シリコンバレー見聞録―その18 「スタートアップ・ウェイ」に見るリーンスタートアップの本質
半年振りにシリコンバレー見聞録の続編をスタートさせています。シリコンバレーと呼ばれるベイエリアはまさにデジタルビジネスやオープン・サービス・イノベーションのメッカです。既知の話から日本ではあまり知られていないコトまで。このコーナーで少々連載したいと思います。
従来の基幹システムであるSoR(Systems of Record、Mode1)はクラウドへのLift & Shiftが課題であり、SoE(Systems of Engagement、Mode2)ではクラウド上でのDevOpsとCI/CD(継続的インテグレーションと継続的デリバリ=本番運用)が重要になります。このようなデジタルビジネス環境を踏まえた上で重要な概念がアジャイル開発であり、リーン・スタートアップへの取り組みです。
これまでこのブログでは、AmazonのPOP UP LoftやPlug & Play、SAPのHANAHAUS、Hacker Dojoを紹介してきました。前回は、Pivotal Softwareの年次イベントを題材に先進起業のデジタルトランスフォーメーションに向けた取り組みについて紹介しましたが、今回はPivotalをはじめ、多くの先進企業が実践するリーン・スタートアップの指南書とも言える書籍について紹介しつつ、根底となる考え方について整理してみたいと思います。
■予測不可能な世界で成長し続けるマネジメント「スタートアップ・ウェイ」
「スタートアップ・ウェイ」(日本版は日経BP社)は、アントレプレナーであり、世界で100万部以上売れたミリオンセラー「リーン・スタートアップ」の著者であるエリック・リースの最新刊の書籍です。どこかで聞いたことあるタイトルだと思いませんか?そう、あの「トヨタウェイ」をリスペクトした書籍なのです。
《リーン・スタートアップとスタートアップ・ウェイの原著》
本書で説明するのは、長期にわたり成長の源をみつけられる組織を作る設計図のようなものだ。どうすれば会社にとって真に価値のある製品イノベーションが推進できるアカウンタビリティ構造を作れるのかがわかる。どう仕事を組み立てればやりがいが大きくなるのかがわかる。リーダーとして自分はどういう役割を果たすべきなのかについても、目からうろこが落ちるはずだ。(スタートアップ・ウェイより)
エリック・リースは、リーン・スタートアップ執筆後、下記のような問いかけを大企業やスタートアップから多数寄せられたという。
・どうすれば、アントレプレナーのような考え方を社員にしてもらえるだろうか。
・どうすれば、既存顧客を失うことなく、新市場向けの製品を開発できるだろうか。
・どうすれば、中核事業を危険にさらすことなく、社員に責任を持って企業家のように仕事をしてもらえるだろうか。
・どうすれば、既存事業と新たな成長の種が両立できる文化を創れるだろうか。
本書はこのような問いに答え、以下のような疑問にも答える。
・従来型のマネジメントと起業型マネジメントをどう組み合わせればよいのか。
・リーン・スタートアップの段階を過ぎたときにスタートアップは何をしなければならないのか。
・リーンで斬新的な仕事を実現するためには、どのように組織を改革していくべきか。
本書は、3部構成となっている。第1部では前著「リーン・スタートアップ」で記載した内容をおさらいしている。特徴的な考え方である実用最小限の製品(Minimum Viable Product)やピボット(Pivot)、構築-計測ー学習ループ(Build-Measure-Learn)などを紹介している。第2部では、どうやって進めるかを3つのフェーズに分けて解説している。第3部では、この変革プロセスには終わりがないこと、そしてこの考え方は、社会問題や政策にも応用できることを説く。
このブログでは本書の内容でコアとなる考え方について簡単に紹介したい。
■スタートアップ・ウェイを支える5原則
30言語を超える翻訳本が出版されたリーンスタ-トアップとは、どのような概念なのだろうか。エリック・リースは、前著「リーン・スタートップ」にて、その定義を"スタートアップとは「とてつもなく不確実な状態で新しい製品やサービスを創りださなければならない人的組織である」とした"上でスタートアップ・ウェイを支える5原則として以下を掲げている。
《スタートアップ・ウェイを支える5原則》
すべてのチームをスタートアップ・ウェイを支える5原則に基づいて再編する必要はないが、企業のマネージャーは、スタートアップに直接かかわっていない人も含め、全員が起業マネジメントに通じていなければならないという。このあたり"人や企業文化を変えなければならない"とSpringOne参加企業が口を揃えるワケがわかる。
■先進起業から得られる教訓
アマゾンが2014年に発売したFirePhoneは、大失敗だった。しかし、ジェフベゾスは、FirePhoneを開発した人の首を切り、ラボを解体するのではなく、タブレットやエコー、音声AIアシスタントのアレクサなど、現在主流となっている他の開発プロジェクトを彼らに与えたという。
また、トヨタの幹部がエリック・リースに言った言葉は、印象的だ。
「これは、トヨタ生産方式に欠けていた部分です。我々の仕組みは、指定したものを高い品質で作るという面でずば抜けているのですが、作るべき物を見つける部分についてはそういう仕組みがありません」
エリック・リース曰く、"先進起業とは、両方の仕組みを併せ持つところだ。高い品質の製品を確実に製造する力があり、同時に、作るべき新製品を見つける力もあるところだ"と。
真の先進起業とは、何か?旧来の古くさい企業との比較をエリック・リースはしている。
《古くさい企業と先進企業の比較(抜粋)》
■企業にアントレプレナー機能を設置する
