オルタナティブ・ブログ > ビジネスライターという仕事 >

ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

「やる気を出す」ということを2年考え続けてわかったこと

»

あまり誠ブログの「お題」には反応しないほうなのですが、今回のお題「「やる気を出す方法」を教えて」については、僕自身が2011年から2013年の約2年に渡って、「やる気を出す方法」を知りたいと願い、探し続けてきた経緯があるので、書いてみようと思いました。

軽い話でもないし、小手先の話でもないし、誰にでも当てはまる話でもないと思います。それに、長い。

ただ、なんとなく仕事に対するやる気が持てず、いろんな本を読み漁ってやる気を取り戻そうとしたがうまくいかないという方には、何かの参考にはなるかもしれません。

というのは、僕自身がなんとなく仕事にやる気が持てず、いろいろと本を読んで、一時的にはやる気が出るのだけど、すぐにそのやる気がしぼむという経験を繰り返してきたからです。そして、その経験談を書くつもりだからです。

やる気がない状態が続いているのだが、一歩踏み出せない、そしてその状態が辛いという方に読んでいただけたらいいなと思っています。

●元々やる気のない人間だった

元々僕は、あまり仕事に対してやる気が持てない人間でした。それでも30代中盤までは、自分を騙し騙しですが、結構頑張って仕事をしてきたほうだと思います。

決定的だったのは、36歳のときです。自分ではどうにもならない困難を抱えてしまったのに、周りは誰も助けてくれない。

いや、実際はそんなことはなかったのです。そう思い込んだだけでした。僕は、そう思いこんで神経症になり、2ヶ月会社を休んだのですが、後任の人はきちっとやり遂げましたから。甘えていただけのことです。

その後2年かけてリハビリし、もう一度自分のグループを持つところまで回復しました。でも、結局ある失敗をきっかけに、また途中でやる気がなくなり、そのグループを崩壊させてしまいました。

その後は、何かうまくいかないことがあると逃げてしまう癖がつきました。

2004年に転職し、2005年に独立し、2007年に企業常駐のコンサルタントの仕事を辞めて会社を興しました。しかし、どれも理念を持って新天地で頑張ろうという高邁な動機からではなく、ただ逃げた結果だったのです。

●1年間を全く棒に振る

逃げで起業などするものでありません。創業半年間で売上はたったの10数万円でした。貯金はあっという間に底をつき、借金もできました。

ただ、この間勉強は欠かしませんでした。あるセミナーで、ネットでの集客方法を知り、その通りにやろうと決意しました。かなり痛かったですが、そのセミナーの後に控える数十万円のワークショップにも参加しました。

そのおかげで、2009年の末から2010年にかけてようやくコンサルティングの仕事が取れるようになり、年商1000万円に手が届くところまで来ました。

ただ、その仕事は僕のビジネスパートナーがメインの仕事でした(この仕事は今でも続けています)。それはそれで面白かったのですが、やや物足りなさも感じたので、僕がメインの仕事を立ち上げることにしました。

それが、自分軸ナビゲーションの仕事です。これは、そのときに思いついたわけではなく、すでに何度かセミナーも開催していましたし、何人かの方の問題解決もしていました。

これを本格的にやろうと思ったのです。

まずは、セミナーで人を集め、そこからコミュニティー化しようと考えました。

その第1回のセミナーが、2011年3月11日。金曜日の昼間でしたが、目標の人数を集めることができました。「幸先いいぞ」と思っていました。

しかし、ご存知のように、セミナー当日あの地震がやってきました。

震災の混乱は今でも鮮明に憶えています。放射能の恐怖に怯え、モノ不足に不安を感じ、気持ちを切り替えたくても自粛ムード一色。情報は何を信じていいのか分からず、計画停電でさらに暗い気持ちになる。

こういう日々が続き、自分を見失ってしまいました。

自分軸ナビゲーションをやろうと思ったのに、自分自身の軸がない。これでは、やれるわけがない――そう思いこんでしまい、仕事が手につかず、震災後の不況のせいでコンサルティングの仕事も次々となくなってしまいましたが、営業する気にもならず、結局約1年間を僕は棒にふってしまったのです。

