SXSW2017観戦記ーその3 パナソニック"Game Changer Catapult"
日本企業も様々な分野から参戦しているSXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)。世界80か国以上からの参加者同士がネットワーキングを目的に"参戦"する今最も注目されるフェスティバルだ。この観戦記では、主に2017年度の日本企業参戦の模様をレポートしていく。
本格的な出展は初めてとなるPanasonic は、2016年からスタートした「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャーカタパルト)」活動の一貫として同社のアプライアンス社(いわゆる白物家電の事業部)のイノベーター達が、社会課題の解決に取り組むアイデアや、衣食住に関わるアイデア、IoT技術を活用したアイデア等、多種多様な新規アイデアを出展した。ソニーと同様に市街地の一角にある建物の一階であるPanasonic House@SXSWがまさにその会場だった。
《市街地6thストリートの古いレンガ造りの建物の一階がPanasonic Houseだ》
大企業が、自前主義の限界を感じて社外とのコラボレーションに活路を見出すオープンイノベーションや共創がブームとなる今日、Game Changer Catapultの取組みは注目に値する。"個人"としては、前回紹介したSONYの"The WOW Factory"が楽しめたが、"シゴト"では、Panasonicのこの取組みは見逃すわけにはいかない。
そもそもこのGame Changer Catapult、意味がわかる人にはグッと来る。デジタルビジネスは、まさにビジネスのゲームチェンジを可能にするもの。UBERの出現でサンフランシスコからタクシー会社が消滅したことは記憶に新しい。このゲームチェンジを大企業が仕掛ける、カタパルトは発射台で彼らのイノベーションへの取組みを世に問うアイデアの発射台というわけだ。
"新しい価値・体験をお届けするために、企業や組織の枠を越えて、アイデアの具現化を加速させます。Game Changer Catapultはアイデアの発射台です。"
ゲームチェンジャー・カタパルト
代表 深田 昌則
Game Changer Catapult Webサイトより
1.The Ferment
味噌や醤油をはじめ、日本は発酵食の文化が昔からある。家電製品のなかでは、パンの調理器が発酵をテーマにするが本格的な日本の発酵食に関する調理器はこれまでなかったのではないだろうか。
「The Ferment(発酵)」と名づけられたこの発酵食の調理キットは、生産者から届けられた新鮮な麹や食材を最適な温度設定と管理を可能にする専用機器と誰でも簡単に美味しく発酵食を楽しむことができるスマートな発酵調理キットとサービスの事業アイデア。
発酵食が今注目を集めているなかで食材や好みに応じた細かな温度調節や専門家による正確な温度設定の管理を自動化・最適化するという。スマホのアプリケーションを通じて、食材の入手から、発酵管理、調理提案までサポートし、「発酵のある暮らし」を提供する。
生活者と食の専門家との間にパナソニックが立ち、発酵ライフをサポートするプラットフォームとして、食材の生産者やシェフ、そして利用者の感想も共有できるコミュニティづくりも進めていくらしい。
《自作の歌でThe Fermentを盛り上げる企画者の一人の浦さん(右下)》
2.DeliSofter(デリソフター)
筆者は、毎朝85歳の実母の朝食の介護をしている。総入れ歯の母は、味気のない柔らか食に飽きてしまうことも多い。そんなお年寄りのための調理器とこのしてこのDeliSofterの可能性は無限かもしれない。
DeliSofterは、家庭で調理された食事を、見た目と味はそのままに、柔らかく軟化加工を実現する専用調理器だ。高齢者や事故により、咀嚼する力や飲み込む力が弱くなり、嚥下障害や摂食障害に陥った方々でも、流動食や専用の介護食を別途準備することなく、健常者と同じように食事を楽しむことが可能となる。従来では難しかった肉や魚などタンパク質を多く含む料理も、独自の技術で軟化させることができるという。これは本当に素晴らしい。直ぐに商品化して欲しい。
