【書評】創造力とデザインの心得 - 5年後の"必要"をつくる、正しいビジネスの創造計画 -
テックファーム社の吉田賢治郎さんからビジネス創造に役立ちそうなこちらの本を戴きました。
「創造力とデザインの心得 - 5年後の"必要"をつくる、正しいビジネスの創造計画 - (ワニプラス)」
興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。
本書はテックファーム社のエグゼクティブ・プロデューサーである天野晴久さんが執筆された本でして、見返しには高校・大学とデザインを専攻されたとのご経歴が記されています。
そのためかアールヌーボーやバウハウスなどを交えての大量生産社会の誕生が背景となってプロダクトデザインへの要請が高まったというような歴史を振り返る内容から本書は始まります。
私としてはこのあたりを読んでいるとき、AWSやFirebase等によっていとも簡単にWebサービスを立ち上げられる時代にあって、真にユーザの必要としているものを見据えて射貫くことができなければならないという時代背景が、100年くらい前と共通しているのではないかとも感じました。
そのうえで本書では世の中の困りごとを課題と問題とを意識して捉えたうえで問題にアプローチせよと迫ります。issueとproblemの違いは日本語にすると分かりにくいのですが、私個人の理解としては問題を取り除かない限りは課題は次々やってくると捉えています。その問題そのものは普通は目に見えにくいものであるため、まずアプローチするにしても仮説検証型で試行錯誤を重ねながら徐々に本質に迫るべきというのが著者の主張です。また、課題解決型のアプローチは(この課題は問題に対しての課題)、答え合わせ主義になってしまうので本質に迫ることはできない、とのこと。
この部分に関してはまさしくその通りだと思います。昨今ではPoCや実証実験が多く実施されていますが、その一方で失敗できないPoC案件とでもいうべき課題のみに迫ったような取り組みがちらほらあるようにも感じられます。普通であれば本書のように問題に対して正しくアプローチできているかどうかを検証することがPoCであり、1000に3つくらいしか当たりがでなくても良いという気持ちで挑むのでしょうが、残念ながらそのようなサービスをデザインしようという高い視点に立った案件ばかりではないのかもしれません。
本書の内容に戻ると、デザイナーは問題に対してどのような心構えであるべきかというようなマインドシフトに多くの部分が割かれていました。また、エンジニアはデザイナーと違うということも書かれており、その内容は
デザイナーの職務は創造計画を可視化するところまでです。
計画に基づいて、実現に向けた具体的な設計をするのは、エンジニアの役割となります。
というように役割分担をすべきとありました。ともすると、SEは創造性が足りないというように言われてしまうこともあるのですが、そこは無理に弁護しているわけでもなく、役割が全く違うんだというように述べられています。SEにデザインを勉強させようとしうとWeb画面のデザインですとか、もう少し拡張しても遷移やレスポンスなどを含めたUXデザインまでの話にとどまってしまうかと思います。
世の中の製品にはモノとしての側面と使い心地などを含んだコトとしての側面がありますが、日本で「デザイン」というと主にモノとしての側面が重視され、形や色などの見栄えを良くすることがデザイナーの仕事だと捉える人が多いようです。一方で本来の意味合いの通りにモノ・コトの両方をデザイナーの仕事だと捉えれば、その製品を使ったときにどうなるかというUXデザインも含まれますし、それについて回る消費者と企業の関係や、さらにその周辺のエコシステムも含めたビジネスデザインも含んだ話となります。
そのようなところまで考えれば、会社という単位でSIerがビジネスデザインまで含めてがんばろうということは十分にあり得る話しだと思いますが、一人のSEが両面をカバーしていくというのはなかなか難しい話であるように思います。また、本書ではデザインで必要となる創造的思考の鍛え方はアスリートと同じで日々の鍛錬が必要であるとされています。その観点でも1案件が半年や1年超となりがちな典型的SEが上流工程でデザインをしたとしてしばらくは品質管理に集中するというワークスタイルを続けるとすれば、SEが本書でいうところの本質的なデザインの領域までカバーしていくことはおそらく難しいのだろうと感じさせられます。
さて最後に、本書の内容ではありませんが、IPAの「デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査」ではDX推進を担う人材の不足感に関するアンケート調査を行っており、79社の回答のうち58.2%が大いに不足と回答しており、ある程度不足しているという回答を合わせると全体の8割超という結果となっていました。その点からも当面はビジネスデザインをする素質を持った人が、兼業ではなくデザインに専念する形でその能力を伸ばしていくというやり方が求められるのではないかと思います。
ちょっとやってみようかなという気持ちになったエンジニアの方に、あるいはこれからこの業界でいろんなサービスをデザインしてみたい、はたまた自分はエンジニアとして何かWebサービスでも立ち上げてみたいけどどんなデザイナーとコンビになればいいかわからない、というような幅広い立場の人に向けて本書をおすすめしたいと思います。