「両立しやすい職場」で定着意向が44.9ポイント上がる----両立支援は福利厚生ではなく、リテンション戦略である
両立支援は、いまだに「福利厚生」の枠で語られることが多い。制度を整え、取得率を開示し、法令を遵守する。もちろんそれ自体は必要なことだ。しかし、それだけで終わっていないだろうか。
厚生労働省の「共育(トモイク)プロジェクト」が2026年7月31日に公表した大規模調査(全国17〜39歳の男女15,845人が対象)は、両立支援を経営課題として捉え直すべき理由を、明快な数字で示している。
本稿では、この調査の要点を整理しながら、なぜ両立支援が採用・定着・生産性に直結するのか、そして企業が本当に取り組むべきことは何かを考えてみたい。
▼ 元データ
厚生労働省 共育プロジェクト「若年層における仕事と育児の両立に関する意識調査(速報)」(2026年7月31日)
■ 若年層の意識は、すでに大きく変わっている
まず、若年層の価値観の現在地を確認しておきたい。
子どもをもつことを希望する若年層のうち、実に87.2%が育休の取得を希望している。しかも、そのうち約7割が1か月以上の取得を望んでいる。男女別に見ると、女性は約8割(82.1%)、男性でも5割超(55.6%)が1か月以上を希望する。
「共育て(配偶者・パートナーと協力し合って家事・育児に取り組むこと)」についても、約7割が「これからの時代に必要」「より子育てしやすい社会になる」「家族との理解や信頼を深める」といったポジティブな回答を寄せている。子育てへの関与意向では、約6割が「自分と配偶者・パートナーが同じくらい主体的に子育てを行いたい」と答えた。
ジェンダー意識も明確だ。朝食をつくる、日常的な家事、子どもが熱を出したときの対応、保育園の送迎----これらの項目すべてについて、約8割が「男女は関係ない」と回答している。しかも男性回答者においても8割前後がそう答えており、認識の男女差はほとんどない。
そして就職・転職においても、この価値観は行動に表れている。会社を選ぶ際に「仕事(キャリア)とプライベートの両立を意識している」人は約7割(67.5%)。就職意欲が高まる企業情報としては、「両立支援制度の充実」「育休取得者のサポート体制」「育休後の復帰やキャリア形成に関する支援」「経営者の方針の明示」などが上位に並ぶ。
若年層にとって両立環境は、もはや「あればうれしいもの」ではなく、企業選択の判断基準そのものになっている。
■ 希望と現実のギャップ----理想は5:5、現実は2割
一方で、理想と現実の乖離も鮮明だ。
子育て世代が希望する家事・育児の分担割合は「5:5」が最多で約4割(37.4%)。男女別に見ても、いずれも5:5が最も多い。ところが実際に5:5を実現できているのは約2割(20.8%)にとどまり、女性側の分担が重くなっている実態が浮かび上がる。
働き方の面でも同様だ。希望する働き方ができている人の割合は、子どもが生まれる前は66.4%だったのに対し、生まれた後は50.6%まで低下する。男女別では、女性は生まれる前の72.7%から生まれた後は51.5%へと、20ポイント以上下落している。
つまり、若年層の意識は「共育て」へ大きく舵を切っているにもかかわらず、それを支える環境がまだ追いついていない。この「意識と環境のギャップ」こそが、いま企業が向き合うべき課題である。
■ 44.9ポイント----両立支援が定着を左右する
そして、本稿で最も強調したいデータがこれである。
「自分の職場は子育てとの両立がしやすい」と感じている人のうち、「今の職場で働き続けたい」(どちらかというと働き続けたいを含む)と回答した割合は78.0%。一方、「両立しにくい」と感じている人では33.1%にとどまる。その差は44.9ポイントに達する。
配偶者・パートナーの職場についても同様の傾向が見られ、その差は25.3ポイント。つまり、本人の職場だけでなく、パートナーの職場環境までもが、本人の定着意向に影響しているということだ。
さらに、両立のしやすさは働き方の実現度合いにも直結する。子どもが生まれたあとに希望する働き方ができている人は、できていない人に比べて「自分の職場は子育てとの両立をしやすい」と感じている割合が37.0ポイント高い。
これらの数字が示すのは明快な事実だ。両立支援は、従業員へのやさしさや福利厚生の問題ではない。定着率という、経営に直結する指標を左右する変数なのである。