しかし、説明を聞く前にまずその斬新なデザインに 惹かれた。まるでタイムマシーン(笑)持ち運びも可能なコンパクトな設計により、諦めていた旅先で家族と一緒の食事が楽しめるなど利用の幅も広げる提案や将来的にはハードウェアの販売のみならず、ユーザーと共同で専用レシピを開発するなど、継続的にユーザーとの絆を深めてゆくコミュニティづくりも想定しているという。この辺り、「The Ferment」と同じで、もはや"モノ"だけではダメで"コト"づくりの発想が重要になる。
《日ごろは草津工場で品質管理に従事する水野さん、とても熱心に説明してくれた》
3.Bento@YourOffice
このデモを見たときになるほど後付けのIoTビジネスもあるなと。しかし、単なる機器ビジネスではない。オフィスなどにある冷蔵庫を利用してランチ難民を救うサービスなのだが、「スマートロック」「スマートペイメント」「稼動モニタリング(在庫、温度、電源)」の技術によって外部のサービス事業者とのエコシステムによる事業化を想定しているという。
確かに元丸の内の住人からすると都心のオフィス街でのランチ難民問題は理解できる。これも単に後付けのIoT機器の"モノ"売りのビジネスではなく、他の事業者も巻き込んだ"コト"売りのビジネスを実現しようという所にチャレンジ精神を感じる。
《レゴで何のデモをしているのかと思ったらランチ難民を救うサービス》
4. Sake cooler
ワインクーラーならぬSake cooler。なんだよ!二番煎じかよと思いきや日本酒を最適な温度で冷たく維持する基本機能に加え、ボトルを挿入するだけで蔵元の情報を表示し、相性のよい料理を提案する機能までも備える。
利用者の好みがデータとして蓄積され、過去の日本酒のデータから利用者の好みを判別する。嗜好にあう他の日本酒も提案してくれるらしい。
このサービスも日本全国の蔵元と日本酒愛飲者の絆を深めるプラットフォームとして将来は世界規模のコミュニティを構築することを目指しているという。筆者が気に入ったのは金箔を張りめぐらせた輪島塗職人の一品。これは工芸品としても手元に置きたくなる"Sake cooler"だった。
《相性のよい料理をレコメンド。後方に見えるのは金箔バージョンのSake cooler》
5. AMP (Ambient Media Player)
フツウのテレビも展示しているんだ!とAMP(アンビエント・メディア・プレーヤー)を最初見たときはそう思った。お話をお聞きするとこれも家電製品としてではなく、インテリアの一部として住空間の価値を高める映像コンテンツ配信サービスとディスプレイの組み合わせを提供することで、映像クリエイターとそれを楽しむユーザーとを結びつけることにより新たなコミュニティ作りを目指すという。
そう、これも"モノ"から"コト"づくりを目指す商品(サービス)なのだ。都会に住む生活者の心を満たす映像と音のコンテンツは何か?という視点からスタートし、リビングなどの住空間やオフィスやホテル、レストランなどの公共空間において、家具や什器などと調和し、好みのライフスタイルやインテリアデザインの一部としてのディスプレイと、世界中から厳選された上質なコンテンツを届けるサービスを提供する事業アイデアらしい。
《リビングや書斎を模した展示スペースでひときわ鮮やかな画面が目に付いた》
6. MonStyle (モンスティール)
世界初の電気式ズボンプレッサーであるCORBYズボンプレッサー(英国製)を愛用する筆者としては、このMonStyle (モンスティール)は、アリだと思った。お気に入りのワンピを大切にする女子の気持ちが分かる気がする。
クリーニング店に頼るのではなく自宅で洗濯すると同時に、その日の気分によって好きな香りなどの効果を付けて自分流の服に仕上げることができるという新しい衣類ケアシステム。大切な服を一着ずつハンガーにかけて専用デバイスに入れて洗浄することにより、従来の洗濯機による洗浄法では素材の違いや他の衣服との擦れによって生じていたシワや傷みの心配を大幅に軽減するという。
