「働きたい」は世界一、なのに「幸せ」は世界最下位----日本の高齢者に起きている、意欲と幸福のねじれ
内閣府が2026年6月に公表した「2026年版高齢社会白書」に、見過ごせないデータがあった。日本・アメリカ・ドイツ・スウェーデンの4カ国で実施された「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(JILPT「ビジネス・レーバー・トレンド」経由で確認)である。
一見矛盾する二つの事実が、そこには並んでいる。日本の高齢者は、4カ国の中で最も「働きたい」と思っている。しかし同時に、4カ国の中で最も「生活に満足していない」。
働く意欲は最高なのに、幸福度は最低。この「意欲と幸福のねじれ」は何を意味するのか。本稿では、このデータを起点に、日本の高齢者就労がはらむ構造的な問題を掘り下げてみたい。
参考:JILPT「65歳以上の人で収入を伴う仕事をしたいとする人の割合は、日本がアメリカ、ドイツ、スウェーデンを上回る」(ビジネス・レーバー・トレンド2026年8・9月号)
---
■ 数字で見る「ねじれ」
まず、白書のデータを整理しておきたい。1980年度から5年ごとに実施されているこの国際比較調査は、65歳以上を対象としている。
現在の生活に「満足している」「まあ満足している」の合計は、日本79.2%に対し、スウェーデン96.6%、米国93.6%、ドイツ88.5%。日本は4カ国で唯一、8割を切っている。
生きがい(喜びや楽しみ)を「大変感じている」「多少感じている」の合計は、日本64.0%、スウェーデン88.0%、米国82.2%、ドイツ63.8%。日本とドイツが低位グループだが、注目すべきは前回調査(2020年度)からの変化だ。日本は約4ポイント低下、米国も約2ポイント低下した一方で、ドイツは約8ポイント上昇、スウェーデンも約7ポイント上昇している。日本の高齢者の生きがいは、コロナ禍を経て、他国と逆方向に動いている。
一方、「収入を伴う仕事をしたい(続けたい)」と答えた割合は、日本39.0%、米国24.3%、ドイツ19.8%、スウェーデン19.1%。日本は他の3カ国を10ポイント以上引き離してトップだ。
満足度は最下位、就労意欲は最上位。この二つが同じ集団の中で共存している。
---
■ 「なぜ働きたいか」に、答えのすべてがある
このねじれを解く鍵は、「なぜ働きたいのか」という理由を尋ねた設問にある。
日本で最も多い回答は「収入がほしいから」(48.2%)。米国(34.6%)、ドイツ(37.5%)も同じ理由がトップだが、日本の突出ぶりが際立つ。2番目に多いのも「働くのは体によいから、老化を防ぐから」(25.1%)と、健康維持という消極的な動機だ。
対照的なのがスウェーデンである。最も多い理由は「自分の知識・能力を生かせるから」(37.9%)。2番目も「仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから」(26.9%)。ドイツも2番目はスウェーデンと同じ理由(35.5%)だった。
心理学の自己決定理論では、人の動機づけを「内発的動機」(活動そのものへの興味・関心から生まれる動機)と「外発的動機」(報酬や評価など、活動の外側にある要因から生まれる動機)に区分する。この枠組みに当てはめれば、スウェーデンやドイツの高齢者の就労動機は内発的動機に近く、日本の高齢者の就労動機は、外発的動機----それも「生活のために仕方なく」という色彩の強い外発的動機----に大きく偏っていると言える。
そして一般に、内発的動機に基づく行動はウェルビーイングを高めやすく、外発的動機、特に経済的必要性に迫られた行動は、たとえ同じ「働く」という行為であっても、幸福感への寄与が小さいことが知られている。「働きたいから働く」高齢者と、「働かなければ生活できないから働く」高齢者とでは、同じ労働時間でも心理的な意味がまったく異なるのだ。
---
■ なぜ日本の高齢者は「働かざるを得ない」のか
この「収入のため」という動機の背景には、日本の高齢者を取り巻く所得構造がある。
白書によれば、高齢者世帯(65歳以上のみ、またはこれに18歳未満が加わった世帯)の平均所得金額は314万8,000円で、その他の世帯(671万円)の半分弱にとどまる。
さらに深刻なのは所得の中身だ。公的年金・恩給を受給している高齢者世帯のうち、年金がその世帯の総所得の100%を占める世帯が43.4%にのぼる。「80〜100%未満」を合わせると約6割の世帯が、年金にほぼ全面的に依存している。年金だけで生活が成り立たない、あるいは成り立っても余裕がないという世帯が相当数存在することが、この所得構造から読み取れる。
つまり、日本の高齢者の高い就労意欲は、「元気なうちは社会とつながっていたい」という前向きな話である以上に、「働かなければ生活が立ち行かない」という切実な事情に支えられている可能性が高い。そしてこの構造こそが、意欲の高さと幸福度の低さが同居する理由なのだと思う。
---
■ 「本人が満足していれば良い」わけではない
ここで一つ、理論的な補助線を引いておきたい。ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・センは、経済学の伝統的な「効用(Utility)」概念----本人が主観的に満足していればそれでよいとする考え方----を批判したことで知られる。センの議論の核心は、たとえ本人が主観的に満足していたとしても、客観的に見れば劣悪な状況に置かれていることがある、という点にある。