以前、労働力調査のデータをもとに「日本は女性と高齢者の労働参加によって人口減少を凌いできたが、その動員には限界が近づいている」と書いた。動員できる人材が減っていく以上、いま組織にいる人に辞められないことの価値は、今後さらに高まっていく。両立支援の投資対効果は、労働市場が逼迫するほど大きくなる。
なお、両立支援やワーク・ライフ・バランス施策の効果については、以前から研究の蓄積がある。内閣府の報告書では、先進的に取り組む企業へのインタビュー調査から、施策の最大の効果は従業員満足度の向上にあり、働きやすい職場づくりが士気の向上や能力の発揮に結びつくこと、そして従業員の平均勤続年数が延びて離職者が減少した結果、採用しなければならない人数を減らせるという効果が報告されている。
両立支援・仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)推進が企業等に与える影響に関する報告書(内閣府)
■ 21.9ポイント----両立志向は、キャリア志向と対立しない
もう一つ、人事にとって重要な発見がある。
「仕事と育児の両立に積極的に取り組みたい」と考えている層は、若年層全体と比べて、「仕事と育児を両立できる環境があれば、キャリアアップしたいと思う」と回答した割合が21.9ポイント高い(64.7% 対 42.8%)。
これは、日本企業に根強い前提を覆すデータだ。「両立支援=キャリアからの一時的な撤退を支える仕組み」という発想は、いまの若年層の意識とすでに乖離している。彼らが求めているのは、両立とキャリアの二者択一ではなく、両立できる環境の中での成長である。
言い換えれば、両立支援を「守り」の施策としてのみ設計している企業は、意欲ある人材の成長機会を自ら閉ざしている可能性がある。育休からの復帰後にキャリアの選択肢が狭まる、時短勤務者には重要な仕事が回ってこない----こうした運用は、本人の意欲を削ぐだけでなく、組織にとっても機会損失にほかならない。
実際、就職・転職時に知りたい情報として「育休後の仕事復帰やキャリア形成に関する支援」が挙げられ、就職意欲が高まる要素としても上位に入っていることは、この点を裏づけている。
■ 求められているのは「制度」ではなく「業務量」
では、企業は具体的に何をすべきなのか。ここで調査の核心とも言えるデータを見たい。
子育て中の社会人が「企業や周囲に求めること」の上位は次の通りである。
1位:業務量の適正化(37.5%)
2位:仕事と子育ての両立についての上司・管理職の理解促進(32.5%)
3位:長時間労働・残業の削減(29.6%)
4位:制度を利用しやすい雰囲気づくり(27.6%)
5位:配偶者・パートナーと家事・育児を分担しやすくするための支援(24.8%)
注目すべきは、「育休・短時間勤務などの制度の充実」(22.7%)や「勤務時間を柔軟に調整できる制度の充実」(22.9%)が、これらより下位に位置していることだ。
同じ傾向は、実際に両立できている人の回答にも表れている。「希望の働き方や子育てとの両立ができている要因」の1位は「業務量が適切で、時間の余裕がある」(45.7%)。次いで「同僚・チームの理解や協力が得られている」(34.6%)、「業務量や労働時間を、職場と相談して調整できる」(34.1%)、「上司・管理職の理解がある」(33.2%)と続く。
さらに、将来の両立にハードルを感じる要因としても、「業務量が多い」(37.8%)「長時間労働になりやすい」(37.3%)「突発的な業務が多い」(32.3%)が上位を占めている。
■ 制度は必要条件にすぎない
これらのデータが示しているのは、制度は必要条件であっても十分条件ではないという、シンプルかつ厳しい事実である。
育休制度も時短制度もある。フレックスもテレワークも整備した。それでも、担当している業務量が過大で、突発的な仕事が降ってきて、上司が両立への理解を示さず、制度を使いにくい空気があれば、両立は実現しない。
以前、経団連が公表した男性育児休業の事例集を取り上げた際、取得率100%を実現した企業に共通するのは制度の充実ではなく、経営トップが自分ごととして発信していること、取得者の体験を可視化して心理的安全性をつくっていること、そして管理職を巻き込んでチームとして対応できる体制を設計していることだと書いた。
今回の調査は、それを働く側の視点から裏づけている。企業が「制度をつくった」と言うとき、従業員は「業務量を減らしてほしい」と言っている。この認識のズレを埋めない限り、両立支援は形式的なものにとどまり続ける。
