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twitterのよそん家感

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twitterはどこか「よそん家」であるように感じます。

ブログだと煙草の問題や女性専用車両の問題などについて意見を述べると賛成派や反対派が入り乱れて大変な状況になることがあります。ブログ主を完全に無視してコメント欄で盛り上がったり。

それがtwitterだと結構きわどい発言をしても絡まれることが少ないように思います。被フォローがすごく多いユーザの場合はもはやブログ並に多くの人に読まれているのだと思いますし、人柄が好きだからというのでなく有名だから、という理由でフォローしている人も多いことでしょう。そういったことを考えても絡まれる場面をもっと目撃してもいいように思うのですがそんなことが起きているところを見たことがありません。

はてなブックマークのコメント欄ですらあれだけ短いコメント欄で消して書いての言い合いを見たことがあります。どうもtwitterの発言欄というのは「よそん家」である感覚があるように思います。

友達と街中を歩いていて、歌手の誰かの看板を見つけたときに「あー●●だ。かわいい」と友達が言っても「あんまり好きじゃないわー」と答えることは不自然ではありません。

一方、友達の家に遊びに行ってその歌手のCDが置いてあるのを見て「●●あんまり好きじゃないわ」と自分から言うことはないでしょう。「好き?」と聞かれてやっと「あんまり」くらいに留めることになるでしょう。

まだ自分の中でもモヤモヤとした感覚なのですが、twitterがまったりした良いムードなのはそういった互いの遠慮があるからなのではないかと考えています。

 

Comment(2)

コメント

Twitterのタイムラインというのは個人ごとに違うというか、他人のタイムラインを見れないようになっている(以前はできた時期もあった)
 これが炎上というか議論が変な方向に行かない歯止めになっていると思う。お互いに相手がどういう文脈でその140文字の一言を言っているかを正確に把握できないわけで、こういう環境では厳しい物言いはしにくいと思う。

Yoshikawaさん、コメントありがとうございます。
Twitterの短さは業務日誌の代替に向いているっていう話を依然見かけましたが、炎上を抑止するというところにも通じているんですね。

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