この視点は、今回のデータを読み解くうえでも重要だ。仮に「働きたい」と答えた高齢者本人が、その状況をポジティブに捉えていたとしても、その「働きたい」の中身が「働かなければ生活できない」という切迫した必要性から来ているのであれば、それは自由な選択の結果とは言い難い。ウェルビーイングを測るには、主観的な満足度だけでなく、その選択がどれだけ「自由な選択」に近いか----本人が本当に望む生き方を選べる条件が整っているか----を見る必要がある。センの言うケイパビリティ(潜在能力)の議論は、まさにこの点を問うている。
日本の高齢者の「働きたい」という回答を、額面通りに前向きな意欲として受け取ってよいのか。今回のデータは、その問いを投げかけている。
---
■ 「働く場」はあっても、「生きがいのある仕事」があるとは限らない
もう一つ、白書のデータで見逃せないのが、高齢者の雇用形態である。
役員を除く雇用者のうち非正規の職員・従業員の比率を見ると、男性は55〜59歳で10.5%だが、60〜64歳で39.8%、65〜69歳で64.9%と、60歳を境に急上昇する。定年を境に、多くの男性が正規から非正規へと雇用形態を切り替えられている実態がうかがえる。
これは、日本企業における高齢者雇用の典型的なパターン----定年後の再雇用制度によって、同じ職場で同じような仕事を続けながら、雇用形態と処遇だけが切り下がる----を反映していると考えられる。
内閣府の「満足度・生活の質に関する調査報告書」では、仕事のやりがいを感じる人は感じない人に比べて生活満足度が高く、やりがいは年収の大幅な差を埋め合わせる価値があるという分析結果が示されている。逆に言えば、やりがいを欠いた状態で処遇だけが下がる働き方は、満足度への悪影響が大きいということでもある。
日本企業の高齢者雇用の多くが「雇用の継続」という量的な目標は達成しつつも、「知識・経験を生かせているか」「やりがいを感じられるか」という質的な側面では課題を残しているのではないか。そう考えると、日本の高齢者の生きがいの低さと、非正規雇用への急激なシフトは、無関係ではないように思える。
---
■ 日本の職業生活全般に共通する課題
実はこの構造は、高齢者に限った話ではない。日本の職業生活全般が抱える課題として、以前から指摘されてきたことでもある。
国連の「世界幸福度報告」における日本の生活満足度は、必ずしも極端に低いわけではない。しかし、パーソルホールディングスとGallup社が協力して実施した国際調査では、会社や職場への信頼・愛着・仕事への意欲を表す「従業員エンゲージメント」について、日本が著しく低い水準にあることが繰り返し指摘されている。生活全般の幸福度はそこまで低くないのに、職業生活における幸福感----仕事そのものへの前向きな意味づけ----が際立って低いという、日本特有のギャップだ。
参考:日本の人事部「日本における職業生活のWell-beingに関する文化的考察」
今回の高齢者データで見えた「働く意欲は高いが、生きがいは低い」という構図は、この日本の職業生活全体が抱える構造的な課題の、高齢期における先鋭化した現れなのかもしれない。若い頃から「仕事は生活の手段であり、自己実現の場としては期待していない」という関係性を職場と結んできた人が、そのまま高齢期を迎えているとすれば、今回のデータは自然な帰結とも言える。
---
■ 企業と社会に問われること
労働力人口に占める65歳以上の割合は13.7%に達し、長期的に上昇を続けている。65〜69歳の就業率は54.5%、70〜74歳でも36.2%と、いずれも上昇傾向にある。高齢者就労は、もはや例外的な選択肢ではなく、日本の労働力構造の主要な一部になりつつある。
だからこそ、今回のデータが突きつける問いは重い。この国は、高齢者に「働く場」を提供することには成功しつつある。しかし「働きがいのある場」を提供できているかは、まったく別の問題だ。
以前、労働力調査のデータから「日本は女性と高齢者の労働参加によって人口減少を凌いできたが、その動員には限界が近づいている」と書いた。今回のデータは、その動員の"質"に光を当てている。量的な動員の限界が近づく中で、質を高めないまま働き手を増やし続けることは、働く高齢者自身の幸福を犠牲にした、持続可能性の低い戦略だと言わざるを得ない。
企業に求められるのは、定年後の再雇用を「雇用継続の数字合わせ」で終わらせず、その人の知識と経験を本当に生かせる職務を設計することだ。スウェーデンの高齢者が「自分の能力を生かせるから」働くように、日本の高齢者も「収入のため」ではなく「自分の力を発揮できるから」働けるようになるとき、初めて意欲と幸福のねじれは解消に向かうのだと思う。
そしてそれは、高齢者雇用だけの課題ではない。日本の職業生活全体に横たわる、仕事と幸福の結びつきの弱さという、より大きな課題の一部でもある。高齢期の働き方を設計し直すことは、日本人と仕事の関係そのものを、もう一度問い直す機会なのかもしれない。
参考リンク
・JILPT「65歳以上の人で収入を伴う仕事をしたいとする人の割合は、日本がアメリカ、ドイツ、スウェーデンを上回る」
・内閣府「満足度・生活の質に関する調査報告書2024」
・日本の人事部「日本における職業生活のWell-beingに関する文化的考察」
・JILPTリサーチアイ「なぜWell-beingを『幸せ』と訳すのでは足りないか?」