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GMO「在宅完全廃止」騒動の本質は、出社かリモートかではない----「AI時代に、人が集まる意味は何か」を問う

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GMOインターネットグループの熊谷正寿代表による、在宅勤務の「完全廃止」をめぐる一連の投稿が大きな反響を呼びました。7月14日、コロナ禍を機に導入してから6年半続けてきた在宅勤務について「グループとしての推奨」を完全に廃止したと公表。「時間当たりのPCタイピング数が減少している」という説明が注目を集め、賛否の議論が巻き起こりました。

そして7月21日、熊谷氏は「『表現の過剰性』で誤解を生み、お騒がせした」と謝罪。見直したのは「グループとして在宅勤務を推奨する」という基本方針であって、在宅勤務という働き方そのものを否定するものではないと説明し、介護・育児・通院など個別の事情には柔軟に対応するとしました。そして真意をこう述べています----「AI時代におけるオフィスの価値再定義」だと。

▼ 元記事(CNET Japan)
GMO熊谷氏、在宅勤務の「完全廃止」投稿を謝罪 真意も説明

この騒動を「タイピング数」という言葉の一人歩きとして消費してしまうのは、もったいないと思います。ここには、AI時代の働き方と組織を考える上で、本質的な論点が詰まっているからです。

本稿では、ちょうど同じタイミングで刊行された、マーサージャパンの同僚・曽我智弘さん(人と仕事の未来研究所 プリンシパル)の論考「リモートワークが日系企業の人材マネジメントに突きつける課題」(「人と仕事の未来」No.3 特集「シン・日本型経営」)のデータと分析を手がかりに、この騒動の構造を読み解いてみたいと思います。

■ まず、データで現在地を確認する----リモートワークは「終わって」いない

オフィス回帰のニュースが続くと、「リモートワークの時代は終わった」ように感じられます。しかし、データは異なる景色を示しています。

米国では、スタンフォード大学でリモートワークの実証研究を続けるNicholas Bloom教授の分析によれば、リモートワーク比率は2022年から2023年にかけて若干低下したものの、労働日の20〜25%程度で安定的に推移しており、コロナ禍以前の水準(5%未満)に戻ることはないと分析されています。AmazonやGoldman Sachsといった大企業の「完全出社」はニュースとして耳目を集めますが、Bloom教授が2025年に実施した分析では、こうしたオフィス回帰がリモートワーク比率に与える影響は限定的で、推計では0.5ポイント未満の低下にとどまるとされています。象徴的な報道と、労働市場全体の構造は、分けて見る必要があります。

日本はどうか。曽我さんの論考で紹介されているマーサージャパンの実態調査(2025年10〜12月実施、日本で事業を営む上場・非上場・外資系175社が参加)は、次の実態を示しています。

リモートワークを導入している企業は92%(161社)。そのうち今後廃止を予定している企業は0社。2023年以降に出社頻度を増やした企業は19%あるものの、出社頻度の平均は週2.8日、中央値は週3日----つまり、完全出社でも完全リモートでもない、ハイブリッドワークが事実上の標準として定着しつつあります。

そして興味深いのが、リモートワークを維持する「理由」です。最多は「リモートワークに課題はあるが、その廃止が社員エンゲージメントに悪影響を及ぼすと判断(61%)」。次いで「廃止が採用活動に悪影響を及ぼすと判断(35%)」「労働生産性が出社時と同等以上(34%)」。つまり多くの企業は、リモートワークを積極的に信奉しているのではなく、「やめたら人材を失う」という守りの戦術的判断で維持しているのです。

この構図の中に置くと、GMOの決断の輪郭がはっきりします。それは潮流の中の明確な「外れ値」であり、多くの企業が恐れるエンゲージメントと採用競争力のリスクを、あえて取りにいった戦略的な賭けだということです。

■ 熊谷氏の「真意」と、曽我さんの論考が交差する点----「あうんの呼吸」

では、その賭けの根拠は何か。熊谷氏が原則出社を推奨する理由として挙げた第一の論点が、注目に値します。

「作業はAIに任せ、人はオフィスに集う時代へ」。人はより創造的な議論や意思決定、学び合いに時間を使うべきであり、答えのない問いに表情や間、空気感も含めて向き合う場として、顔を合わせる価値はAI時代にむしろ上がっている----という主張です。

