長城飯店:察してよ・・・
その昔、中国の北京に駐在したばかりの頃、タクシーの運転手に「長城飯店」と言って通じたことがなかった。「飯店」は「ホテル」の意味でfan dianと発音する。
タクシーに乗って客が言うのは、行き先に決まっている。だからこの「飯店」は通じている。ところが、「長城」のほうは、いくら発音やアクセントを変えて言ってみても、全く通じないのだ。
「長城」は chang cheng(チャンチャン) と発音する。
中国語を知らない方のために簡単に説明すると、中国語には4つのアクセントがある。(四声)アクセントが異なれば発音が同じでも、意味が異なる。
ちなみにchang cheng は両方とも2声で尻上がり調子のアクセントだ。
(changをまっすぐ調子の1声のアクセントをつければ「昌」の意味だ。)
つまり、changという音にも4種類、chengという音にも4種類、アクセントのバリエーションがあるのだから、四声を色々変えて言葉を発すると、16種類の音の組み合わせが可能になる。
chang と chengは日本人には非常に似た発音だが、さらに似た音として、chuanとかchanとかchenとかあるので、少々間違って発音した際の可能性も考えると、5*5*16=400種類の音の組み合わせが可能だ。
また、中国語には同音異義語が山のようにある。
「長」と同じ発音、同じ四声でも、「場」「常」「償」「嘗」などたくさんの意味がある。
つまり、日本人の下手な発音と四声ではチャンチャンは無数の漢字の組み合わせがあるのだ。
ところで、長城飯店は英語ではPalace Great Wall Hotelと呼ばれ、5つ星の有名なホテルだ。「少々発音や四声が違っても、チャンチャン飯店と言われれば、想像つくだろう!」残念なことに、通じることはない。
とうとう諦めて筆談。するとタクシーの運転手に「なんだチャンチャン(chang cheng)飯店かぁ。」と言われる。
私に言わせれば「さっき私もチャンチャンと発音しただろう!」なのだが、相手には全然そうは聞こえなかったらしい。
近頃増えてきた中国語の翻訳をするたびに、15年も前のほろ苦い経験がよみがえり、「あぁ、書き言葉には四声がなくて本当によいなぁ」と思うのであった。
ちなみにやっと北京で「長城飯店」が一発で通じるようになったら、私は一人武漢の地に転勤になったのであった。