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さよなら平成ようこそ令和でオルタナティブブログを振り返る

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ITmediaオルタナティブブログが誕生したのは2005年6月。平成では17年のことで30年間の平成の後半がほぼカバーされていると言えます。

インターネットで振り返る平成史はさまざまなところで振り返られていますが、ブログという切り口ではどうでしょうか。

ブログの前身であるテキストサイト(侍魂など)が盛り上がっていたのは2001年頃。文章を書くということ自体にかかる体力はテキストサイトとブログとでそれほど違うものではないと思いますが、インデックスページの更新やコメント・トラックバックといった機能がないことからテキストサイトは一部の人のものになっていたように思います。

続いて個人ブログが盛り上がり、「さきっちょ&はあちゅう 恋の悪あが記」のブログが2004年、書籍化が2005年。この頃にはアルファブロガーという言葉が誕生しました。まさか15年後もはあちゅう氏にかき回され続けているとは思いませんでしたが。シックス・アパート(株)の設立年月日が2003年12月、ライブドアブログも2003年11月に始まったようで(Wikipedia)、その後2006年にライブドア事件を引き起こすこととなりますが、この頃のインターネット企業の成長ぶりはめざましいものでした。堀江氏の率いるエッジという会社がサービス名であるライブドアに変更されたのも2004年でした。そういえば2004年のこの頃ITmediaはまだなくてZDnetだったのでしたっけ。2005年3月には今ではPublickeyのBlogger in Chiefをされている新野氏が発行人だった(株)アットマーク・アイティがソフトバンク・アイティメディア(株)と合併統合し、今のアイティメディア(株)に至っています。

オルタナブログが誕生した2005年6月というのはそういう時代でした。ちなみにオルタナブログには昔ブロガーが集まり月1くらいで飲み会をしたり、もっと真面目に企業訪問をしたりするという文化がありましたが、スマホがなかったのでみんなが家に着いた頃から元気のある人がぽつぽつと記事を上げるようなゆっくりさで、リアルタイムでFacebookにタグ付きの写真が上がるということはありませんでした。著書を出したといってもその場でAmazonでポチることもなく、共通の知り合いがいてもその場でFacebookを確認し合うこともなく、オフラインのつながりが今よりも大切で3-4時間の飲み会の時間を相手としっかり過ごしていたように思います。

オルタナブログではアルファブロガーのような有名人はおらず、忘れた頃に非常に大きな注目を集める記事がホームラン的に出るという感じでした。ところが2010年ごろに向けてブログでただ有名になるという感じではなく、蓄積された記事が有識者らしさを示す材料となり、ブログをきっかけとしてビジネスが回り始めるという方が増えたように思います。そういう私もブログを書いていたことでITの先進的な利用であるとか、先端的な技術を正しく使っていくことなどに興味を持ち始め、社内でもそういうことをやっている部署に異動した(その際にいくらかはブログをやっている新しいタイプの社員であることがプラスに評価された)ということもありました。私のようなパターンや独立された方は多くはありませんが、ビジネスのネットワークが広がったという方、メディアから出演・寄稿の依頼を受けた方、というのはオルタナブログでは普通のことでした。日本オラクルや日本マイクロソフトから一般向けのフォーラム等で案内をいただくだけでなく記者席を用意していただいたり、記者限定のセッションに参加させてもらえるようなこともありました。

そして2011年3月には東日本大震災が発生しましたが、安否の報告や直後の心情などにはまさしく日記的なストレートなその瞬間の気持ちが保存されていて書籍やニュース記事とはまた違った個人ブログというものの価値を感じる内容となっています。

一方でこの頃はスマートフォンがiPhone4でandroidも2系がなんとか使えるレベルに達し始めました。前述したようにオルタナブログでの会合もSNS的なノリが強まり、オフラインで会うのは楽しいけれどSNSでも繋がっていることから段々と盛り上がりが薄まっていったように思います。いつが区切りとなったかは明確ではありませんが、この会合は今現在では定期的には行われていません。また、オルタナブログでは当初から様々な炎上を引き起こしてきましたが、気軽な炎上とでもいうか言いがかりのような激しいコメントが増えてきたのもスマートフォンやSNSの普及により様々な人がネットを利用するようになったからであるように思います。確かにブログは誰の目にも止まるものですので、率直な物言いが他人を傷つけることは反省すべきことです。一方で自分が気に入らないからと言って議論ではなく、通りすがりの匿名コメントで相手を罵倒するような行為もまたやり放題やって良いことではないでしょう。そんな環境に疲れてブログを書く手が止まるというのが目立ってきたのも東日本大震災後のブロガーのトレンドだったかと思います。

更に、Facebookやtwitterでは自分と趣味嗜好の近い人同士とつながることができました。ブログではアクセス数やはてなブックマークでのB!の数で自己満足を得ることができましたが、SNS界隈ではもっとストレートに「おもしろいね!」と褒めてもらうことができ、高い見識を持つブロガーもFacebookで他人の記事にコメントをつけるほうが気持ちいいという低きに流れるトレンドが今に至っているのではないかと思います。また、間接的な影響と思いますがパクリ記事の問題も深刻でした。どれだけ時間をかけて丁寧に書いた記事でもWELQ事件で発覚したような組織的なパクリ記事製造集団にパクられると一発でかなり気持ちを削がれます。また、自分が直接的な被害を受けなかったとしても、大好きなインターネットの中の大好きな意見交換という場所が金儲け至上主義の人たちに取って代わられてしまったという居場所の無さを実感し、引退っぽくなってしまった人もいると思われます。パクリに限らず、自分が情報発信しても周囲の100人程度にしか波及しないのにフォロワーが数十万クラスの有名人がポロッと言及するだけで火の手のように広がるという「フォロワー資本主義」的な力の差を見せつけられ、みんなが平等にちっぽけで自由でフラットだった昔のインターネットはもう存在しないんだと寂しくなってしまった人もいるでしょう。(マストドンやslackへどうぞ!)

平成の30年間が終わり、令和の時代が始まります。約15年間のブログの栄枯盛衰を見るにつけ、最初から今まで変わらぬ価値というのはなんだったのかと思います。ブログを通じて得られるものは、記事の積み重ねだけではなくインプットとアウトプットの連続で磨かれた自分自身にあるのではないかと思います。また、私も含めてすっかりブログの更新間隔が伸びてしまっているブロガーも少なくありませんが、それでも昔にオフラインで何度も合って一緒に話し合った仲間との繋がりは強いものがあり、今もSNSで冗談を言い合うような関係を続けることができています。今後もまるで学生時代の友だちのように、リアルで会えば時間を巻き戻して盛り上がれる関係を続けていけることでしょう。これは私の宝物です。

新しい令和の時代が引き続き明るいものでありますよう祈りつつ、平成の結びのエントリーとさせていただきます。

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