実際、調査によれば、勤務先で積極的に取り組まれていると感じる施策の1位は「有給休暇取得の促進」(50.3%)、2位は「残業時間の抑制」(41.5%)である一方、「経営層のメッセージや方針の明確化」(35.9%)や「男性の育休取得の促進」(34.6%)は3割台にとどまる。企業側の取り組みが、従業員が最も求めている領域と必ずしも一致していない可能性がうかがえる。
■ 「納得感」という新しい論点
ここで、もう一つ関連する重要なデータに触れておきたい。パーソル総合研究所が2025年に実施した「離職の変化と退職代行に関する定量調査」の分析である。
同社によれば、離職につながりやすい不満の上位に上がったのは「上司の指示や考えに納得できない」「求められる成果が重すぎる」「評価への納得感がない」であり、かつて上位だった「サービス残業が多い」「労働時間が長い」は8位以下に順位を下げているという。離職につながりやすい不満は、いまや就業負荷ではなく「納得感の欠如」へと重心を移している、と分析されている。
日本の「離職理由」はどう変化したのか----データから見る新しいリテンション・マネジメント(パーソル総合研究所)
この知見を今回の厚労省調査に重ねると、興味深い示唆が得られる。両立世代が求める「業務量の適正化」とは、単に量を減らしてほしいという要求ではないのかもしれない。「自分の状況を踏まえた業務量になっているか」「上司はそれを理解しているか」----つまり、業務配分に対する納得感の問題として捉えるべきではないか。
事実、企業に求めることの2位が「上司・管理職の理解促進」であり、両立できている要因の3位が「業務量や労働時間を、職場と相談して調整できる」であることは、この解釈を支持している。求められているのは一律の負荷軽減ではなく、対話に基づく業務設計なのだ。
■ 家庭側の工夫にも、示唆がある
調査は、企業側だけでなく家庭側の工夫についても興味深いデータを示している。
希望する働き方ができている人は、そうでない人に比べて、配偶者・パートナーとの間で「お互いの勤務予定や繁忙期を共有している」「家事・育児の分担について定期的に話し合っている」を実践している割合が高い。逆に「特に行っていることはない」という回答は、希望する働き方ができていない人のほうが高い(25.0% 対 10.8%)。
これは家庭内の問題であって企業の管轄外だ、と切り捨てることもできる。しかし、企業に求めることの5位に「配偶者・パートナーと家事・育児を分担しやすくするための支援」が挙がっていることを踏まえれば、話は違ってくる。従業員が家庭内で対話し、分担を設計できるだけの時間的・精神的余裕を、職場が提供できているか。ここでもやはり、業務量と働き方の設計に行き着く。
■ おわりに----両立支援は「仕事の再設計」である
まとめたい。
若年層の意識は、すでに「共育て」へと大きく変わっている。9割が育休取得を望み、6割が対等な子育てを望み、8割が家事・育児に性別は関係ないと考えている。一方で、希望する働き方を実現できている人は、子どもが生まれた後には半数にとどまる。
そのギャップを埋められるかどうかが、定着率を44.9ポイント、そして意欲ある人材のキャリア志向を21.9ポイント左右する。両立支援は、福利厚生ではなくリテンション戦略であり、タレントマネジメント戦略である。
そして、求められているのは制度の追加ではない。業務量の適正化であり、管理職の理解であり、対話に基づく業務配分である。つまり、仕事そのものの再設計だ。
ここに、この課題の難しさと、同時に可能性がある。「業務量を減らせ」と号令をかけるだけでは、しわ寄せが誰かに向かうだけで終わる。必要なのは、業務を棚卸しし、不要な仕事をやめ、標準化し、テクノロジーで代替できるものは代替し、人が担うべき仕事に集中させる----という、地道で構造的な仕事の作り替えである。
私はかねて「AI活用の本質は効率化ではなく、人と組織の変革にある」と書いてきた。両立支援という文脈でこそ、この言葉の意味が試されるのだと思う。AIによって業務量の適正化が実現できるなら、それは単なるコスト削減ではなく、人が家庭とキャリアの両方を諦めずに済む社会への投資になる。
制度をつくることは、もう十分にやってきた。次に問われているのは、仕事のかたちそのものを変えられるかどうかである。
▼ 参考文献・リンク
・厚生労働省 共育プロジェクト「若年層における仕事と育児の両立に関する意識調査(速報)」
・両立支援・仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)推進が企業等に与える影響に関する報告書(内閣府)
・日本の「離職理由」はどう変化したのか(パーソル総合研究所)