【マーケ上手な企業になる その2】 日本企業には「日本流マーケティング」が合う
大学受験が目前に迫った高3の冬だったろうか、勉強ができないことで有名なラグビー部の細川君(仮名)が英語の参考書を片手にやってきた。
「荒木、オーチャードって意味、知ってるか?」
「オーチャード......? 何だそれ?」
「バカだなぁ、オーチャードも知らないのか? 果樹園だよ。か・じゅ・え・ん」
「ふーん、果樹園ねぇ......」
当時のボクは恐ろしいほどのバカで、英語の偏差値は33という有り様、果樹園どころか動物園=ズーすら知らなかったと思う。ただ、それにしても「果樹園」という唐突な英単語が大学受験に登場するだろうかという疑問が浮かんだ。彼が手にしていた参考書は「アイウエオで覚える英単語」みたいなタイトルだった。
なぜ英単語をアイウエオ順で覚えるのか――。
細川君に尋ねると、日本人はこっちの方が覚えやすいに決まっているだろうと自慢げに微笑んだ。オーチャードの「オ」はア行の最後であり、これからカ行へ向かう前に、ひとまずア行を終了したことをおバカなボクに自慢しにきたらしい。
まったくナンセンスな勉強法だ。非合理的であり非実用的。しかし、コンサルタントとしていろんな企業に赴くと、これとよく似た場面に出くわすことが多い。それが〝教科書通りのマーケティング〟である。
マーケティングは本場アメリカをお手本にすべき。マーケティングは一から学ぶのが正解――。そんな思い込みのせいか、まるで受験勉強さながらにマーケティングの教科書を頭から順に学び、そして実践している企業が思いのほか多く、ただ、これはかなり危険な手法である。
ある企業では、定例のマーケティング会議において「STP」の〝P〟を毎月のにように変更していた。STPとはS=セグメンテーション、T=ターゲティング、P=ポジショニングの略であり、簡単にいえば「自社の商品・サービスをいかに売るか」という基本戦略である。たいていの参考書で冒頭に出てくる概念であり、いわばマーケティングの〝ア行〟みたいなものだ。
P=ポジショニングとはその名の通り位置づけを意味し、コーヒー業界で言えば「スタバ=オシャレ路線」「ドトール=ビジネスマン向け」みたいなもの。つまり、Pを毎月変えるなんて本来はありえない発想だ。こんな根本的なミスもさることながら〝教科書マーケ〟には2つの大きな問題がある。
1つは「マーケティングにムラ、偏りが生じること」だ。ア行から始めたものの「社内できちんと理解できる人がいない」「面倒になって途中でやめてしまう」といったケースも少なくない。あらゆる教科書がそうであるように「すべてのテーマを網羅してこそ完成する」ものであり、一部分を学んだだけではマーケティングとしては不完全である。
そもそも教科書は「分かりやすく教える」ことを念頭に作られており、決して冒頭に書かれたテーマが重要というわけでもない。オーチャードと一緒である。
もう1つの問題は「ビジネスの実情に合わないこと」だ。小売業、サービス業、運輸業――。中小企業、中堅企業、大企業――。地方企業、オーナー企業――。企業が置かれた状況によって採るべきマーケティング戦略は異なるのが普通だ。広告が必要ない企業があれば、リサーチを重視しない企業もあるわけで、「自分の会社はどのテーマが必要か」を見極める必要がある。
また、飲料メーカーだったり食品スーパーだったり「一般的な企業、一般的なケース」を題材に説明するのが教科書の特徴だ。しかし、実際のビジネスは取引先との関係性だったり独特の商習慣だったり、複雑なバランスの上に成り立っている。つまり、ケーススタディー通りに実践してもうまくいかないことも多く、むしろ教科書通りの〝正攻法〟が間違っていることもある。
教科書の先頭から順に学ぶ。書かれた通りに実践する――。〝教科書マーケ〟は勤勉な日本人ゆえに失敗を招きやすい手法とも言える。
「では、マーケティングはどこから始めればいいのですか?」
よく聞かれる質問の1つである。マーケティングの教科書は覚えることが膨大すぎるため、多くの企業、マーケティング担当者が途方に暮れるのも無理はない。
「マーケティングは好きなところから、自由に始めればいい」
ボクはいつもこう答えることにしている。
秘訣3 テキトーなマーケティングが活きる
マーケティングは好きなところから始める――。