エリック・リースは、先進企業の行動原理にアントレプレナーシップを据えるべきだと主張する。次世代のイノベーションに投資し続けられるように、組織にアントレプレナーの意識を吹き込み、手法を広げていく責任者を置くべきだと主張する。
シード段階のさまざまな実験のひとつとしてスタートし、だんだん成長していく。魅力のないシードが死んでいく中、そのひとつは生きつづける。そして次第に実験の割合が下がり、執行の割合が増え、最後はほぼ執行のみの段階にいたる。このような段階になって初めてそのスタートアップの舵取りという責任を親部門が引き継ぐのだと。
《アントレプレナー機能:どこかの部門に所属する社内スタートアップがたどる道》
このようなアントレプレナー機能は製品のためだけではない。そしてアントレプレナーシップは、アントレプレナーだけのものではないのだ。この実験と検証を繰り替える手法はアントレプレナーでない他の部門の人も理解しておく必要がある。
どの会社の中にも顧客のためになることなら自分の評価がどうなるかは気にすることなく斬新なアイデアを実行するためにリスクを取る人々がいるという。なるほどそのような人はと考えたときに自分の会社や組織でも何人かそれに相当する人材の顔が目に浮かんできた。
エリックリースは、そのような創造的でエネルギッシュな人々に彼らが望むプロジェクトをキッチリ遂行できる仕組みを与え、その成果に応え、彼らのスキルを評価すべきであると主張する。
■既存企業に欠けている組織機能
エリック・リースは、大企業のイノベーション創出にも「スタートアップDNA」が重要だと説く。次世代のイノベーションに投資をしつつ、既存の組織にアントレプレナーの意識を吹き込む必要があると主張する。しかし、硬直した既存ビジネスを推進する組織にそのようなことは可能なのだろうか?アイデアを検証し、採用し、スケールアップするための仕組みが必要になる。
《社内スタートアップの組織図》
彼は、既存の企業に欠けている組織機能として以下の7点をあげている。
《既存の企業に欠けている組織機能》
こんな仕組みを実現することがこれまでの大企業に本当に可能なのだろうか。そのためにはやはりマインド・チェンジが必要になる。
■「大きく考え、小さく始め、すばやく成長する」
"シリコンバレー"という言葉は、アメリカ西海岸の特定の地域を指しているのではないのだという。"シリコンバレー"とは、心のあり方を示す言葉であり、世界中に点在するスタートアップに共通する信念や慣行を示す言葉になりつつあるという。
「大きく考え、小さくはじめ、すばやく成長する」ために重要なシリコンバレーに共通する信念としてまず挙げるべきは、「すべてはチーム」であるということだ。シリコンバレーの投資家は、なんと対象となるアイデアの前にその検討を行ってきたチームの良否を基準に投資判断を行うことが多いという。優れた計画を生み出す(チーム)力があれば、計画が変更になっても思考できる可能性が高いと考えるというのだ。
そして"小さなチームが大きなチームに勝つ"という信念がスタートアップの中では普通に信じられていることらしい。大企業のこれまでの論理では理解できないようにも見える。しかし、"スタートアップは、狩猟チームのようなもの"で、製品と市場のフィットを必死で探し、それが見つかったら今度は急いでスケールアップのために軍隊に変身しなければならないという。
従来型の大企業の欠点は、解決すべき問題を顧客の立場から見ようとしないことが多いという。大企業の内向きな人材ほど市場シェアを気にするが、顧客からすればそんなことは関係ない。問題は、その製品やサービスで自分の生活が良くなるかどうかだと言うことだ。
アマゾンの新製品やサービスの開発の仕方はあまりにも有名だが、顧客にとって何が問題であるかを特定し、そこからバックスキャンすることで必要な新商品を考えていくという。
■二つのマネジメント
先進企業は、シリコンバレー流の企業経営術だけを使っているわけではなく、従来型の企業経営術だけを使っているわけではない。従来の大企業では、構造とプロセスが古くさく硬直的でイノベーションがつぶされ、大量の才能とエネルギーが無駄になっているという。一方、スタートアップも成功したがゆえの問題を抱えている。それは事業のスケールアップに関する悩みだ。しかし、エリックリースは、二つのマネジメントのいいとこ取りをスタートアップ・ウェイでしようとしている。
《スタートアップ・ウェイ》
スタートアップ・ウェイの根底となる全体支える考え方は責任である。社員にどのような行動を取らせるのか、どこに集中させるのかを決める仕組みや報酬、インセンティブを指す。そしてプロセスは、プロジェクトの企画、マネジメント、チームの連携、協力など、社員が日々の仕事で使うツールや戦術のことを指す。このような習慣や働き方は、時間がたつにつれて文化になり、文化はそれに合う人を引き寄せる。人材が企業にとって究極の資源であるという考え方は、とても共感する考え方だ。
ピラミッドを構成するこの4つの視点で従来のマネジメントとスタートアップマネジメントをまとめると下記のようになる。
《起業マネジメントと統括マネジメント》
アントレプレナーシップは、イノベーション部門にだけあれば良いのだろうか?最近はやりの"デジマ"で勝手にやっていればよいのではなく、先進起業では、エンジニアリングや営業・マーケティング、IT、そして人事や財務でもこの仕組みが必要だとエリックリースは説く。
全社的にこのような取り組みを組織や人にインストールすることで時間と苦労は伴うが下記のような変革の成果を享受できるという。
《変革の成果》
翻訳本故に読みづらさはあるが、大企業だけでなく中堅中小企業でイノベーションを起こしてみたい方は、是非手にとって読んでほしいと思う。
▼「スタートアップ・ウェイ 予測不可能な世界で成長し続けるマネジメント」(日経BP社)
(つづく)