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持久走が苦手な私にはあまりに衝撃的な、「ヒトの進化と持久走の関係」と「人間走らなくなったら終わり」というお話

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ストイックに物事に取り組むことを自分は嫌いじゃないです。

一番苦手なのは自分が努力していることを結果は別として主張するタイプは勘弁って感じで、チャラい感じはそのご当人のキャラによっては有りかもって感じでしょうか。

打率3割の成績残すのだって大変な訳で、自分の取組みで後から後悔するのは出来るだけ排除したいと考えていますので、与えられた仕事のチャンスに自分の楽しみを多少犠牲を払っても仕事の結果を重要視する生き方で長年きたのでこの生き方自体を現時点では否定するつもりはないのですけど、久保田 競という方の「バカはなおせる」という書籍を読む機会があり、ちょっと衝撃を受けています。

この書籍では「頭が良い」ことを、

  1. 注意力・判断力・決断力・記憶力があり
  2. 自己実現ができる
  3. 問題解決能力が高く
  4. 創造性に富んでいる

と定義しています。

そして「頭が良くなる1日の過ごし方、悪くなる過ごし方」としてまず驚くことが紹介されます

"おいしいものを食べること"

これが最高に脳に良いという主張です。

ですので、この逆の禁欲的な生き方は基本的には脳を積極的に働かせないので、脳に良くない生活パターンだとのこと。(禁欲で気持ち良くなれる人の存在についても記述はありますがこのエントリでは割愛します)

つまり、お金を得て、おいしいものを食べて、気持ちよいと感じることをやりまくるほうが、脳が発達し、知力も運動能力も高まるというのが最新脳科学の原則だとこの著者は主張します。

従来の考え方とこの最新の最新脳科学の原則との違い

  • 家でずっと本を読んでいる子供のほうが、外を走り回っている子供よりも脳が発達するという誤った認識
  • 人と話さないと、話す能力と同時に、話しを理解する能力も衰える
  • 生活の中に運動の機会が少なく、認知能力だけを高める生活は脳に良くない

最近、楽しいことを仕事にするという言説の無責任さについての指摘があったように思います。自分も仕事なんだから嫌なこともある派だったのですが、この書籍を読んでからちょっと考えを改める必要性を認識しつつあります。つまり"自身がその状態を前向きに受入れる事が可能なのか"ここがポイントだということですね。

ちなみにわたしは運動が苦手で、嫌いという気持ちは持っていませんが、腕力、持久力などなど運動に関することで楽しめるような経験をしたことがないので、どうしても運動を週間化するのが苦手です。

前述した、「気持ち良いと感じる」こと脳に良いという話しから、自分は運動しないほうが、楽で気持ちいいんだから、寝ているほうが脳に良いという理屈が成り立ってくれると嬉しのですが、残念ながらそんな都合の良い話しにはならないそうです。

そして最大の難関は、結論として無理してでも身体は動かすべきで、その時大事なのは、体を動かすことが"快感"になるよう工夫することが大事だという指摘は厳しくもあり、また前述の仕事の件も含め、いろいろな事を考えさせてくれるものです。

人間は脳の"前頭極"という箇所が発達したからこそ、複雑な何重もの入れ子になっている課題をクリアできるようになったということは最近判明した大発見ということも非常に興味深いです。

この話しでは、ヒトの進化と持久走の関係として、脳がホモハビリスの頃からどんどん肥大化してきたのは猿人が持久走を始めたからだという学説の紹介があり、これも持久走が心底苦手な自分としてはいたたまれない気持ちになってしまいます。

自分はこれまででしたら、2004年に発表されたというこの論文も読んでみたい...と書きかけて、いやこの流れとしては、いかに自分が苦役と考えずに走ることを生活に取り入れることが出来るかを考えるべきか...と思い直してしまいました。

この著者は、ヒトは走ることで脳を大きく発達させ、それがあったからこそ万物の霊長である人間に進化したと考えられ、端的に言えば「人間走らなくなったら終わり」で脳が衰えると指摘しています。

「人間走らなくなったら終わり」と言われてしまったら、すでに何十年も前に自分は終っている感じな訳です(苦笑)

以前に40代以降で運動しても無理があるとか、無駄というような指摘をする記事を見かけた気もするので、この領域においても様々な主張があるのだろうと思いつつ、これが本当かどうか、走ることを自分の生活に組み込んで人体実験するしか方法無いのだよな...と感じつつこのエントリは終りたいと思います。

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