【東京電力に損害賠償を請求する 1】 私が農業を始め、そして辞めるワケ
2009年秋、私は友人とふたりで新しい農業ブランドを立ち上げた。その名を「MAKUWAURI」という。この友人は元外資系トップセールスマン、むちゃくちゃ稼いでいたオトコ。そんな彼からしきりに「農業はビジネスチャンスの宝の山だ!」と聞かされていた。一方の私はビジネスコンサルタント、それまで農業にはあまり興味がなかったけど、元トップセールスマンの親友がそのように言うのだから・・・と、ビジネスとしての農業を始めた。わずか2年前の話・・・。
普通の農業はしませんよ!
友人は元トップセールスマンゆえに、その営業力は並大抵のものではない。彼との付き合いは長いが、見ていて感じるのは彼は決して"営業トークの達人"ではないということだ。人を惹きつける魅力、「この人は何か持っている」と多くの人に感じさせる予感、そしてブレないビジネススタイル・・・、そんな彼だから、当然、普通には農業をしないだろうと、私は彼と農業を始めた。
一方の私は十数年、フリーランスとして、いろんな業界で様々な経営者にアドバイスをしてきた。ITとか流通とか、多くのコンサルタントが専門分野を持っているなか、私はあえて業界を絞らずにやってきた。その理由は「業界の常識に慣れると、コンサルタントの感覚が鈍くなる」から。
例えば書店にアドバイスをするのに"書店業界"に詳しすぎるとかえって効果的な提案ができなくなるジレンマが生まれる。え? それは逆じゃないのか? その業界に詳しい方が良いに決まっているでしょう? そうとも言えない。
本のジャンルを超えたセレクトショップのような本屋は多くの消費者ニーズを喚起し、他社との差別化にもなる。企画としては面白く可能性を秘めている。しかし、書店現場の忙しさを考えると提案するのは無理かな・・・。このように、業界の常識がときに邪魔になることもある。
化粧品業界、人材派遣業界、PR業界・・・、どの業界にも"業界のジョーシキ"があるものだ。ヤル前から「あれもできない・・・、これもできない・・・。」と、自らの可能性を潰してしまうことになる。本当に良い仕事をしようと考えるなら、コンサルタントこそ"業界の常識"は持たない方が良い。
さて、業界の常識のなかでも"最古のジョーシキ"がはびこるのが、ニッポン農業という業界である。挙げればキリないので割愛するが、とにかく考えられないような常識がまかり通っている。
"農業のジョーシキ"を持たないで、ビジネスとして取り組めば、きちんと利益は出せる!
このような理由から、私はコンサルタントをしながら農業ビジネスを始めた。元トップセールスマンと現役のコンサルタント、おそらくなかなかない組み合わせの農業だ。
これから! というときに・・・放射能をばら撒かれた
私が立ち上げた農業ブランドは「お客様は神様・・・ではない!」をそのコンセプトに据えた。頭を下げて買ってもらおうと考えず、値段は安くせず、野菜を食べて欲しくない人には売らない。"わがままな農家"になることにした。その代わりに、作る野菜はすべて完全無農薬・無化学肥料と、市場にあまり出回ることのないプレミアム性を追求した。
プレミアム性だけでは物足りない。ブランドの価値を上げるため、これまでの農家がやっていないような戦略を採った。例えば完全会員制にしてマーケットをクローズドにした。旬の野菜だけを食べてもらいたいという想いから、年間契約のみにして消費者にあえて"不自由さを楽しんでもらう"ことにした。すべて逆バリだ。
あえて売らない戦略だが、宣伝はしないとイケナイ。そこでいろいろと仕掛けた。
昨年の暮れにはオシャレな女性誌「SPUR」の特集トップのパブリシティーを仕込んだ。専門紙にもユニークな農業ブランドがあると取り上げられ、海外からもラジオ局が取材に訪れたほどだ。そのほかミッドタウンのイベントに呼ばれたり、有名スイーツ専門店で紹介されたり、スタートしてわずか2年、それなりに順調にやってきた。
そのようなタイミングで大震災。そのようなタイミングで放射能。
震災当初、野菜の安全性を考えて出荷を停止し、野菜を廃棄処分にした。放射能とは何なのか? その実態がよく分からなかったからだ。風評被害もそれほど深刻ではなかったため、その後は新たに種を蒔き直して農業を再開した。
