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WOA への取り組みを本格化する Microsoft

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先週開かれていたMicrosoft Buildで、MicrosoftがWOA(Windows on Arm)について久々に前向きな発表を行いました。

マイクロソフト、Arm版Windowsのアプリ開発を支援する小型PC「Project Volterra」

Qualcommの最新チップ(まだ開発中 ^^;)を搭載した開発者向けの小型PCということですので、商用デバイスが販売される前にアプリを充実させておくために限定数販売される、リファレンスプラットフォーム的な位置づけなのでしょう。価格は恐らく安価に設定されると思われますが、一般への販売は行われないようです。外観はコンパクトな黒い箱で、ネットでは「Mac Miniみたい」という感想も見られます。

landmark_monolith.png長年にわたってWOAに取り組んでいるMicrosoftですが、実機のパフォーマンスが良くなかったり、Intelアプリのエミュレーションが遅かったりで評判は芳しくありません。何より、Armネイティブのアプリが圧倒的に少ないのが、普及が進まない最大の原因とも言われてきました。Microsoftはその状況をなんとか打開しようと、昨年開発者向けのハードウェアを$219で販売したそうですが、スペックが魅力的で無かったためにあまり売れなかったようです。その反省もあって、今回は最新も最新、まだ存在しないチップを載せたプラットフォームとしてこれを出してきたということでしょう。

特に、わざわざ「AI開発者」と強調していることから、新しいチップの売りはAI処理であることが伺えます。AI処理が新しいWOAデバイス上で有効に行えるように様々なチューニングを行って欲しい、ということなのではないでしょうか。

新チップは元Nuviaのチームによる独自設計

しかし、気になるのはその提供時期です。開発用のツールは今後数週間のうちにリリースされるようですが、ハードウェアの提供は「2022年中」ということですので、かなり先になります。そして、以下の記事にあるように、Qualcommのこの新チップを搭載したPCが市場に投入されるのは2023年の末になると言うことです。

Qualcomm's custom Arm processors for Windows PCs are coming late next year

Qualcommは、2021年1月に「Nuvia」という企業を買収しました。Nuviaは、元Appleのエンジニアが立ち上げたチップ開発会社で、Qualcommはこの買収により、同社のタブレット/スマホ用チップのSnapdragonのパフォーマンスをAppleのM1並に引き上げることができる、と言っています。恐らく、Volterraに搭載され、その後量産されるチップこそがこのNuviaチームの設計によるものなのでしょう。

ArmベースのCPUを設計するためには大きく分けて2つの方法があります。ひとつは、ArmからCPUの設計図そのもの(IP)を購入し、自社で必要な修正を加え(あるいはそのまま)ファウンドリに製造を依頼する方法。これはArmのライセンスを持つほとんどの企業が採用している方法です。誰もが簡単かつ安価に自社の要求に合ったCPUを設計できるため、Armはこれでビジネスを拡大してきました。

しかし、基本的なところをArmに頼っている限り、その部分での差別化は行えません。設計力のある会社はArmの設計を使わずに、同じバイナリで動くCPUを自社で一から設計することで、他社に大きく差を付けることができます。まさにAppleがM1で世界を驚かせたのが、この手法で開発されたM1だったのです。

提供時期が遅すぎる?

今回Nuviaのチームは、後者のAppleと同じアプローチを採っているはずですので、開発にはかなりの時間がかかることは容易に想像がつきます。買収から2年かからずにサンプルを出す予定になっているというのは、開発サイドからしてみればものすごく急がされているということではないでしょうか。

Appleが半導体設計会社のP.A.Semiを買収したのは2008年ですが、P.A.Semiのチームが関わったA5チップ(このころのIPはArmのものだったと思われます)を搭載したiPhone4Sが出荷されたのは2011年です。その後もA10XまではGPUなどを外部から調達していましたが、A11(2017年)になって、やっと全てが独自設計になりました。他社から買ったIPを組み合わせるのと、一から独自チップを設計するのとでは、大きな違いがあるということでしょう。

それでも、「対Apple」という観点から見るとやはり遅れが気になります。Appleは今年末にはM2を出すでしょうし、来年末ともなればM2MAXとか、ひょっとするとM3など、かなり先を行かれてしまうのでは無いでしょうか。

それでも、MicrosoftはQualcommを待つほかに方法はありません。以前も書いたように、Microsoftも一時期自社製チップの開発を模索(今でもサーバー用は続けているかも知れません)したりして、いまひとつ方針がはっきりしない時期がありましたが、最近の動きを見ると、ラップトップ/モバイルはQualcommに集約するという決断を下したのだろうと思われます。やはり、自社開発のハードルは高いということなのでしょう。

Macで動かせば良いのに。。

一部には、MicrosoftがM1 Mac用にWOAをライセンスすれば良いのだ、という意見もあります。私も、それが一番良いように思えますが、何かしらの障害があるのでしょう。MicrosoftとQualcommの間に特別な契約がある、という話もあります。それに、かつてIntel Mac用にBootCampを提供したAppleですが、今のAppleにはそこまでしてWindowsに軒先を貸してやる必要性は無いようにも思えます。ユーザー(私を含め)は喜ぶと思うのですが。。

 

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