第8話:ナゾのジェームス・マーティン
新入社員が配属された時の最初の仕事と言えば、たいていが、「電話を取る」ではないだろうか。「とにかく、電話取りなさい」と言われ、新人は、初めて聴く相手の名前、名指し人の名前を必死で聞き取り、慣れない敬語で取り次ぐ。
「電話を取る」ことは雑用ではない。マナーを学んだり、取引関係を肌で感じたり、仕事の修行のひとつとして役立ってはいるはず。
職場には色々な電話がかかってくる。どこで電話番号を調べたのか、名指しで勧誘電話が来ることもある。間違い電話も案外多い。取り次ぐべきではない電話もあるし、居留守を使いたい電話だってないわけではない。
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ササキさんの例。
ある日、配属されたばかりの新人が受話器を押さえて、オフィス全体に響く声でこう叫んだと言う。
「ササキさぁ~ん!1番にピンキーさんからお電話でーす」
「ピンキーさん!?!?!?」オフィス中の、全ての耳がダンボになってしまうような印象的なお名前。
ササキさんは、慌ててその電話を取り、対応し、そそくさと切った。フィリピンパブで渡した名刺で会社に電話がかかってきてしまったのだという。ケイタイ電話が普及する以前の話。
新人は、取り次ぐべきか、取り次ぐとしたらどのように…まで気が回らない。
とはいえ、そこを責めるのは酷だ。この場合、大声で叫んだ新人ではなく、不用意にパブで名刺を渡したササキさんのほうが、いささか分が悪い。
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ところで、二年ほど前に、とてもフシギな電話を受けたことがある。
勤務先の代表電話に着信。「田中さんいらっしゃいますか」と言うので、私に回ってきた。
電話に出ると、片言の日本語でこう切り出す。
「ワタクシ、ジェームス・マーティント モウシマス。リクルーティン・カンパニィデース」
つまり、「ヘッドハンティング」のようなものらしい。どこで私の名前と電話を知ったのか? 不審な気持ちで一杯になる。
「エイゴト ニホンゴト ドチラガイイデスカァ?」
「日本語でお願いします」と言うと、「オォ、ソレハムズカシイ。デモ、ガンバリマース」
頑張るという割には日本語、英語まぜこぜで話す内容は、「どこかの企業が田中に会いたがっている。一度、顔合わせをアレンジさせてくれないか?」というものだった。
「ひとつ伺っていいですか?どちらで私の名前を?」と尋ねると、「ニホンゴ、ムズカシクテ、ワカリマセェ~ン」とごまかされる。いよいよ怪しさ満杯。
「ネクストウィークハ ドウデスカ?」と話を進めようとするので、「そういうお話は結構です」と低い声で返事をすると、マーティン氏は、突然こう言った。
「エイ」
(エイ?)
「エイ、イソガシィ」
(は?)
「ビー、キョウミガナイ」
(あ、AとかBって、選択肢ね)
「シー、イマノシゴトニィ、マンゾクシテイルゥ」
(忙しい、興味ない、満足している、から選べ、ということか)
「ええと、それなら、A、B、C、全部です…」と言いかけたら、無視して続ける。
「オオォ、モウヒトツアリマス。ワスレテマシタァ。ディ」
(え? 四択?)
「ディ、アナタハァ、ナマケモノデスカァ?」
(????はぁ?…ナマケモノォデスカァ?ナマケモノ?・・怠け者?・・なんじゃそりゃ)
・・・と思った瞬間、「ツーツーツー」と電話は切れた。
二度とかかってこない、ジェームス・マーティン。
あれは、何だったのだろう? 本当にリクルーティング企業だったのか。はたまた、いたずら電話か。いたずら電話だとすると、目的がわからない。
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それにしても、四択問題。
A:忙しい
B:興味ない
C:今の仕事に満足している
D:怠け者
私がどれを選んでも、マーティン氏はアポが取れないじゃないか。
アナタナラ、ドレヲエラビマスカァ?
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★日経BPケイタイ朝イチメール再録です。 (2009年から2010年連載)