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DX がそもそも目指したものとは何だったのか

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新型コロナのおかげでDXがますます加速する、と言われていますが、一方では「DX疲れ」や「PoC貧乏」といった話も聞かれ、方向性を失っている担当の方も増えている印象です。これは、以前も書きましたが、DXの定義がそもそも曖昧なうえに、人によって言うことが違っているためではないかと思います。そこで、DXの始まりとそもそもの狙いについて調べ直してみました。

まずはDXの始まりですが、これはよく言われるようにウメオ大学の先生が言い始めたという話をよく見かけます。Wikipediaに出ているために皆がそれを引用しているのでしょう。しかし、これを読んでも

「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念

話が大きすぎて、なんだかよくわかりません。「これから我社はどのようにDXに取組んで行くべきか?」という危機感への答えを探している人にとっては、「じゃあどうしたら良いの?」ということになってしまうのではないでしょうか。

一昨年経産省の「2025年の崖」レポートが発表され、話題を呼びました。それまでDXを知らなかった企業も、「これはいかん」ということでDXへの取り組みを始め、さまざまな企業で「DX推進室」とか「DX企画室」みたいな部署が作られたと聞きます。恐らくは社長や経営幹部から「DXが話題らしいから、ちょっと調べてみろ」というノリで仕事を振られた人達が、ネットで調べるとまずは上の定義に行き着くわけです。これでは方向性を失ってしまったとしても仕方ありません。

kouji_ie_kaitai.pngウメオ大学の定義は、経産省が2025年の崖で使った定義や、その前に出した「DX推進ガイドライン」で使っている定義とはだいぶ違います。経産省が使っている定義はアメリカの調査会社IDCの定義がベースになっています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」(DX推進ガイドライン)

調べてみると、これはどうも2015年の末に発表されたもののようです。

企業が力を入れるべき"デジタルトランスフォーメーション"とは――IDC JapanのIT市場予測

この中に、ウメオ大学の定義と併せて以下の解釈が書かれています。

「DXとは、企業が『第3のプラットフォーム』技術を活用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデル、新しい関係を通じて価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」

「ビジネスモデル」という言葉が入っています。だいぶ具体化されてきました。

さらに調べてみると、2011年頃すでにIBMのレポートでデジタルトランスフォーメーションという言葉が出てきますが、これはまだ研究レポートという位置づけのようで、今使われているDXの定義は、やはりIDCが本家と思って良さそうです。

DXとは、ディスラプターへの対抗のための考え方だった?

2015年という時代を考えて見ると、デジタルトランスフォーメーションという言葉がクローズアップされた背景には、既存のビジネスモデルを破壊するディスラプターの存在があったのではないかと思います。その最初はAmazonでしょうが、2010年前後にはUberやAirbnbが相次いで創業されています。Amazonの創業は1990年代ですが、書店や小売店が廃業するなどの問題が表面化したのは、やはり2010年代だったのではないでしょうか。

これらのディスラプターは、それまでのビジネスモデルを破壊し、ITを駆使した全く新しい方法で旧来の企業と同じサービスを提供したため、旧来の企業は圧倒的な利便性と低価格に対抗することができずにバタバタと倒れる、ということが起きました。

そこで、旧来の企業も最新のデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革しなければ生き残れない、デジタルに移行すべきだ、という考え方が提唱されたのだと思います。そして、デジタルトランスフォーメーションという言葉がそれにぴったりだったため、IDCが採用し、現在のような形で使われるようになった、ということなのではないでしょうか。

DXは可能なのか?

しかし、既存の企業がデジタルに全面移行することなど、できるのでしょうか?

たとえば、既存のタクシー会社がUberのビジネスモデルを模倣しようとしても、現在何百台もの車両を抱え、運転手も雇用しているタクシー会社が、いきなり車両や人員を整理するわけにも行きません。旅館だってホテルだって、建物も従業員もいます。全部捨てて民泊の手配会社になることなど不可能です。

長く事業を続け、それなりの規模に達している企業ならば、日々のビジネスプロセスは厳密に決まっているはずです。業績が良い企業であればあるほど、プロセスは極限まで効率化されている筈です。それを、「全部止めて作り直す」などということを言えば、現場が大混乱になり、ビジネスが立ちゆかなくなる可能性も大きいのではないでしょうか。

もちろん、そうではない業種もあるでしょう(だからこそタクシーや旅館は進行が早かったのかも知れませんが)が、それにしてもディスラプターへの対抗策を見つけるのは難しく、これまでのビジネスモデルを根底から変えるのも、相当に難しいでしょう。

とはいえ、放っておくわけにはいきませんし、どんな時でも効率化や改善を行っていくことは重要です。DXなどと大上段に構えず、これまでよりも積極的にデジタルを活用していこう、という姿勢で良いのではないでしょうか?もちろん、できるところはどんどんDXやれば良いです。要は、企業の数だけDXのやり方、到達度はあるということなのではないでしょうか。

先日、金融庁のDXの位置づけが他の省庁と違う、というエントリを書きましたが、

金融庁のDXの位置づけがちょっと変わっている件

金融庁では、DXは「デジタライゼーション」の一部であり、「デジタイゼーション」と同列に扱われている、という話でした。

これは、上に書いたDXの現状を考え合わせると、なかなか現実的なアプローチのように思えます。誰も彼もが「本物の」DXを目指す必要はなく、状況によってはデジタイゼーションでも良いよ、ということなのではないでしょうか。規制に縛られて動きづらい金融機関向けの話かと思っていましたが、意外に全業種に適用可能な、柔軟な考え方なのかも知れません。

 

「?」をそのままにしておかないために

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