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【48.2%】「オンデマンド世代」な若者たちについて、秋の夜長にちょっとだけ考えた

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東京大学の中原淳先生 @nakaharajun が、ツイッターで興味深いことをつぶやかれています。

「今の子どもはオンデマンド世代」
「映像といえば、YoutubeやHDDで好きなときに見るもの」
「買い物といえば、ネットスーパー&AMAZONで好きなときに買い、その日のうちに届く。買い物は『行くもの』ではなく『届けられるもの』」

…たしかにそうかもしれません。「オンデマンド世代」とは、とてもしっくりくる表現です。
 
ちょっと前まで、「オンデマンド」という言葉は、夢の世界を表すフレーズだったと思います。「見たい映画が、自宅で、見たい時に見られる」だったり、「買いたいものが、どこでも、買いたいと思ったときに買える」だったり。今じゃオンデマンドという言葉は、すでに新鮮さを失ってしまったのかもしえません。ましてや、生まれた時からそれが「普通」である子どもたちに、それがいかに恵まれているのか、素晴らしいことなのかを伝えても、いまひとつピンとこないのは仕方ない話です。
 
ここでいう「オンデマンド」を実現しているのは何かといえば、PCや携帯電話などの情報機器だったり、WebやSNSなどの情報メディアだったり、早い話、ITの進化によるものを思い浮かべるのが一般的でしょう。
 
しかし、もう少し子どもたちを取り巻く社会を俯瞰してみると、違う側面も見えてくるのではないでしょうか。たとえば、家庭でも学校でも、手取り足取りの子育て・教育サービスの提供を受け続けている子どもたちは、欲しい物が手に入るシアワセに慣れ、わからないことは教えてもらえることが当たり前になっている世の中に生きている…とか。ちょっと飛躍し過ぎでしょうかね。
 
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少し前の調査になりますが、「29歳までの若者社員に不足が見られる能力要素」の調査結果は次の通りでした。

第1位 48.2% 主体性
第2位 44.4% 課題発見力
第3位 44.2% 創造力
 
若手社員に「不足が見られる能力」と社会人基礎力との関係 経産省「企業の「求める人材像」調査2007~社会人基礎力との関係~」より引用

最近の若者は「言われるまで動かない」「自分でものを考えない」…。学生の就活支援の現場にいると、企業の方から、こんな耳の痛い指摘をされることが間々あります。上記調査における「主体性」をもっとダイレクトな表現に置き換えると、こんな言葉になるのでしょうか。これって、オンデマンドに慣れ、それが普通な世の中に育ってきた若者たちの弱点だと考えると、何となくしっくりくるのですが。いや、憶測はこのくらいにしておきましょう。
 
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先の中原先生のツイートに、わたしはこんな風に返信してみました。

「逆にわたしたちは『寄り道世代』ですよね。買い物に出かけて、目当てとは別のいいものを見つけて買ってしまうとか。辞書引いてて、別の単語の意味を覚えちゃうとか。寄り道は手間かかるけど、得るものもある」

「オンデマンド世代」「寄り道世代」の、どちらが優れている、劣っているという話ではありません。わたしが記したのはほんの一面。ちゃんと見ていけば、どちらにも長所と短所があるはずですよね。このへん、あらためてちゃんと考えてみないといけないなと。今日のところは、とりとめのないような話で、何卒ご容赦のほど。。。

Comment(4)

コメント

年寄り

最近の若者は「言われるまで動かない」「自分でものを考えない」-これって、今言われてますかね?一番この言葉をマスコミが書き立てたのは、バブル上り坂~最盛期の1980年代(1980年~1990年)だと思いますよ。この頃はマスコミがこぞって「最近の若者は言われるまで動かない」と書き立てました。今の若者は勝手に動いて、「報告はinternetに送っておきました。見てないんですか」世代だと思います。

お年寄りさん、コメントありがとうございます。
 
記憶なので正確性には自信がないのですが、ご指摘のように、指示待ち・主体性の欠如を憂う声は今にはじまった話ではないように思います。
ただ、仕事柄、最近でもいろんな機会で耳にしていることもまた事実であります。
 
勝手に動くだけのバイタリティがあるなら、主体性はあるわけですから、認識を変えなければなりませんね。
いろんな方々の声を伺ってみたいところです。

大学三年

行動は権限を与えられて正当化される物であり、そうでない場合は顰蹙買うだけ。
権限が与えられないのであれば命じられた行動だけをする。凄く常識的ですね。

子供は子供特有の傲慢さで言葉を学びます。知ったかぶりを多用します。
でも常識を持った人間は傲慢では無く、ただ知識に純粋になる事によりルールを学びます。
故に責任感を持った人間ならば、新しく所属した集団で飛び交う「言外の意」を理解するまでの間は行動力が伴わないのは必然と言えるでしょう。

しかしどうやら最近の社会人?は子供と似た傲慢さで言外の意を押し付けようとするらしく、若者には親固有の寛容性が必要とされている様に感じられます。
ただ一つ言える事は、若者は中年の親ではないし、なりたくも無いと思います。

大学三年生さん、コメントいただきありがとうございます。
まさに若者、しかもこれから社会に出ようとする大学生が、
ダイレクトな意見を書いてくれるとは、とっても嬉しいですね。
 
ろくに権限も与えられていない、組織の考え方も学習できていない段階の若者社員が、
主体的に行動できないのは当たり前でしょ、
言われるまで行動しないと批判されるのは心外だ、というご意見ですね。
なるほど。
 
もしそうした理由で若者の自主的な行動が阻まれているとするならば、
大人は若者に対して、組織のルールをきちんと教育し、
また早期に権限を与えればよいという処方箋が見えてきます。
たしかにそうした手法で活性化している企業もありますね。
 
でも多くの企業は、そうしていないか、そうできていない。
なぜでしょうね。
 
権限と結びつけれらるのは、通常、責任です。
権限を持つ者は、同じレベルの責任を負うというのが組織のルールですよね。
では新人に、中堅社員や管理職と同じレベルの権限と責任を与えた方がいいのでしょうか?
 
考えはどんどん広がりますね。
当ブログは何らかの考え方を強制するものではなく、あくまでひとつの見方を提示しているつもりです。
それを機に、いろんな意見が交わされるのは大変ありがたいことです。
 
みなさんはどうお感じになりますか?
わたしが口をはさむのはこれくらいにしますので、みなさんでどんどん意見を交わしてください。

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