9割超が地政学リスクを意識 IT調達で注視される継続性の確保
世界各地で地政学的な緊張が続くなか、企業のサプライチェーン管理における関心は原材料や部品調達からITインフラ領域へと広がりを見せています。情報システムの停止が企業活動全体を直接麻痺させるリスクが認識され始めたことが背景にあります。
ガートナージャパン株式会社が2026年9月15日に発表した調査結果では、国内企業の9割を超えるビジネス・リーダーがIT調達における地政学リスクの検証を求めている実態が示されました。コストの増加懸念を大きく上回り、事業継続の確保が最上位の論点として意識されています。
今回は、業務基盤を支えるクラウドやソフトウェアの依存構造、リスク管理の4原則に基づく実務的な対処法、2028年に向けた調達契約の変容をもとに、IT調達における地政学リスクへの対応と今後の調達戦略への影響や展望について、取り上げたいと思います。
事業継続を最重視する企業の調達意識
ガートナーが2026年3月に国内のビジネス・リーダー399人を対象に実施した調査によると、可能な限り広い範囲のIT調達において地政学リスクの影響を検証すべきと回答した割合は66.4%に達しました。一部のIT調達において検証すべきとした25.6%と合わせると、92.0%がIT調達における地政学リスクの検証が必要であると回答しています。
さらに、最も検証すべきリスクの内訳では、事業継続を挙げた回答が55.3%と過半数を占めました
クラウド基盤への集中と調達構造の脆弱性
企業が事業継続を最大の懸念とする背景には、業務基盤のデジタルシフトがあります。今回の調査で優先的に検証すべき調達対象を尋ねたところ、クラウドまたはソフトウェアと回答した割合は合計で65.8%に達しました。顧客向けサービスや基幹業務の多くがクラウドを前提として構築されており、インフラの安定供給が企業の生命線となっている実態がうかがえます。
加えて、国内企業におけるIT調達は外資系ベンダーへの依存度が高い傾向にあります。ベンダー側のデータセンターや運用拠点が世界各地に分散しているため、地域紛争や国際関係の緊張が現地拠点の稼働に影響を与えかねません。拠点の所在地や通信経路、現地の法規制運用に生じる摩擦が、遠隔地のシステム運用に波及する調達構造の脆弱性が存在しています。自社の直接的な管理が及ばない領域に中核業務を委ねている構造こそが、検証を急がせる要因といえます。
インフレ・為替変動と複雑化する法規制の制約
実務の現場では、コスト管理と法令順守の両面において新たな制約に直面しています。コスト面では、世界的なインフレの進行や為替変動を要因とするクラウド利用料の上昇や、ソフトウェア保守費用の引き上げが続いています。ベンダーによる価格改定には、物価変動の反映だけでなく、割引ルールの改定や価格体系そのものの変更が含まれる場合があり、従来の調達交渉手法では対応が難しくなっています。
一方、コンプライアンス面では、各国・地域で進むデータ保護規制の強化やAI関連法制の複雑化が実務上の障壁となっています。自社が直接展開していない地域であっても、利用しているクラウドサービスのサーバー所在国によって適用される法規制が異なります。重要データやAI機能を活用する場合、法令順守の責任はベンダーだけでなく利用企業側にも問われるため、契約時における法的な精査負担が増加しています。
リスク管理の4原則と実務における選択肢の比較
地政学リスクへの具体的な対応として、ガートナーは「受容」「低減」「回避」「移転」からなるリスク管理の4原則の適用を推奨しています。すべてを回避することは困難であるため、業務への影響度に応じて選択肢を比較検討する姿勢が求められます。
事業継続リスクに対して低減を図る選択肢としては、代替ベンダーの選定やデータ移行ツールの確保が挙げられます。障害発生時に取り戻すことができるデータの範囲をあらかじめ特定し、復旧手順を確認しておくことで、供給停止時の影響を抑えることが可能です。ただし、マルチクラウド化や待機系の構築には追加の運用コストを伴います。
コスト増リスクに対しては、今後も価格上昇が継続するとの前提に立ち、利用実態に即した必要十分な調達を徹底する手法が有効です。ベンダーとの交渉時間を個別に確保し、値上げ要因を精査することで不要な支出を抑制できます。契約内容の標準化を進めるか、個別最適化を図るかという点について、費用対効果を見極めた判断が必要となります。
2028年に向けた調達評価基準の再構築
IT調達の評価基準は、従来の価格重視から、供給体制や規制対応を含めた総合的な指標へと移行しつつあります。ガートナーの予測によると、2028年までに新規締結されるクラウド契約の70%において、地政学リスクがコストや品質に及ぼす影響が事前に検証されると考えられています。
外資系ベンダーの利用が拡大し、企業規模を問わず海外拠点を展開する事例が増加している現在、調達リスクの検証は限定された大企業だけの論点ではなくなっています。調達部門単独での価格交渉にとどまらず、法務部門や事業部門が連携してベンダーの拠点情報や準拠法、BCP体制を評価する仕組みを整えることが実務上の重要課題となります。事前にリスク評価軸を契約プロセスへ組み込む体制づくりが、今後の事業継続力を担保する判断材料となります。
今後の展望
IT調達における地政学リスクの影響は、金融や製造、流通をはじめとする基幹システムをクラウドに移行させた幅広い産業分野に及ぶでしょう。特に国境を越えたデータ移動を伴うサプライチェーン管理や、生成AI技術を組み込んだ顧客接点システムを運用する事業領域では、ベンダー拠点の地政学的配置が直接の懸念事項になると想定されます。
今後の転換点を把握する指標としては、主要クラウドベンダーによる地域拠点の新設・分散状況に加え、各国における越境データ移転規制の改定動向を追跡することが推奨されます。また、調達契約時における代替移行要件の合意比率なども、実効性を測る先行指標となる可能性があります。
国家間の対立や法規制の分断というマクロな力学が進む一方、実務現場では利便性や短期的なコスト効率の追求との間で調整が続けられています。効率化のための集中と安全確保のための分散をどのように両立させるか、これまでの調達思想そのものの見直しが求められているといえるでしょう。