また、衣服の素材や汚れ具合など、個別の状態に合わせ最適化された洗剤を選んだり、衣類に香りやUVカット等さまざまな効果を付加することが可能になる。"Panasonicで洗剤を企画してもよいかなと思いまして!"元気に話してくれた女性社員の笑顔が印象的だった。
《ワンピースを一着掛けられるスタイリッシュなMonStyleと専用洗剤スティック》
7. CaloRieco(カロリエコ)
以前このブログでも紹介したシリコンバレーの無人レストランEatsa(イーツァ)の受付端末にそっくりな「CaloRieco(カロリエコ)」は、料理の具材や調理法などを短時間で識別し、カロリーや三大栄養素の含有量を計測可能にするアイデア。
健常者だけでなく糖尿病の患者およびその家族など、毎日の食事の管理を必要とするユーザーを煩雑な手間から開放する。近赤外線を使用した独自の分析手法により、一般の家庭において従来では数十分を要していたカロリー計算を約十秒(実験値)で測定することが可能だという。
また、測定したカロリーや栄養素をログデータとして自動記録し管理することで、健康づくりや体重維持が気になるユーザーのニーズに合わせカスタマイズされたレシピを推奨するなど、今後はサービス事業への発展も検討している。
本当に困っている人からすると直ぐにでも欲しいサービスだろう。
《カロリー計算が必要な人にとっては救世主のようなサービスかもしれない》
8. Social Appearance Coaching Device
男性からするとドキッとするような展示で目を引いたSocial Appearance Coaching Deviceは、ウェルネス分野のウェアラブル機器サービスを海外の大学・研究機関などとのハッカソンから抽出したアイデアをベースに具体化したもの。
ストレスや行動データを心と体の健康のためにいかに活用できるかに着目し、コミュニケーション力向上を目指す社会人を対象に姿勢・声・動作・ストレスデータを使ったコーチングサービスを検討中だという。企業向けサービス事業化を目指しており、パートナー企業を募集しているという。
《女性下着メーカーとのコラボ企画?!実は姿勢・声・動作のコーチングサービス》
デモの人気度合いを示すアナログなボードも登場
Panasonic House@SXSWには、Game Changer Catapultの精鋭のアイデアを来場者が投票するボードが設置されていた。筆者は、毎朝の自分ゴトである母親の介護をより良くするアイデアである「DeliSofter(デリソフター)」に清き一票を投じてきた。
《Which idea did you like most?》
ニューヨークPARSONS美術大学の学生とのコラボレーション
今回Game Changer Catapultの一環でニューヨークの有名美術大学であるPARSONS美術大学の学生とのコラボレーション作品も展示していた。
《SLEEPWISEは睡眠改善を目指すIoTデバイス。》
《Göbie(ゴービー)はジェスチャーでコミュニケーションが行えるデバイス》
まるで既に商品化やサービスを提供されているような錯覚
Game Changer Catapultは、基本は社内公募で選ばれた事業アイデアをプロトタイプやコンセプトの形で展示したもの。つまりどれ1つとして商用化されていない。「2025年の家電の未来」を見据えたコンセプトやビジネスモデルで構成されている。
しかし、既に商品化やサービスを提供されているかのようなサービスカタログ(これがイケている)やプロモーションムービーが用意されていたのだ。これには、パナソニック株式会社 アプライアンス社の家電領域を中心とした新規事業の創出の執念を感じた。
《各サービスを紹介したカタログ。プロトやコンセプトにここまでお金を掛けるとは》
そして、すべての展示に共通していたのが、各コーナーの熱心な説明者。
公共の展示会でこれほどまでに一生懸命説明する説明員に会ったことはない。自作の歌を披露する社員もいれば、"自分たちのアイデアにぜひ投票してくださいね!"と笑顔を見せる社員。
SXSW参戦するにはは、デジタルビジネス分野での黎明期の技術やアイデアの可能性を問う姿勢だけでなく、人間力が問われる場かもしれない。
(つづく)