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化学の世界のセレンディピティ

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オルタナティブ・ブログに新しく参加になったブログがカフェ「セレンディピティ」というタイトルでした。私がブログを始めるときにも実は「セレンディピティ」という名前にしようかどうか迷っていました。ただ単に好きな言葉だっただけであまり今の仕事と関係ないのでやめましたが、美しい言葉だと思います。今は遠くなってしまいましたが、前に門前仲町に住んでいたときはコレド日本橋のセレンディピティにもよく行きました。

一昨日堀内さんからセレンディピティの語源はライオンの住む島というエントリと、それに対するシロクマ小林さんからセレンディピティは「幸運」ではないというエントリがありました。セレンディピティについては、私のお気に入りサイトである「有機化学美術館」にこんな文がありましたので紹介させていただきます。

クラウンエーテルは1960年、デュポン社の一研究員であったC.Pedersenによって発見されました。最初のクラウンエーテルは作ろうとして作ったものではなく、原料中の不純物から偶然にできたもので、その収率はわずか0.4%であったといいます。Pedersenはそのわずかの結晶を捨てることなくきちんと性質を調べ、この画期的な発見をしました。この価値に気づいた氏はその後もたった一人でたゆまぬ研究を重ね、やがてこれは1987年のノーベル化学賞につながってゆくことになります(博士号を持たないノーベル化学賞受賞者は彼が第1号です。第2号は2002年の田中耕一氏)。 まず普通の研究者なら、そんなわずかな副産物は存在にすら気づかないでしょうし、見つけたとしてもその性質を追求してみようと考える人はごくわずかでしょう。偶然がもたらした発見とはいえ、それは単なるまぐれ当たりなどではなく、氏の慧眼はノーベル賞に値するものであったといえます(直接会社の利益にならないこの研究を続けさせた、デュポン社の懐の深さも賞賛に値すると思います)。 この時同時受賞したCram、Lehnらによってこの分野は大きく発展し、やがて分子認識、超分子化学といった一大ジャンルへと成長していきます。大きな進歩の種子は案外すぐそこらに転がっているのかもしれませんが、おそらく凡人たる我々はそんな種子をずいぶんと素通りしてしまっているのでしょう。最近ノーベル化学賞を受賞した白川・野依・田中三氏とも、大きな発見の元になったのは実験の失敗であったと口を揃えています。一流の研究者と凡人とを分けるのは、案外この辺のことなのかもしれません。

博士号を持たないノーベル化学賞受賞者のうちの1人であるPedersen氏は偶然にできた物質からノーベル化学賞を受けるまでに研究を深めていったというエピソードです。もう1人の田中耕一氏も偶然の失敗から高分子の解析手法を確立しています。こういったことは化学分野では他にもあるようです。有機化学美術館からいくつかピックアップしてみました。

  • 世界初の人工染料、「モーブ」の発見
    ⇒キニーネの合成の研究中、失敗作から発見
    キニーネの物語
  • 若手研究員が溶けたポリマーをガラス棒につけて引っ張りながら、大きな部屋中を走り回って糸を引いて遊ぶ
    ⇒クモの糸より細く鋼鉄より強いナイロン繊維の誕生
    史上初の化学繊維・ナイロン
  • デュポン社の研究所で、テトラフルオロエチレンのガスを詰めていたボンベが空になり、底に数グラムの白い固体が残っているのが発見される
    ⇒テフロンの発見(ただし実用化までに厳しい道のりがあった)
    異能の脇役・フッ素の素顔
  • 探していた試薬が見つからなかったので似た試薬で実験
    ⇒硬くて丈夫なポリカーボネート樹脂の発見
    ポリカーボネート樹脂

これらの出来事は単なる幸運ではなく、何かが違うことを感じ取った化学者達の嗅覚により偉大な発見がされたものです。これこそがセレンディピティという感じはするのですが、Wikipediaに書かれている通り確かに日本語にしづらい言葉です。このような発見をした化学者は、みんな楽しんで仕事をしているのではないか?と思いました。勝手な妄想なのですが、ナイロンの発見にしろ、テフロンの発見にしろ、未知の物質を見つけてその性質を解明したい、という思いが強くてうずうずしていたからこその発見であるように感じます。また、ポリカーボネートやモーブの発見はどちらも早く実験したくて仕方ないような感じが伝わってきます(史実は知りません)。試薬ないけどこれでやっちゃえ、というような勢いがあったんではないでしょうか。

システムの世界にもプログラミングやハードウェアのセットアップが好きで好きで仕方ない人がたくさんいます。そういった心を忘れないで仕事をしていたら、いつもとちょっと違う挙動に気付くことができて何か新しい発見があるかもしれません。どこか新しい感じのするソフトウェアというのは、そういうところから生まれてくるのではないでしょうか。私も初めてコンピュータに触ったときのドキドキ・ワクワクする気持ちを忘れないで仕事をしていきたいと思います。

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