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日本式の「ルールを守りましょう」だけの教育で社会人40年をサバイブ出来るか?

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小学校などで給食費未払いの問題は結構前からいろいろ報道されていますが、きっとこういう話も出てくるだろうな…と思っていたらやっぱり出てきましたね。

島根県の県立高校8校が「授業料を滞納している生徒には卒業証書を渡さない」と各家庭に通告していたことが27日、分かった。一部保護者から苦情が届き、県教委はすべての県立高校に対し、滞納を理由とする証書授与の見送りなどをしないよう通知した。

今回の記事のケースにおいては、8校のうち、最終的に支払わなかったのは、06年度に1人が卒業式当日に証書をもらえず、3月中に受け取っていたとありますので、支払い能力はあったようですね(借金したケースもあるのかもしれませんが)。

この手の問題をルールを守りましょうという話でまとめてしまうのは簡単なのですが、頭の中でモヤモヤしている事があって、それはルールを守るという事と、ルールを変えるという事の違いです。

それはGoogleニュースが登場したときの騒ぎやここ最近に出てきたGoogleBook検索の和解の話につながっていくのですが、

これらのサービスは著作権の問題からGoogleは既存概念から考えた場合、新聞社や出版社から問題視される事は当然織り込み済みでサービスをリリースしてきたはずで、そこでは法廷闘争が行われることも想定内の話だったろうと推測しています。

自分はこれまでルールを守って行動しなさいという教育を受けてきただけで、そのルールをコントロールしたり改変できる立場になろうとした場合に、どうすればそのような事が出来るのか?という事を学ぶ機会が無かった事が残念というか、多分自分の勉強が足りなかったからだろう…と反省する場面がネットに関わる仕事をしていて感じることしきりです(苦笑)

そんでもって今回のエントリはここからまだ話しが展開していきます…

この3月で自分の次男が高校受験の結果が出て、来年から義務教育を終了して、高校に通うこととなりました。

今は大学全入時代ですから親としてまだまだ子供の面倒を見ていく場面は多いと思いますが、小中学校時代に親として勉強や教育の重要性について自分として伝えたいと思った事のほんの数分の1しか伝えられなかったし、きっとそれは自分の子供時代を振り返っても伝わらないものだと思っています(苦笑)

ここでちょっとだけ危機感を感じるのは、世界がネットで繋がり、さまざまな事がワールドワイドに展開する時代に、前述のように旧来の日本式で「ルールを守りましょう」だけの教育では社会人生活40年を生き抜いていくのはかなり無理がある時代になっているかもしれないという事です。

日本は「ものづくり」で生きていくべき、という話がここ最近の金融危機後の指針として示されるケースも多いように思いますが、大多数の労働者の立場においてはテクノロジの進歩でそれまで自分が培ってきた技術や経験が機械化、自動化されてしまう可能性がある時代だと思うので、

社会システムであったり、職業選択や技術習得に関する教育って義務教育時代から、学校の先生が語るだけでなく、いろいろな実績を持つ人たち(活躍している場は当然海外で活躍している方を含む)の話を聞く経験や体験を積むようなプログラムが日本全国で行われる必要あるのではないでしょうかね…

と自分は学校教育時代には脱落組みではあったのでこうやって書くのは恥ずかしいのですが、やっぱり自分の社会経験とか子供を育てるという経験で思うところあったので書かせていただきました(苦笑)

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