好きなところとは「自社が困っている部分」でもいいし、「得意にしている部分」でも構わないし、あるいは「これから挑戦したい部分」でもいいが、ポイントは自社の商品・サービスを売るために〝今、何をすべきか〟を必ず発想の起点に据えることだ。
たとえば集客に悩む企業があり、その原因を知名度不足としよう。すると、まずすべきテーマは「知名度アップ」となる。それにはどんなマーケティング戦術が必要かと考えるのだ。
世間に広く知らしめるという意味では「広告」や「PR」が浮かぶほか、見づらいと言われている「Webサイト改修」、付き合いのある企業との「異業種コラボ」といったアイデアが浮かんだとしよう。それらこそがマーケティング上の課題であり、優先すべきテーマということになる。
人材、予算、スケジュール。さらには実現可能性などを考慮しつつ、浮かんだアイデアから「必要なテーマを選び、実践する」ことでマーケティングは動き出す。教科書ではなく実際のビジネスに直結させることで、成功するにしろ失敗するにしろ、マーケティングの成果を把握しすい。
ビジネス直結ゆえに次々と課題が見えてくるのも特徴である。
たとえばPRを手がけようと思ったところ、リリースを考案する段階になって自社商品のウリがなければ、ターゲットもはっきりしていないことに気づいたとしよう。この〝気づき〟こそが重要で、ターゲットとはまさしくマーケティング教科書のア行である「STP」。そこで初めて学び、実践すればいいのだ。
このように実務のなかで覚えた知識は正しく身につくだけでなく、更なる〝気づき〟を生むため、それに従えばどんどんマーケティングも覚えていく。好きなところから始めると、必要なテーマを最短で結んでいくためマーケティングがすんなり浸透するのだ。
秘訣4 業務フローに落とし込む
〝教科書マーケ〟の欠点は、正しく実践することに夢中になるあまり「次は誰がどうすれば回るのか」――。つまり「業務フローに落とし込む」のを忘れやすい。しかし、人事異動によりメンバーは変わるし、会社の状況も変わる。何より時間が経てばやり方が曖昧になるもの。
マーケ上手になるポイントは「いつ誰がやっても再現可能な仕組み」をつくることに他ならない。
たとえば販促企画なら「どことどこの部署が関わり」「会議はどのように進め」「決定事項はどの役職者までが共有し」「修正はどんな手順で進め」「最終チェックは誰が行うのか」――。細かいようだが、業務フローには徹底的にこだわった方がいい。
以前、コンサルで成功させた売り場があったのだが、数年後に訪れると見るも無残な姿になっていることがあった。なぜかといえば、マーケティング担当者が変わり会社の状況が変わったせいもあるが、元はといえば、しっかり業務フローまで落とし込まなかったボクの落ち度でもある。苦い経験だが、これが大きな発見ともなった。
以来、マーケティング戦略はもちろん、それをいかに継続的に運用させるかという業務フローにこだわるようになった。マーケティングは携わる人によって簡単にブレが生まれるため、なおさらだ。
日本企業には「日本流マーケティング」が合う
マーケティングのコンサルタントと言いつつ、最後まで教科書を読んだことがない。
どうすれば最も売れるのか――。
クライアントの状況を見ながらすべてを現場で考え、独自に戦略を練り、分からないことがある時だけ教科書を見るというスタイルを採ってきたからだ。こちらの方がうまくいくし、社員の飲み込みも早い。そして、長いコンサル経験から導き出した答えが〝日本らしい手法〟である。
教科書に当てはめるのでなく、実際の業務から考えよう――。
世界的な言葉となった『カイゼン』のように、社員みんなで相談しながら、業務に合わせて1つひとつマーケティングを組み合わせていく。いわば「オーダーメードの戦略」は磨けば磨くほど精度が高まるだけでなく、勤勉な日本人の気質にもよく合う。やはり日本企業には日本流マーケティングが合うということだろう。
予想通りというべきか、いまだオーチャードという英単語に出会っていない。とはいえ、人生でもっとも印象深い英単語であるのも事実だ。先日、細川君と二十年ぶりに再会した際、「オーチャードって覚えているか?」と聞いたら、「ナンダ、ソレ?」と、彼はぽかんとしていた。
(荒木NEWS CONSULTING 荒木亨二)
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