せっかく興した会社も、2011年末で畳むことにしました。

●いろいろと本を読んでみたが

その間もビジネスパートナーが講師のセミナーの主催はやっていましたが、セミナー自体がキャッシュポイントではなかったので、またもや貯金は減る一方。

なのに僕はロクに仕事もせずに、セミナーのある日以外は、寝るか本を読むかしていました。

本を読んだのは、やる気を取り戻したかったからです。

まず気づいたのは、やる気に関する本のほとんどは、部下のやる気を引き出すという類のものだということでした。自分のやる気を引き出すためのそのものずばりの本というのはあまりないのです。

とはいえ、世の中には元気が出る本や、心構えを変えてくれるという本はあります。そういうものを結構一生懸命読み漁りました。

松下幸之助さんや稲盛和夫さんの本はもちろん、彼らの大師匠である中村天風先生の本も読みました。でも、まったくやる気が出ません。逆に、こんな立派な人達と僕ではモノが違うんだと思うだけでした。

名前は出しませんが、ビジネスの世界で今まさにトップを競っている人達の本も読みました。分かったのは、彼らは単に仕事が好きだということでした。好きなことにやる気を出すのは当たり前です。中には「辛くなければ仕事じゃない」というようなテーマの本もありましたが、やっぱりこの著者は仕事好きなんじゃないかという感想を持っただけでした。

若い人向けの成功本も読んでみました。これらも僕にはピンときませんでした。結局は、夢を持ち、心を強く持てというような内容で、それができないか困ってるんじゃないかというのが率直な感想でした。

一番心に響いたのは、デール・カーネギーの『道は開ける』でした。目の前のことに取り組めというカーネギーのメッセージがもっとも理に適っていると思いました。世の中の成功本は全てカーネギーの亜流と言っていいでしょう(そのさらに源流がアドラーだと最近知りました)。

とはいえ、それが一番だと思いながらも、やっぱり目の前のことに取り組めません。なぜなら、「目の前のこと」が当時の僕にはなかったのです。

●過去の取り組みがきっかけに

ただ、「目の前のこと」があるなら、それに一生懸命取り組むのがいいということは確実に言えます。

というのは、僕自身が過去一生懸命取り組んでいたことで救われたからです(そして、その後もまた救われます)。

震災から約1年、半分生きる屍のようになっていた僕ですが、1本の電話で救われました。

それはプロフェッショナル・ブロガーで有名な立花岳志さんからでした。2013年の3月だったと思います。今度、処女作を上梓するのだが、そこに僕の名前が出てくる、ついては許可が欲しいという用件でした(下図)。もちろん快諾しました。

case002.jpg

2010年に自分軸のセミナーを開催したときに、立花さんが参加してくれたということはよく憶えていました。それが立花さんがはじめて参加した民間のセミナーだったことも懇親会で語ってくれました。

それ以降、立花さんはいろいろなセミナーに参加するようになり、どんどん進化していきました。それでも、最初のセミナーだったということと、そこで見つけた「自分軸」が独立しても大丈夫と思えるようになったきっかけになったので、本に書こうと思ったということでした。

献本していただいた立花さんの処女作『ノマドワーカーという生き方』を読んで、僕はようやくやる気が出てきました。

自分の軸がないことで僕は自分軸の事業をやめてしまおうと思っていたのですが、そんな人間でも人の自分軸を作る手伝いならできるということに気づいたからです。

過去に取り組んでいたことに、僕は救われたのでした。

●バイトしてでも頑張れ

僕は、まず経験を積もうと思いました。そこで、3時間半で参加者の自分軸を言語化するというワークショップを月に1回開催することにしました。定員4名で参加費1,000円でした。

僕は、毎回必ず自分軸を持ち帰ってもらうということを自分に課しました。最初は結構時間に苦しめられのですが、試行錯誤するうちにコツが見えてきました。

とはいえ、実際には他に収入がありましたが、メインの事業の売上が毎月4,000円では、貯金はなくなる一方です。

そのとき、僕はワークショップを通じて知り合った人に泣き事のメールを書きました。生活に困っている、何か仕事はないだろうかと。

その人は同情してくれましたが、いま与えられる仕事はないという返事でした。ただ、彼自身も同じような経験を数年前にしたばかりで、そのときに時給1,000円のバイトをしたのだそうです。だから、僕にも仕事はいくらでもあるから頑張れと励ましてくれたのでした。

