第21話:え?そこ?
もう30年以上前のことだから、時効だと思うのだけれど、通っていた高校で「ボヤ騒ぎ」があった。入学してすぐの出来事だった。校庭の隅にある部活動用の小屋が少し燃えた。「タバコの不始末」によるものだったらしい。翌朝の新聞にも小さい記事として載った。
問題は、「高校」なのに「タバコの不始末」である点。部活動部屋なので、教師の、ということは考えられない。
翌朝、校庭に全校生徒が集められた。体育の教師がマイクを使って大声でこう言う。
「昨日、部活部屋でボヤがありました。生徒の吸ったタバコが原因と思われます。全くなんということでしょう!?…タバコを吸うなら、火の始末はきちんとしなさいっ!」
全校生徒が一斉に「ざわざわ」とどよめく。高校1年、15歳だった私は、心底驚いた。
そこ?そこですか?
高校生なのに、「タバコなんて言語道断」ではなくて、「吸ったら火の始末をしなさい」でいいんですか?と。
あまりのことに、「ぴあ」という雑誌の、当時存在した投稿欄「はみだしぴあ」にこの話は掲載されてしまったくらいだ。生徒の誰かが投稿したのだろう。まあ、古き良き? 時代の話ではある。
なんとものどかな高校だった。実名を出す。国立(クニタチ)高校である。30年前、都立高校として初の甲子園出場を果たしたことで一躍有名になった。先生も今では考えられないほどのんびりした人が多かった。
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入学式直後の保護者会で、担任教師はこう言ったそうだ。
「大学進学ですか? そうですねぇ。1年浪人すれば誰でも大学には入れますよ」
そこ? じゃ、ないだろう…。母はちょっと憤慨しながら帰宅した。まあ、そんなちょっとずれた感じの高校だったのだ。(昭和の公立高校はどこも似たり寄ったりだったかも知れない)
こんなこともあった。
ある日、英語の授業でMちゃんが指名された。
「M、ここからここまで読んで」
海外生活が長いMちゃんは、ネイティブな発音で読み進む。私達は、彼女がどこを読んでいるかがわからない。ついていけないほど速く、流暢過ぎる発音。
突然止まったことで、「あ、読み終わったんだな」とやっとわかったくらいだ。すると先生はこう言った。
「おい、M、家で一生懸命練習してきたのはわかるが、もうちょっとわかりやすく読め」
クラス中大爆笑。先生は私達が何を笑っているのかわからないらしい。英語の授業で英語がぺらぺらな生徒を褒めるわけでもなく、その注意。そこ? そこですか?
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我が父は、数多くの「え? そこ?」という発言をする人間である。
ずいぶん前、私が初めてマンションを購入しようと決断した時のこと。両親には一応相談したほうがよいと思い、実家に向かった。
両親に資金計画を説明し、「なんとか一人で出来そうだけれど、不動産の購入は初めてなので、親としてどう思うか意見を聞きたい」と切り出した。
母は、不動産会社が作成してくれたローン返済の計画表や物件の資料を眺めて、「自分では何とかなると思うのね。それにこの物件、気に入ったんでしょ? だったらいいんじゃない?」と答えた。
父は脇でずっと無言のままだ。母はOKと言っているが、なにやら難しい顔をしている。
父はどうなのか。「お父さんはどう思う?」と尋ねると、父は、厳かにこう言った。
「淳子、カーテンは分厚いのにしろよ」
そこじゃないだろう、父。
「カーテン」って・・・、それ、ローンの手続きも終わり、無事物件が引き渡され、いよいよ引っ越すという段階で考えることだ。なぜ、今、カーテンの話?
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そういう父の娘である私もやってしまったことがある。
ある企業で、中堅社員に愚痴をこぼされた。
「田中さん、聞いてくださいよ。この間、後輩に仕事を教えていた時にね、私としては、時間を割いて、相当丁寧に教えたつもりだったんです。説明が終わって、『わかった?』と聞いたら、なんて言ったと思います?」
「なんと言われたんですか? その後輩に」
「『ビミョ~』って言われたんですよ。『わかった?』の返事が『ビミョ~』ですよ。意味わかんないっ!」。ぷりぷりとフンガイしている。
私はとっさにこう返した。「え? 後輩が『ビミョ~』って言ったんですか? ただ『ビミョ~』とだけ? 『ビミョ~です』じゃなくて?」…。
そこじゃないだろう、自分。「ビミョ~」という言い方が失礼だ!とカリカリしている人に向かって、「です」を付けたかどうかは問題じゃない。何を言っているんだ。しっかりしろ、私。
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考えてみれば、「そこ?」と思う発言をする人間にとっては、その「そこ?」の部分が気になるのだ。
父は、一人暮らしの娘のセキュリティが心配だったのだろうし、私は少し前に若手社員の「ため口」に関する相談を受けたばかりだったことから、「です」も付けずに?と思ってしまったのだ。
我が家のカーテンは、分厚い。「親の意見と茄子の花は千にひとつも無駄がない」と言う。父の教えをちゃんと守っているのである。
え?この話のオチって、そこ?
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日経BPケイタイ朝イチメール(電子書籍:「コミュニケーションのびっくり箱」)再録です。初掲は、2009年7月~2010年7月でした。
日時や年齢など掲載当時のままにしてあります。言い回しは多少変更しました。