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『「経験学習」入門』を読んで(3):第2章 経験から学ぶ

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今日も『「経験学習」入門』(松尾睦 著、ダイヤモンド社)のブックレビューです。3回目。2章「経験から学ぶ」を見ていきます。

まずは、つとに有名になりつつある、「働く大人の学びは、7割が仕事を通じてなされている」というお話しです。

成人における学びの70%は自分の仕事経験から、20%は他者の観察やアドバイスから、10%は本を読んだり研修を受けたりする

体感的にもこの数字はなるほど、と思えるような気がします。

自分が試行錯誤したり、悩んだり、喜んだりしながら仕事をしていく中で、人は多くを学び、成長している、ということですね。

では、どのような経験がきっかけとなって人は成長するのか。

神戸大学の金井壽宏教授は、個人が大きく成長するきっかけとなった経験を、「一皮むけた経験」と呼んでいます

今までと異なる仕事に従事した、とか、働く場所が大きく変わった、とか、ポジションが変化した、とか、未経験だったことにぶち当たった時、そのために人は新しく知識を得たり、スキルを磨いたりしなければならず、だから、それが自分を大きく成長させる「一皮むけた経験」になるのだ、と言います。(「一皮むけた経験」については、金井氏が新書を書かれています)

これも思い当たることが多々あるように思います。たとえば、私の場合は、27歳の時、単身で米国出張をしたことが「一皮むけた経験」になりました。大変な思いをした時、それを乗り越えたら、今までとは違う何かが自分の中に芽生えるという経験はどなたでも心当たりがあるのではないでしょうか。

で、そういう経験をどうやって得たらよいのか。

経験には、他者から与えられるものと、自分で創り出すもの、という二つの側面があります。一見地味なルーチンワークに思えるような仕事も、一皮むける経験に変えることができます。

つまり、「異動する」とか「大きな知識やスキルを必要とする大きなプロジェクトに参加する」などということだけが「一皮むける経験」になるのではなく、自分が与えられた仕事の中からも、「一皮むける経験」が得られるよう、自分で工夫する、自分で何かを仕掛けるということもできるでしょう、と書いてあります。

そのためには、「与えらえた仕事を与えられたまま行う」のではなく、自分の仕事にどう意味づけするかがポイントになる、だから、そのためにも「経験から学ぶ力」が必要になってくる、というのです。

漫然とやっていたら、ただのルーチンワークかも知れないけれど、そこに創意工夫を取り入れて、「他の誰がやってもうまく行くように標準化してみる」とか「ただのデータ処理であっても、そのデータの意味を考え、学習する」とか、学べる要素を自分で見つけ出すことはできるよね、というようなことが書いてあります。

そういえば、以前、こんな新入社員に出会ったことがあります。「議事録ばかり書かされて、こんなことをするために会社に入ったのではないのに・・と腐った時期があった。自分は大学で研究していた分野のプロジェクトに入りたいと思っていたから。でも、議事録から逃れられないと思ったので、その議事録をできる限り”完璧”なものにしようと思って取り組んだ。数か月したら、上司に呼ばれた。『次年度から○○のプロジェクトに異動してもらおうと思うけど、いいかな?』と。それは、ボクがずっと手がけたかったことだった。で、なんでそういう風に声をかけてもらえたかというと、『あなたが出してくる議事録がすごくちゃんとしたも、しっかりしたものになってきて、仕事に対する創意工夫とか取り組み方とか、ちゃんとしているなあと思った。こういう人に、この大きなプロジェクトに入ってもらうといいと考え、メンバへ、と推薦した』と言われた」

これなどは、自分で経験を作り出した例なのではないか、とこの本を読んで思い出しました。

さて、では、どうやって「経験から学ぶ」のか。ただ、経験をすればよいわけではなくて、「ちゃんと振り返る」とか「次に生かしていく」ことが必要です。

熟達を研究するエリクソンらは、個人を成長させる練習や仕事のやり方を「よく考えられた実践」と呼び、次の3つの条件を挙げています。

①課題が適度に難しく、明確であること
②実行した結果についてフィードバックがあること
③誤りを修正する機会があること

この部分は、「自分が自分で意識する」以外に、上司や先輩、あるいは、OJT担当者といった立場の方たちが意識する必要もあるものだと思います。 ただ丸投げしていないか、仕事を与えっぱなしで、「いいとか悪いとか言ってない」なんてことはないか。失敗を次に生かすような場を与えているか、など、指導者側が取り入れられるポイントでもありますね。

ところで、この2章の最後には、「実は、経験から学びにくくなっているんだよね」ということが書いてあります。昔は、たとえば、「最初から最後まで通して経験する」なんてことはできたし、お客様にも個人の成長に付き合ってもらえた。けれど、今は色んなしがらみ、制約があって、そうもいかない。だから、良質の経験をすること自体が難しくなってしまっていると。

以前、あるSIerの方から聞いた話ですが、プロジェクトのメンバに新入社員を入れようとしたところ、お客様から断られたと。それも、メンバにといっても頭数でカウントするということではなく、手弁当で、OJTの一環で会議などに参加させたい、というだけだったそうですが、それでも、「でも、うちの会議室に来て、その新人さんは、椅子を1脚使うわけですよね」というようなことを言われ、NGとなったんだそうです。それだけ顧客側も余裕がない、他者の新人育成に付き合っている余裕がない、ということなんだと思います。(顧客側にしたら、これも致し方ないことだとも思えます)

ただ、こうなってしまうと、では、新人はどうやって修行すればいいんだ、と悩みますが、確かに、現代は「経験」を積む場自体を見つけにくいのかもしれません。

松尾さんは、最後に、こう書いて、この2章を結んでいます。

経験から学びにくくなっている現代だからこそ、自ら経験を創り出し、意識して経験から学びとる力を高める必要があります。

私が新卒で入社した時、外部に発注する教材の見積もりを複数社からとり、印刷会社と交渉し、金額が出たところで、購買申請を出し、発注書も出し、その後、納品を確認し倉庫に納め、支払伝票を書いて・・・という一連の流れを一人で担当しており(誰もがそういうことをしていた)、「新人なのに、こんなに全部の流れを任せてしまうのだ」と感動したことがありますが、今、同じ業務は、5~10に細分化され、担当部署も異なるので、一人が全部を見るなんてことは、すでになくなってしまいました。このくらいのことであっても、もう「通しで経験する」ができなくなっています。ふむぅ。

・・・・・


「経験から学ぶと成長する」。頭ではとてもよく理解できるのですが、実際にその経験をどう作り出すか、得るのか、となると、本当に難しくなっているのかも、です。

とはいえ、人は成長し続けなければならない。だから、上司も先輩も学び手自身も「どうやってよい経験をするのか」を知恵を絞って考え、そういう場を創出していく必要があるのですね。

以前よりOJT(若手育成)が難しくなっているのは、若手自身の問題よりも、こういう「経験を積む場」が得難くなってきた、という側面が見逃せないと私は思っています。


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