「ボクガ アタマワルク ミエル コトガ クヤシイ」。わかる、わかる、その気持ち。
先日、アメリカ人と「甚平、浴衣、ステテコ、着物。」について語ったことを書きましたが、そこから、ふと思い出したことがありまして。
私の勤務先は2003年までアメリカ資本の外資系だったこともあり、1996年創業当初から10年近くは外国人の社員がたいてい1人はいました。最初は、ガボン共和国出身のガボン人。(日本にガボン人って20数人しかいない、と彼は当時言ってました)。あとは、イギリス人、アメリカ人。
アメリカ人の彼は、たしか20代でしたが、日本文化と日本と日本語が大好きで、だから日本で働きたくて入社してきたのでしたが、なぜか、その後、Global Knowledge のUS本社(だったと思う)に転籍することとになり、「せっかく、日本に勤務したのに・・・(ブツブツ)」と言っていたのを覚えています。
彼の日本語はかなり上手で、日常会話に何の支障もありませんでした。時々繰り出す日本のことわざにこちらが驚くこともしばしばでした。それでも、その彼があるときぼそっとこう言ったのです。
「ボクは、どんなに日本語でしゃべっても、どれだけきちんとしゃべったつもりでも、母語の英語ほど上手な発音はできないし、たどたどしい感じに聞こえているに違いない。そうすると、頭が悪く見えると思う。本当は頭悪くないのに、たどたどしいだけで、頭が悪く見えることが悔しい」
これ、わかります。
たどたどしく日本語を話されると、なんとなく、こちらが子供やお年寄りという”弱い立場”の方と話しているような感覚になってしまう。無意識のうちに上から目線というか、相手を子ども扱いというか。
逆の経験もあります。
アメリカで研修を受講した時、クラスメイトのアメリカ人から、遠慮のないスピードでがーーーーーーっと話しかけられ(研修中だったので、議論をふっかけられ、ですね)、日本語では答えがわかるのだけれど、英語でそれを言おうとすると、しどろもどろで、英文法も無視して、たどたどしく答えることに。 これがまあ、きっと、全然英語に聞こえなかったのでしょう。そのうち、アメリカ人がイライラというか、呆れた顔をし始めて、 まるでTVドラマのように、大げさに肩を竦め、TVドラマのように、"Oh,No!”などと言い、最後は、"Never mind.”とか言われ、議論に絡めてもらえなくなったことがありました。
”ああ、私は、頭悪く見えているんだろうなあ・・・。日本に帰れば、それなりにちゃんとした社会人なのに”
ぐやじぃぃぃぃ(涙)、と思ったけれど、言葉が流暢でないというのは、やはり、ハンディキャップだなあ、としみじみ思いました。
それにしても、日本人は、日本語がたどたどしい外国人を話す場合、少しスピードを落としたり、簡単な語彙に置き換えたりするものですが、(たとえば、「今日は電車、遅延しました?」と言わず、「電車は遅れましたか?」と言い換えるなど)アメリカ人って、まず、スピードを落としたり、平易な語彙に置き換えたりしなんですよねぇ。
なぜでしょう? やはり、自信があるから、かなぁ・・・。