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日々の「ハッ、そうなのか!」を書き留める職遊渾然blog

セレンディピティの語源はライオンの住む島

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imageセレンディップの三人の王子たち』を読みました。serendipityという造語の元になったお話です。この本の訳注によれば、

  1. セレンディップとは、スリランカの古い名前である
  2. セレンディップとは、アラビア人がシンハラ・ディーバをなまってそう呼んだところから来ている
  3. シンハラ・ディーバとは、シンハラの住む島という意味である
  4. シンハラとは、シーハ(ライオン)の子孫を意味する
  5. 建国者は、自らをライオンの血を引く家系であると考えていた

そうな。

そもそも、セレンディピティとは何か。編訳者の竹内慶夫氏は、上記の本の解説で、「原典」たるホリス・ウォルポールの手紙を紹介したうえで、こう述べています。

 この手紙のなかに、「セレンディピティ」を明確に定義づける三つの重要な要素を見いだすことができます。それは(一)偶然と(二)才気によって(三)さがしていないものを発見すること、です。ここに、セレンディピティという言葉の意味を考える原点があります。
(太字は引用者による)

serendip-ityという言葉、修辞的観点からすれば「安倍る」などと似たような発想で、芸がないといえばない。

しかし、語感がいい。Seirenとか divaとか celebrityとかが連想され、なんとなく神秘的ですごそうな感じがあります。

もちろん、意味もいい。そうそうそういうものだよな、という「感じ」が一言で表現されている爽快感があります。

ところで上記の本を読み終えたのですが、「なるほどこれがセレンディピティか!」という「ハッと感」は残念ながらありませんでした。セミナーとかで使おうと思っていたのに残念。

せめてblogのネタにしようと思って、こうして書いている次第。

Comment(4)

コメント

戸川 リュウジ

こんばんわ

>意味もいい。そうそうそういうものだよな、という「感じ」が一言で表現されている爽快感があります。

 僕にとってのserendipity体験は、内田樹という方の著作を本屋で偶然見つけたときでした。内容も面白く読めながら、「あ、これで良いんだ僕の生き方」と思ったものです。ちなみに題名は『子供は判ってくれない』(文春文庫)です。
良い本とのめぐり合いは大変良いものです。


僕:「うわ?!、今日買った本もう持ってたのか!!しまったーまたやっちゃった」
【トガワ的教訓】
「面白い本とは二度めぐり合う」

堀内さん、こんにちは。

タイのビールの"シンハ"もその系統なんでしょうね。たしかにライオンの図柄があしらったあったような。
古いですが、プロレスラーの"タイガー・ジェット・シン"の"シン"もそんな感じが。

今泉

たびたび失礼します。
あー、やっぱりそうだ。
"シン"はシーク教の人に多い苗字だと記憶していましたが、元の意味はライオンですね。
シークの人たちのwikiがありました。
http://www.sikhiwiki.org/index.php?title=Singh

今泉さん、
僕も書きながらそのビールを思い出していました。
pepozにセレンディピティの発現?降臨?が、ありますように。

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