そこで、僕は妻の勧めもあり、就職サイトやコンサルタントの斡旋サイトに登録することにしました。

●自分が一番大切にしたいことを守ることにした

しかし、もう50歳近い身でした。就職先はなかなか見つかりません。

会社勤めではITエンジニアの経験しかありませんでしたので、IT業界一本で探しました。いくつかやりがいのありそうな会社があったので、エントリーしてみましたが、社長が僕よりも若いのです。よっぽど特殊な仕事なら別でしょうが、普通は煙たがられます。

スカウトメールが一本来たので、これ幸いと面接に行きました。その社長はたまたま僕よりも年上だったからでしょう、内定をもらいました。

ただ、結局僕は断ることにしました。

内定をもらってすぐに、自分が一番大切にしたいことが分かったからでした。

それは、時間に拘束されずに自由に生きるということだったのです。

もちろん顧客との打合せや取材などで時間を取られるのは仕方がありません。ただ、それは単に約束を守るということであり、不自由ということとは違います。上司や顧客のために自分の時間を犠牲にするという感覚はありません。

しかし、就職するとなると、いま僕は眠いから寝ますとか、今日は昼から飲みたいので飲みますなんてことが許されるわけがありません。いや、そういう我慢ならまだしも、相手の都合に振り回されて、徹夜させられたり、プライベートの約束を反故にしたりすることになるでしょう。そういうのが、もはや無理になっていたのです。

会社員や企業経営者から見たらとんでもない話だと思います。でも、僕はこれだけは貫こう、そのためには他はどうでもいいと思ったのです。

●大事なものが見つかったら仕事もやってくる

次に僕がやったことは、やや疎遠になっていた人に頭を下げて、仕事をもらうということでした。

一番大事なことは自分の時間を守るということだと分かったので、人に頭を下げることが苦ではなくなったのです。

ましてや、来た仕事は断りません。

いつの間にか仕事が増えていて、僕は窮地を脱することができたのです。

ただ、このような気持ちはなかなか続かないようで、僕は自分では気付きませんでしたが、また傲慢になっていたのでしょう。

しばらくして、また徐々に仕事が減り始め、同時にやる気もまたなくなっていきました。

●過去の取り組みに救われる

仕事が増えている間はどちらかというライターとしての仕事が増えていたのですが、自分軸のほうは、それでも新たにセミナーを開催するなど、行動は続けてきました。

仕事は減り続けていましたが、昨年の秋頃から、すこし風向きが変わってきました。

受注にまでは至らなかったのですが、引き合いが増えてきたのです。

それも、僕がだいぶ前にブログに書いたことなどを読んで、問い合わせてくださるというケースがほとんどだったのです。

僕自身、お金にはならなかったのですが、ブログを書くことは好きで、大して読まれていなくても、すっと発信し続けてきました。たまーに読まれる記事はありますが、100本に1本もありません。でも、書き続けてきました。

そういう過去の取り組みが、徐々に仕事につながってきたのです。

この半年でビジネスパートナーが二人増えました。彼らとも以前から面識や親交はあったのですが、ここにきて急に一緒に仕事をしようということになったのです。これも、過去の取り組みのおかげだと思います。

決定的だったのは、今年3月にいただいた仕事です。これは、2012年に提案した、自分軸関連の仕事でした。こういうこともあるのだなあと思いましたが、その前後から途切れず自分軸関連の仕事が来るようになりました。ほとんど営業活動をしていないのにです。

まあ、まだまだ不安定なのですが、何とかなるもんだという確信に近いものがいまの僕にはあります。

●数を追わなくなった

これは、やる気を取り戻すことと並行して取り組んできたことですが、数を追わなくなったというのも重要かもしれません。

2012年頃の僕は、やる気がない一方で、少し焦っていました。とりあえず仕事はないけれど、ブログのアクセスランキングやいいね!の数にこだわった記事を書いていた時期がありました。読まれる記事を書くことを突破口にしようとしていたのです。