実はこれは、曽我さんの論考の核心と正確に呼応しています。

曽我さんは、日米の人材マネジメントシステムの構造差から、この問題を解いています。米国企業は職務記述書を通じて職務内容や役割・責任範囲が明確に定義される、いわゆるジョブ型雇用が基盤です。仕事が個人単位で定義されているため、リモートでも業務が成立しやすい。一方、日系企業は新卒一括採用と長期雇用を前提とした同質的な集団を基盤とする、いわゆるメンバーシップ型。業務は、社員間の相互理解や暗黙知の共有----「あうんの呼吸」----によって円滑に遂行されてきました。

この「あうんの呼吸」は、対面のオフィス環境で自然発生的に機能し、補完・代替されてきたものです。リモートワークが進み、さらに中途採用の拡大や人材の多様化が進むと、この前提が静かに崩れていく。新入社員のオンボーディングや学習の質が低下しやすいというBloom教授らの研究の示唆とも重なります。

熊谷氏の言う「表情・間・空気感」とは、まさにこの「あうんの呼吸」の価値の言語化にほかなりません。AI が作業を担うほど、人に残るのは答えのない問いへの協働であり、そこでは暗黙知と関係性が効く----ここまでの認識は、両者でほぼ一致していると言えます。

■ 分岐点----物理的な回帰か、仕組みによる補完か

分岐するのは、その先の「解き方」です。

GMOの解は、原則出社という物理的な回帰によって「あうんの呼吸」の生成環境を取り戻すこと。一方、曽我さんの論考が示すのは、もう一つの道です。ハイブリッドワークを前提としたまま、従来オフィスで自然発生的に機能してきたものを、仕組みやコミュニケーションの役割によって意図的に補完・代替するという設計です。

実際、調査ではリモートワークを継続する企業の具体的な打ち手も示されています。最多は「上司と部下の間の定期的な双方向コミュニケーション強化(1on1)」で34%。「コミュニケーションツールの導入だけでなく活用ガイドラインの整備など活性化の仕組み作り」が17%。一方で、「社員の自主的な活動に任せている(会社としては特に何もしていない)」も21%あり、ここに大きな差が潜んでいます。

つまり、リモートを維持する企業にも宿題があるのです。「あうんの呼吸」が自然には生まれない環境で、それを何もせず放置すれば、組織の結束と暗黙知は静かに痩せていく。リモート維持の理由が「守り」にとどまっている企業ほど、この設計を欠いている懸念があります。

■ 問うべきは「出社日数」ではなく、「集まった時間の中身」

私自身の見立てを述べます。

AIが作業を担うほど、人が同じ場に集まる時間の価値は、確かに上がります。その意味で、熊谷氏の問題提起----AI時代のオフィスの価値再定義----は正しい問いです。

しかし、価値が上がるのは「集まること」自体ではなく、「集まった時間で何をするか」です。出社規程だけを変えて、会議の中身も、マネジメントの行動も、仕事の設計も変えなければ、増えるのは創造的な議論ではなく通勤時間だけです。原則出社に踏み切るなら、出社した時間が「答えのない問いへの協働」に使われるよう、会議体・意思決定プロセス・オフィス空間・マネジャーの役割まで作り替える必要があります。

逆に、ハイブリッドを維持する企業は、「あうんの呼吸」の喪失を仕組みで補完する設計----1on1の質、オンボーディングの再設計、暗黙知の形式知化、部門横断の接点づくり----を怠れば、数年かけて組織能力が目減りしていきます。

つまり、出社派もリモート派も、問われている宿題は同じなのです。AI時代に、人と人が同期する時間を、何のために、どう設計するのか。

働き方の議論は、「場所」の議論に矮小化された瞬間に不毛になります。本質は、リモートワークが可視化した「日本型の人材マネジメントシステムそのものの再設計」であり、それは制度・マネジメント・組織文化にまたがる変革のテーマです。GMOの騒動と曽我さんの論考は、期せずして同じ問いを、別の角度から照らしていると思います。

AI活用の本質は、ここでもやはり、人と組織の変革にある----そう改めて感じさせられる出来事でした。

▼ 元記事(CNET Japan)
GMO熊谷氏、在宅勤務の「完全廃止」投稿を謝罪 真意も説明

▼ 曽我智弘さん「リモートワークが日系企業の人材マネジメントに突きつける課題」
マーサージャパン「人と仕事の未来」No.3 特集「シン・日本型経営」所収
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