変化してきているようです。

 

自動車の「走る、曲がる、止まる」は人の身体能力の拡張を実現する道具として認知されてきた時代が長く続いて来たと言えるでしょう。この時代にも、電子化が進行してきたのは間違いないのですが、それは、ランニング・シューズの素材が進歩するとか、ゴアテックスにより通気性が格段に向上した、というような文脈で捉えられる範囲のものだったと思います。しかし、今、「走る、曲がる、止まる」という言葉を発する時、外部の状況に合わせて自律的にやってのけることを期待することが多いと思われます。おそらく、道具としての自動車から、「移動すること」というサービスを実体化するものとしての自動車へ、という変化があるように思います。

 

道具としての進化とコスト削減を図るために進めてきた、「機構=メカ」による実現から「表象=ソフトウェア」による記述と制御へのシフトが、ある時点から一段上位の可能性を指し示すようになったと見ることもできるように思います。ある種の量から質への転換です。

ただし、この流れをもう一歩進めようとする時、解決すべき問題があります。各機構ごとに、バラバラに投入され高度化してきた、組み込みシステム(ECU:Electronic Control Unit)の扱いの問題です。これは例えて言えば、オープン・システム登場前のコンピュータ業界に例えることができるかもしれません。つまり、互換性の無いマシンが投入され、異機種間での接続に多大なコストと労力を要したり、ソフトウェアもマシン毎に開発されメンテナンスする必要があるなどといった状況です。次の更新では、このような状態にどのように対処するできるのかを考えて見たいと思います。

 

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