実際、かなり読まれた記事もありました。ただ、やっているうちに虚しくなりました。アクセス数が増えるということは誤解する人も増えることだと分かったからです。

もちろん、誤解を受けるということの原因には、こちらの未熟さもあります。しかし、どう見ても最後まで読まずに、タイトルだけか最初の数行だけで、批判のコメントをする人がいました。そういうコメントを見ていていると、自分は何がしたいのだろうという気持ちになりました。

そこで、アクセスランキングには載らないが、いいね!を20個もらえる記事を書くという目標を設定しました。これは固定ファンがいるということです。そういう人に発信することにしたのです。

しかし、それもだんだんどうでもよくなりました。引き合いを見ていると、アクセス数もいいね!も少ない記事に反応しているケースがいくつかあったからです。

僕のメインの仕事は企業がお客様なので、1本あたりの金額は大きいのです。つまり、一人でも響いてくれる記事が何本かあれば、それで十分なのです。

そういう事実に気づくと、アクセス数もいいね!数もどうでもよくなりました。そうすると、だんだんFacebookの友達の数もどうでもよくなりました。Twitterのフォロワー数もです。

そこで、昨年末にFacebookの友達を大幅に減らし、Twitterのフォローもほとんどやめました。ついでに年賀状もやめることにしました。

それでも、仕事に悪影響は全くなく、返って僕が好きだと思える人ばかりが周囲に集まるようになりました。

これがベストとは言いません。ただ、僕は器の小さい人間なので、自分の器の範囲で人と付き合うことにしたのが良かったのだと思っています。器の大きな人は、たくさんの人と付き合えばいい。それだけのことです。

●やる気なんてなくてもいい

こんなダラダラと長い文章をここまで読んでくださった方は、本当に「やる気」の件で悩んでおられるのでしょう。

そういう方に、こんな結論でいいのかと思うし、そもそもお題である「「やる気を出す方法」を教えて」にも答えていませんが、僕は「やる気なんてなくてもいい」と思わざるを得ません。

結局、いまだにやる気はないのですが、それで何も困らないからです(いや、たぶん、震災後棒にふった1年よりはずっとやる気はあると思います。ただ、当時追い求めていたような"溢れ出るようなやる気"ではありません)。

そんなことよりも、「やる気のない自分を責める」ことだけはやめましょうと言いたい。それは、まったく無益なことです。自分を責めずに、自分を信じてください。それが一番大事なことだと僕は思います。

その上で、提案するしたら次の3つです。

1つは、やる気があろうがなかろうが、生活のために仕事はしましょう。僕がいうのもあまり説得力がないと思うのですが、いま定職に付いている人には、まずそれだけはお勧めしたい。

その上で、次の提案は、何でもいいから好きなものを見つけて、それが役に立つかどうかはあまり考えず、また人に読まれるかどうかもあまり考えず、その件について発信し続けることだと思います。これがいつかは役に立つはずです。ただ、やるならとことんやってください。趣味のレベルではお金にはなりません。

何かをとことんやるためには、他の何かを諦める必要もあります。そこで、最後の提案は、これだけは捨てられないというものを見つけることです。僕の場合は、他人の都合に左右されず自由に生きることでした。これ以外は、捨てても問題ないので集中できるのです。

それは、僕が提唱する自分軸を見つけることとほぼ同じです(※自分軸の作り方を知りたい方はこちらに無料のメール講座の案内があります)。

閉塞感はあるのだが、やる気がでないという人が、自分軸を見つけてやる気が出てきたという事例もあります。これも参考になるかもしれません。

case01_top.pngもう一度だけ、一番重要なメッセージを繰り返して終わりたいと思います。

「自分を責めずに、自分を信じる。」

こんな長い文章を最後まで読んでいただいたことに感謝いたします。

こちらのほうにお役に立つ情報を継続的にアップロードしています。

itbt.png

ITブレークスルーは、所得格差の二極分解に歯止めをかけ、悪平等社会ではない、多様性のある中間層で満ち溢れた活気ある日本作りに貢献したいと思っています。

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する