ところが最近、私の畑がある千葉県流山市がホットスポットしてメディアに頻繁に取り上げられるようになってしまった。私の畑はガイガーカウンターで放射能を計測しており、安全性を確認している。つまり、私の畑と野菜は安全なのだ。しかし、その畑がホットスポットエリア内にあるという矛盾を、消費者は敏感に感じ取る。
風評被害によりキャンセルが相次ぐようになり、事業の継続が困難となってしまった。
"農業のジョーシキ"で言えば、頑張って農業を続けるのだろう。しかし、私はコンサルタント。"コンサルタントの常識"では、農業を続けるべきではないと判断した。なぜなら、放射能問題に終わりが見えないからだ。
東電はウソをついてきた。今も隠しているかもしれない。ということは、さらに今後もウソをつく可能性がある。このように先の見えない状況では、事態がさらに悪化することも考慮しておかないと危険である。また東電に騙されるかもしれない。
スタートして2年。それなりに順調にやってきた農業だったが、東電の放射能により、私は農業を辞める決断をした。
ケツをまくれない企業
悪いことをしたら謝る・・・、東電は親から教わっていないのだろうか?
東電は"ケツをまくれない企業"である。悪いことをしたのにウソをついたり言い訳が上手だったり、何とか責任から逃れようとしている。放射能をばらまいているのにケツをまくれない。では誰がケツをまくるのか? 大勢の国民だ。
私はわずか2年前に立ち上げた農業ブランドを辞めることとなった。消費者には直接詫びを入れ、自らケツをまくった。その他多くの農家が野菜を廃棄処分し、ケツをまくった。漁業・酪農など一次産業にも甚大な影響が及んでおり、魚を捨てたり牛を見捨てたり、みんなケツをまくっている。
飲食店の売り上げはガタ落ちだ。人件費を削減するなど自分でケツをまくるしかなく、途方に暮れている。人によっては放射能がコワイとわざわざ大金をかけて転居し、ケツをまくっている。
ケツをまくらない東電のせいで、実に多くの人々が"ケツをまくらされている"という現実。ところが放射能をばら撒いている張本人・東電はというと、一般社員の給料が2割カットされただけ・・・。誰か自腹で払おうという気概のある人間はいないのだろうか?
迷惑をかけたら償う・・・、東電は親から教わっていないのだろうか?
企業の不祥事はよくあることだ。こうした企業はどうにか逃げようと、ウソを繰り返し、責任逃れをし、信用を失っていった。しかしそれら不祥事の多くは、国民の財産や生命を直接的に脅かすようなものではなかった。
放射能をばら撒くというコト。これは不祥事というレベルではない。質と規模が異なる。この期に及んで"通常の危機対応"をしている呑気な企業など、見たことがないだろう・・・。というか、通常レベルもかなりお粗末だが。
これから東電に損害賠償を請求する
私は震災直後、東電に電話をかけた。もちろん、損害賠償を請求するためだ。ただしその当初は風評被害も深刻でなく、野菜を廃棄処分した分だけ請求するつもりでいた。当時は放射能に関する情報も少なく、それで事態は収束するかもと思っていた。
ところが放射能問題は現在進行形である。ホットスポットだのストロンチウムだの、放射能の実態が明らかになるにつれてただ事でないことを知るに至った。風評被害はより深刻さを増し、しかも、終わりが見えない。もしかしたら今はまだ放射能問題の"始まり"に過ぎない可能性すらある。
私はコンサルタント、普通の農家よりはネゴシエーション力があると思われる。普通の農家では東電ときちんと交渉できないだろう。まず言いくるめられてしまう。私はこの誠ブログに連載を書いているほか、この秋にはビジネス書を出版する。普通の農家よりは情報発信力は高いと思われる。
東電はケツをまくるのだろうか? 誠実な対応をするのだろうか?
私の手元には、東電から届いた「損害賠償請求書」がある。まだ白紙のままだ。これから東電に請求する・・・。そんな話をときおり報告したい。
(荒木NEWS CONSULTING 荒木亨二)
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