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人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

「女性に優しすぎる」のは、かえって差別になってしまうと思うのだ。

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OJT支援をライフワークと定めて12年目。これまでにたぶん、2万人近いOJTトレーナーと接してきたと思う。

企業は2000年代になる前後から「OJTの制度化」を始めた。(このあたりはすでに何度か解説しているので、詳しくはコチラ1コチラ2をご覧ください。)

OJT制度というのは、OJTトレーナーとして先輩や上司がアサインされるのだけれど、そこには、様々な組み合わせが生まれる。 男性同士、女性同士、男性トレーナー女性トレーニー、女性トレーナー男性トレーニー。

研修では、「どうやって新入社員と関係構築するか」とか「初心者にどう仕事を教えるか」とか「自分で考えさせるためにはどうしたらいいか」など、若手育成の考え方やコツやテクニックや具体的ノウハウを学んでいくのだが、そこで、よく出てくる質問がある。

だいたい、おっかなびっくり質問される。今の時代にこういう発言はOKだろうか、という躊躇があるんだと思う。

質問者:「ボクのところに来る新入社員は女性なんだけど、何か女性ならではの注意点はありますか?」

田中:「特にないんじゃないですか?まあ、男女問わず、同性同士でないと話しづらいという話題はあるかもしれないので、そんな時のために、同性の先輩も相談相手として一人決めておくとよいかもしれませんけれど」

質問者:「ああ、なるほど・・・。でも、男性と女性って明らかに違いますよね」

田中:「どんな点が、ですか?」

質問者:「たとえば・・ボクは営業なんですが、男同士だと、厳しく言うことも厳しい状況に置くこともわりかしいダイジョウブな感じがするんですよね。でも、相手が女性だと、あまり無理させられないかな、とか、遅くまで残らせてはまずいな、とか、そんな風に思ってしまって」

田中:「なるほど、扱いが変わる感じがするわけですね。じゃあ、一つ質問していいですか? 男性と女性は、雇用条件に何か違いがあるのでしょうか?勤務時間の制限が異なるとか処遇が別とか」

質問者:「いや、同じです。同一条件で採用しています。」

田中:「だったら、やはり、女性だから、といって負荷を軽くしたり、夜は早く返したりといった”特別の配慮”は不要ですよね」

質問者:「そりゃ、ルールというか、建前ではそうでしょうけど、でも、実際には男と女は違うわけじゃないですか。男は夜道でチカンにあうこともまあないだろうけど、女性はチカンに合うことだってあるでしょう?となると、やはり、早めに帰したほうがいいんじゃないかな、とか」

田中:「ええと、発想を逆転させてみたらいかがでしょうか? 仮に夜遅く帰宅するのがキケンという意味であれば男性だって同じなわけで、そんなに遅くまで残す必要があるのか。それは、男性でも女性でも同じことではないですか? 女性を遅くまで残す可否ではなく、男性も早く帰れるように、といった職場とか仕事の仕方とか・・」

質問者:「うん、言ってることはわかるんですけどね、やっぱり、女性を同等に扱うのは抵抗がありますよ。これは、差別しているんじゃなくて、配慮ですから」

田中:「うーん・・・」

・・・・。まあよくある会話をこんな風に再現してみた。

以前、尊敬する先輩(男性)にこう言われたことがある。

「女性だから早く帰った方がいい、などと”配慮”することは、差別なんだけれど、何がいけないって、彼女の可能性をつぶすことだ。たとえば、その仕事をすれば、学べた、体験できたはずのことを彼女から奪っている。さらに、彼女に、”私は夜まで働くことを期待されていない”んだ、と思わせてしまう。そうやって、段々と自分の可能性を狭めるような考え方を持たせてしまうから、そういう”配慮”ってのはよろしくないのだ」

この時、うわー、そうか、そうだったんだー、と目からうろこが落ちまくったものだった。

もちろん、たとえば、妊娠中だから遠距離の出張はやめたほうがいいだろうという配慮はあってよいと思うのだが、男女とも同条件で働くことになっていて、心身面で違いがないのであれば、「気遣い」は無用だとやはり私は思う。

もし、無理させないといけない、という状態が続くのであれば、女性だけに”配慮”するのではなく、”従業員”として、男女問わずに配慮したほうがよいというだけの話じゃないだろうか。

・・・ということを書くと、必ず、「そうは言うけど、女性の方でも甘えている人はいるよ。私は女性だから夜遅くまで働けません、とか、出張は嫌です、とかいう人」という反論が来る(に違いない)。

はい、そうです。

女性にも「女性だ」ということを看板にして、甘えている人はいると思います。

だから、女性も「過度の気遣い」「過度の配慮」をありがたがっていてはいけなくて、「いや、私も同じように働きます」と言う必要がある。

もちろん、それは、「身を粉にして働け」ということではなく、何度もいうけれど、男女ともに、適正な労働をする、という環境がまず必要であって、男女の違いにこのことは関係ない。

OJTトレーナーに向けた研修を担当していると、あるいは、その上司向けのセミナーなどを行っていると、

●男性→女性への配慮

というのがたくさん聞こえてくる。

逆はない。女性トレーナーが男性トレーニーの扱いで悩む、配慮すべきか考えてしまう、なんてことはまずない。

常に”配慮”されているのは、女性である。

それは、きっと、男性中心の社会に、ある時からどばーっと女性が参入してきて、まだまだ、「扱いがよくわからん」ということなんだと思う。

男性はきっと腫物に触るように感じてしまう場合があるんだろう。でも、男性とか女性とかじゃなくて、「人間」として「成人」として関わればよいと思うし、もちろん、女性も甘えることなく、「人間」として「成人」としてふるまえばよいと思うのだ。

・・・・・

ってことをつらつらと書いたのは、以下のコラムを読んだから。「やさしさの勘違いをなくすことから」という部分、全くもって賛成。

男の優しさの勘違いをなくせ!
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140728/269322/

*「女性活用」という言葉自体がもうNGだと、最近、ある方から聞いた。そうかもしれない。

じゃあ、「女性活躍」でもいいけれど。・・・その前提として、「女性は子どももいたりすると大変だから、こんな風に職場を整えてあげましょう」と言う風な動きがあちこちで見られるような気がする。たとえば、在宅勤務とか・・。でも、それを言うなら、「男性も子供がいたりすると大変だから、こんな風に在宅勤務してもいいですよ」とどちらの「性」にも適用できるようにするのが筋であって、「女性は」「女性は」とことさらにいうことが、女性の生きづらさを助長している面もあるんじゃないだろうか。 つまりは、「家事と育児は私のものだよね」という思いながら、それを抱えて、なおかつ、フルタイムのハードワークという・・。

私は子どもはいないが、かつて、兼業主婦だった時、同じ呪縛に捕らえられた。だから、わかる、その「家庭のことをほぼ全部自分のこととしてとらえてしまう」という感じは。

企業だけの問題ではなく、家庭内で解決すべきことも多々あるし、一筋縄ではいかないのだけれど、人口も減って、できるだけたくさんの労働力を!とみんな焦っているのであれば、もっとおおらかに、いろんなことが前進していくと嬉しいなぁ。



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