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シリコンバレー見聞録―その12 「Singularity University(シンギュラリティ・ユニバーシティ)」

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昨年に続き、シリコンバレー見聞録の続編をスタートさせています。シリコンバレーと呼ばれるベイエリアはまさにデジタルビジネスやオープン・サービス・イノベーションのメッカです。既知の話から日本ではあまり知られていないコトまで。このコーナーで少々連載したいと思います。

■Singularity(シンギュラリティ)という言葉を知ってますか?

もともとは、平均などから乖離した「特異点」を指す科学用語らしいが、最近では「人工知能の発明が急激な技術の成長を引き起こし、人間文明に計り知れない変化をもたらす」という仮説として知られています。この概念を提唱し、2045年がその年であると予測したのが、未来学者として知られ、「シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき(Singularity is Near)」の著者でもあるRay Kurzweil (レイ・カーツワイル)氏です。昨年開催されたSXSW2017では、絵本作家の娘さんとのパネルディスカッションが話題を呼びました。

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《昨年3月に開催されたsxsw2017でのRay Kurzweil氏》

レイ・カーツワイル氏が、起業家であり、「楽観主義者の未来予測(Abundance)」の著者であるPeter Diamandis(ピーター・ディアマンデス)氏と2008年に設立した教育機関がSingularity Universityです。

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《Singularity Universityとパートナー企業・団体》

ユニバーシティ(大学)と名が付いていますが、独自の校舎もなく学位の授与もありません。「シンギュラリティに向かう原動力は(想像を超える速さで)指数関数的に進化するデジタル技術(Exponential Technology)である。それを生かして人類に貢献する」といった高尚な目標を掲げています。

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《NASAリサーチパーク内にあるSingularity University》

Singularity Universityは、NASAとの交流があり、NASAリサーチパーク内にキャンパスがあります。NASAリサーチパークには、Googleもオフィスがあり、Singularity Universityのパートナーでもあるそうです。歴代大統領がシリコンバレーを訪問する際にもこの地に降り立つらしい。

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《スペースシャトル(模型)が飾られた中庭》

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《テレプレゼンスロボットが待ち構える受付》

Singularity Universityの戦略的リレーションシップ担当のPeter Wicher氏は、富士通厚木研究所にもいた元半導体のエンジアだったそうです。大変な親日家でした。

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《写真右側がPeter Wicher氏》

■Singularity Universityのミッションと12のチャレンジ

Singularity Universityのミッションは、世界の指導的な立場の人たちを教育し、エンパワーすることを通して人類が直面する最大の課題を指数関数的な技術で解決することがミッションであると定義しています。世界の課題は、企業にとってはビジネスチャンスでもあり、エネルギーやガバメント、水資源、食品などの世界規模の巨大な課題を列挙している。どれも人類にとって重要な課題ばかりでグローバルチャレンジと言っています。

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《Singularity Universityのミッションと12のテーマ》

グローバルチャレンジは、9年前には8つだったが現在は12になっている。12のテーマは、世界規模の課題であり、企業にとってはチャレンジングな課題でもある。偶然だが、国連のSDGsと似たゴールになっている。

①Disaster Resilience

 最初のアイコンは、災害に対する体制。世界規模の災害に対する備えの重要性を表しています。

②Energy

エネルギー問題は、説明する必要もないでしょう。9年前に設立した当初からSingularity Universityではテーマにしているようです。

③Environment

環境でのクリーンな大気をいかに保つかも重要なテーマです。農業において窒素系肥料の問題から海草の大量発生を招き生物の住めない海域ができてしまっているらしい。

④Food

世界中の人間に食品を十分に届けることができるか、企業にとってはテクノロジーを使って何をどこでどのように生産するのかということも課題となります。

⑤Global Health

グローバルヘルスは、簡単に言うと医療ですが、技術の活用によって医療コストを押さえ、巨大なマーケットにアクセスする。万人にとってという意味でグローバルと言っているらしい。Singularity University発のベンチャーがチャレンジしているテーマはスマートフォンベースの心理的な健康を促進するアプリを考えている。レバノンにある難民キャンプで実証実験を実施しているらしい。

⑥Governance

政府系のガバナンスはテクノロジー側から見ると驚かれるかもしれないが、マーケットは巨大。例えば不正投票をチェックする仕組みはとても重要なテーマでブロックチェーンを活用してSingularity University発のベンチャーがチャレンジしている。

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《12の普遍的なチャレンジテーマのアイコン》

⑦ Learning

教育分野では、どうやって世界中の子供だけでなく大人にもに適用するのか。この分野の研究としてはAIの活用があげられる。障害者教育には個人的に関心があるそうだ。

⑧ Prosperity

繁栄という言葉を使っているが、以前は貧困と言っていたそうだ。未来に関して前向きな姿勢が重要だと考えている。技術で可能になる世界を前向きな姿勢として捉えている。

⑨ Shelter

シェルターは、技術を用いて世界中の人々が安全で高品質な住宅を手に入れられるか。需要は常にあるのでいかにして住みやすく、買える値段で収益も上げられるか。Singularity University発のスタートアップではAIを活用して商業用ビルのコスト削減、納期短縮にチャレンジしているという。

