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クラウドの価値はコスト削減ではなく、アジリティだ

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クラウドサービスが普及してきた過程で、クラウドのメリットして、コスト(導入&運用)削減、迅速な配備、省力化、従量課金によるコストの最適化などが挙げられてきました。中でも、設備投資をせずに済む、開発・運用・メンテナンスに人手がかからない、といった、コスト削減に関連するメリットは経営層にも理解しやすく、クラウドの普及期には非常にわかりやすいメッセージとして機能したと思います。

その中で、迅速な配備というメリットについては、ハードウェアの検討や手配の時間が節約できる、といった、どちらかというと「お手軽さ」を強調してきたように思います。しかし、デジタルトランスフォーメーションの時代になり、何よりも「持たないこと」「開発しないこと」による柔軟性、迅速さ(アジリティ)の重要性が際立つようになってきました。その背景には、変化のスピードを速めるビジネス環境があります。

character_program_fast.pngクラウドのは安くない!?

そもそも現実として、クラウドは「意外に安くない」ということがあります。

クラウド導入企業の半分以上がコスト削減できず

クラウドのメリットのひとつに「従量課金」があり、これは「使った分だけ支払えば良いのでコスト削減につながる」ということなのですが、今のクラウド利用を見ていると、必要なときだけサーバーを立ち上げる、という用途は限定的(こういうものには確かにメリットがありますが)で、企業サーバーをクラウドに持って行く場合、がっつり24時間365日稼働させる、ということがよく行われているようです。これでは安くならないどころか、返って高く付いてしまう場合もあるのです。

例えば、Amazon S3の価格表を見てみると、記事執筆時点ではS3標準ストレージ(最初の50TB/月)の価格は0.023USD/GBです。1TBだと$23/月ですから、1年使うと$276。一方で今、秋葉原で1TBのハードディスクは4千円くらいから売っています。S3にはいろいろな課金形態があり、拡張性やメンテナンス・バックアップなど、単純に比較できるものではありませんが、少なくとも「クラウドは安い」とは言いにくい感じです。

クラウドの真価は低コストではなく、アジリティ

ちょっと古い(2014年)記事ですが、このところずっと引っかかっていた記事です。

クラウド比較は時間の無駄――東急ハンズ 長谷川氏が語るクラウド導入 5つの極意

クラウドの比較は無駄、コスト削減は期待していないなど、いろいろ刺激的なことが書かれています。クラウドと言うのは新しいパラダイムで、技術も日進月歩です。それを、導入にあたってオンプレミスと同じように「○△×」を付けて比較するのは無駄であり、

サービスの検討に時間やお金をかけるよりも、早く決めてトライ&エラーを繰り返

すのが良いというのが、東急ハンズ 長谷川氏の主張です。

他にもいろいろ書いてありますが、私としては、これらをひとことでまとめると「コスト削減よりもアジリティを優先」させるのだということではないかと思いました。とにかく、お手本も正解もない世界においては、とにかくやってみる、誰よりも速くやってみる、そして修正していくことしかないのではないかと。

3年毎、5年毎のシステム更新は企業の柔軟性を削いでしまう

現在、多くの企業では3年ないし5年毎にシステムの更新を行っていると言われています。しかし、以前のエントリーで紹介した記事では、「技術が3年ないし5年、固定化されてしまう」ことが、企業の柔軟性を奪い、硬直化させている元凶であることが指摘されています。

4~5年で減価償却が終わるころには、テクノロジーが大きく進歩していてOSも変わっている。そのままシステムを載せ換えることもできず、移行の作業費がムダに膨れてしまうのです。

移行コストの問題もありますが、現代においては、3年から5年の間技術革新を行いにくい、ということが大きな問題になっていると思います。これはまさに「2025年の崖」で経産省が警鐘を鳴らしているレガシーシステムの弊害に他なりません。

デジタルトランスフォーメーションの真の目的は、ただ単に「業務をコンピュータ化」することではなく、企業構造を根底から見直し、「ビジネス速度を極限まで速める」ことであり、そのために社内プロセスや情報システムの無駄を省いていく過程でもあります。システム基盤を固定化し、技術革新に足枷をはめてしまうような運用からは、早期に脱却すべきなのです。(もちろん、業種・業務による差はあると思いますが)

オンプレをそのままクラウドに移行してもメリットは少ない

昨今の「クラウド化」の中には、オンプレミスで稼働しているシステムを「そのまま」クラウドに持って行って「クラウド化」といっている事例もあるそうです。運用・管理の効率化など、一定のメリットはもちろんあるでしょうが、これでは3~5年毎のシステム更新を続けざるを得ず、とてもアジリティは獲得できません。

現代において、目指すべきクラウドの利用形態としては、インフラとアプリを分離して、インフラをクラウド、アプリはなるべくインフラと独立した形で構築するべきでしょう。アプリについては、極力自社開発を避け、業務に合致するSaaSがあるのであればそれを利用し、PaaSのマッシュアップで目的を実現できるかどうかを検討し、開発する場合でも、インフラに縛られないWebアプリなどで実装することにすれば、アジリティは高まります。

昨年政府が公表した「クラウド・バイ・デフォルト原則」でも、まずはクラウドの利用、それもSaaSの利用を検討するよう指示していますね。

「クラウド本来の使い方」でコストを削減

冒頭に「クラウドは安くない」ということを書きましたが、クラウドを「うまく使えば」劇的にコストを下げることが可能です。まず、必要なときに必要なだけシステムを起動するようにすれば良いのです。会計システムや営業管理・顧客管理システムなどであれば、時間を限定して運用することでコストを削減できるでしょう。昨今流行のサーバーレス(秒単位で課金)をうまく使えば、2~3桁違うコストを実現することも可能かも知れません。ただ、そのためには、これまでとは全く違う設計・運用思想でシステムを開発し直す必要があります。アジャイル開発やDevOpsを駆使する必要があるでしょう。

いずれにせよ、今のシステムを「そのまま」あるいは「最小限の手直しで」使い続けることは、もはやできません。それどころか、DXに移行した後は、毎日、毎時間、毎秒、システムを更新し最適化し続けなければならず、それに対応できる体制が必要になります。それが、2025年の崖が迫る「レガシーとの決別」なのです。

 

クラウドの未来はどうなるのか?

クラウドの世界は常に進化し続けています。IaaS上の仮想マシンはもはや昔のテクノロジーになり(もちろん仮想マシンが向いている分野もあります)、今はコンテナが花盛り。しかし、すぐ次にサーバーレスの時代がひたひたと近づいてきています。変化の激しい時代、何に注目し、何を追いかけるべきなのか。

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