第5話:アケマシテオメデトウゴザイマス
元日から今日までに何度「あけましておめでとうございます」と言っただろうか。
元オットがカナダ西海岸のビクトリアというとても美しい街に赴任していたことがあった。かの地で地元の中学生に日本語などを教える仕事をしていた。かれこれ二十年くらい前の話である。私が正月休みを利用してカナダに遊びに行った際、授業を見学する機会に恵まれた。
「今日は年明け最初の授業だから、ニッポンの新年の挨拶を練習しましょう」ってなことを英語で宣言してから授業が始まった。
彼が正月には「あけましておめでとうございます」と挨拶することとその意味を説明。
「この季節特有の挨拶で、カナダで言えばMerry Christmasみたいなもんかな」と添えた。
「じゃあ、見本を見せるね。あけまして、おめでとう、ございます」とゆっくり発音してみせた。
子供達はそれを口々に真似てみる。文字数が多いのでなかなかうまく発音できず、何度も練習する。
ほぼ正確に発音出来るようになってきたので、次はお辞儀の説明である。
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街の中で、学校で、あるいは、オフィスで年明けに初めて会った時、足を止め、お辞儀して、
「あけましておめでとうございます」
と挨拶することをデモンストレーションも交えて教えた。
「じゃあ、皆も同じようにやってみよう!誰か前に出てきてやってみない?」と促した瞬間、一人の生徒が手を挙げて質問した。
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「お辞儀と〝アケマシテオメデトウゴザイマス〟はどちらが先ですか?」
「お辞儀が先でも後でもいいです。言葉を言いながら会釈することもあるし。友達だったらお辞儀は省略することもあるね」
すると、別の生徒がこう言う。
「〝アケマシテオメデトウゴザイマス〟は、どのタイミングで使うものですか? さっき、先生はMerry Christmasのような季節の挨拶だと言ったけれど、Merry Christmasは、クリスマスの前でも言うよ」
なるほど、面白い質問だ。
「あけまして…は、一月一日以降に言うんだ。新年が来た、という意味だから、十二月中には言わないんだよ」と答える。
生徒の疑問は続く。
「出会った時に言うんですか? 別れ際でもいいんですか? Merry Christmasだったら、別れ際にも言います」
これまたいい質問である。
「別れ際には言わないなあ。出会った時だね。別れ際に言うと、かなり違和感があるね」
「そういう時、過去形を使うのはどうですか? 〝アケマシテオメデトウ・・ゴザイマシタ〟という風に」
お、過去形なんて、よく勉強しているな。
「いや、過去形にはしないんだ。決まり文句だから」
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「じゃあ、同じ人に何度言ってもいいんですか? Merry Christmasは、同じ人に何度言ってもいいもん」
この質問もするどい!
「同じ人には、通常一回しか言わないな。その年に最初に会った時だけの特殊な挨拶が〝あけましておめでとうございます〟なんだよね。」
生徒はこの答えを聞き、さらにこう言った。
「多くの人に会って、毎回〝アケマシテ…〟って挨拶しているうちに、この人は、今年初めてあったのか、それとも2回目かなんてわからなくなっちゃうこともあると思う。そういう場合、同じ人に挨拶しちゃうとまずいの?」
ほぉ!
「うーん、まずくはないけど。その場合は、〝あけまして…〟と言いかけると、相手に〝昨日、もう挨拶しましたよ〟なんて指摘されて、〝あ、そうだ、失礼しました〟と言ってお互いに笑っちゃうかな」
生徒達は、この「Q&A」でより深く理解した様子だった。最後に、一人がこうつぶやいた。
「その年に最初に会った時だけしか〝アケマシテオメデトウゴザイマス〟を言っちゃいけないんだったら、誰と会ったか、ちゃんとメモしておかないといけないね」
もっともだ。
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それにしても、カナダの中学生達の質問を聞かなければ、「あけましておめでとう」が、その年初めて会った時に一回しか言わないことも、過去形では使わないことも、前もっては言わない挨拶であることも、深く考えてみることはなかった。
「ソボクな疑問」が自分の〝当たり前〟に切り込んでくる。外国人でなくても構わない。幼児の「なんで?」攻撃や「これなあに?」攻撃も、付き合う方は大変なようだが、それでも、自分にとっての〝当たり前〟を考え直すきっかけにはなるのだろう。
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