⑩Security

セキュリティーでは、一つは人間に対する安全。デジタルの世界で個人の安全をいかに確保するか。もう一つの側面は、国家の安全保障に関するもの。

⑪Space

宇宙は、一般企業に馴染みが薄いが、宇宙の探査、宇宙に住むことを研究している。宇宙ステーションの中で3Dプリンティングできるようにする研究をSingularity University発のスタートアップでしている。人工衛星に関するスタートアップも3つあるらしい。

⑫Water

最後は、水。人類は巨大な量を消費する。東工大が水のある惑星を発見したとニュースが流れていたが、地球上での水が足りないのではなくて"真水"が足りない。水の水質処理もテーマ。スタートアップとパートナーを組むことで家庭内の排水を処理することにもチャレンジもしている。

"テクノロジーは、変化を促す媒介である"(現在Googleのレイ・カールツワイツの言葉)。写真は、レイ・カールツワイツが1996年に予想した処理能力の指数関数的成長を示すグラフ。

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《グラフを説明するPeter Wicher氏》

■大学とはいえ、法的にはベネフィットコーポレーション

Singularity Universityは、法的にはベネフィットコーポレーションという形態だ。利益をあげることを許されているが、社会的な還元もしなければいけない。

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《法的にはベネフィットコーポレーションという形態》

Googleだけでなく、12のチャレンジに興味を持つパートナー企業(コカ・コーラやハーシーズ、P&G、キャタピラ、ノバルティス、バイエルンなど11企業)。各企業の多くの部門と連携している。エンジニアリングの部門やファイナンスの部門が中心だが、経営者とも関係が深い。コカコーラはCMO、バイエルンは研究開発部門。ハーシ-ズは、自分たちが売ろうとしているのは商品ではなくビックデータ。誰がいつどこでチョコレートを食べているか判ったら面白いといった問題意識を持っているらしい。

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《さまざまなクライアント企業》

ユニセフなどNGOとも提携関係にある。とても重要な存在。企業や大学が提供できないような知識を提供してくれる。

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《NGOとの関係も深い》

Singularity Universityには、教育プログラムとコミュニティー、そしてイノベーションのプログラムが用意されている。指数関数的なテクノロジ(AIなど)の重要性を経営レベルに教えている。大企業向には、個別にカスタマイズしたプログラムも提供可能。たくさんのプログラムはあるが、エグゼクティブ向けのプログラムでは、6日間のセッションを年に6回実施する。イノベーションパートナープログラムも素晴らしいが3年も掛かる。理論レベルではなく、実行段階に持っていくことを目標にしている。イノベーションプログラムでは、ラピッドプロトを使って商品開発も行っている。企業向けのプログラムでは、指数関数的なテクノロジーを元に20年後にどのような世界になっているの、新製品やサービスなどのビジネスモデルプランニングの講座もある。

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《エデュケーション、コミュニティー、そしてイノベーションのプログラム》

スタートアップとは様々な分野で連携している模様。アクセラレータは7~10の企業を受け入れている。またグローバルソリューションプログラムではスタートアップも育成している。このプログラムで世界の企業家を90人集めて無料で実施している。2つの選抜方法がある。1つ目は毎年30回実施するコンペで勝つこと。それぞれのコンペには企業スポンサーがつく。昨年日本の2チームが選出された。Googleもスポンサーを務めている。2つめのやり方は本人が申請するパターン。企業家の資質と技術を見る。選ばれたチームが秋に投資を受けるトランジットプログラムを実施する。具体的な例として2017年のテーマである気候変動に関する検討チームについて説明してくれた。

■珊瑚礁の再生をどう事業につなげたらよいか?

彼らのアイデアは珊瑚礁の入った水槽を世界中に売るというもの。その水槽にはセンサーが内臓されている。この水槽では世界中の海の状態再現しており、センサーは水槽内の水質と珊瑚礁の状態を知ることができる。世界最大の研究所では水槽を200個抱えているがこれでは不十分らしい。そこでこの会社では、この水槽を世界中に何万台と売り込みたいと考えている。売り方は、珊瑚礁の健康状態を心配していて気候条件を心配している人に"あなたは珊瑚礁を救う協力者になれますよ"と言って販路を拡大している。オーダーが入るたびに、データの入った実験水槽が出荷されていく。センサーコスト、無線通信のコストが下がっていることがポイント。指数関数的なテクノロジーで伸びていることで重要な科学研究にクレジットカードで参加できるこのような取り組みはまさにSingularity Universityが教えて広めていくモデルだといえる。Singularity Universityのファカルティは、ほぼ全員が専任ではない。理由は、常にもっとも最先端な取り組みにかかわって欲しいから。

■あなたがまず始められること

受講した人が3万人、110カ国に及ぶ。既に34のスタートアップを設立し、2億ドル以上の資金調達を実現している。世界の65カ国にチャプター(支局)があり、昨春東京にも支局ができた。ベネフィットコーポレーションとして政府自治体の政策提言など373コミュニティとして企業や政府、投資家が集まって指数関数的技術を活用して解決に取組んでいる。

Singularity Universityのプログラムに参加することで世の中の見方が変わることは間違いない。デジタル革命にチャレンジしたい企業の幹部にここで教育を受けてもらうことでビジネスの需要を開拓することになるだろう。また、大学で学んだテクノロジーを社会課題の解決に役立てたいが何から始めたらよいか考えている若者も多いだろう。Singularity Universityの活動を紹介する専用アプリがあるらしい。まずはちょっと覗いてみたらどうだろうか?

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《Singularity Universityを体感できるアプリ》

(つづく)

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