「〇〇はダメ!」と煽るより、偏り過ぎずこだわり過ぎず、中庸な感じがいいなぁ。
世の中には、「これは危険だ」とか、「〇〇は使わないほうがいい」という情報がたくさんある。
たとえば......
- 野菜や米を作るのなら、農薬は危険だとか
- 化粧品なら、化学物質を使っているものはダメとか
- 薬なんて絶対に飲んじゃだめだ、予防接種なんてしてはいけないとか
- 牛乳は飲んじゃダメとか
などなど、いろいろある。
確かに、ある面からみると一理あるのかもしれない。できれば、農薬は使わないほうがいいんだろうし、化学物質よりも自然派のほうがいいのだろう。何でもかんでも薬に頼るのはよくないのだろうし、牛乳は......よく知らないけど、
でも、それらを開発した、あるいは、開発しなければならなかった経緯を考えてみると、その背景には、開発者の「世の中をもっと良くしたい」があったのではないかと思っている。
農作物を作るとき、農家のみなさんの負荷をできるだけ少なくするために農薬は開発されたのだろうし、泡立ちがよく汚れがよく落ちるように石鹸は作られたはずだ。多くの人の健康を願って薬は開発されたのだろうし、そもそも、人や動物はお母さんのおっぱいを飲んで育ったのではなかったか。
実際、野菜や米を無農薬で作ってみると、雑草の処理がめちゃめちゃ大変だし、1年間湯シャンをしてみたら、シャンプーってすげえなと、改めて感じる。今年の冬、熱が39℃以上出て「もうだめだー」と思ったとき、点滴で救われた。
頭だけじゃなく実際に体験してみると、一概に「ダメ!」とは言い切れなくなってくるのだ。だから、片方の見方だけで「これは危険だ」とか、「〇〇は使わないほうがいい」と煽ったり、言ったりするのが好きじゃない。
企業や開発者の中の一部には、本来の目的ではないところ(たとえば、儲ければいい)に意識が向いてしまっている会社や人もいるかもしれない。それでも、多くの人々は、「人々の生活をよりよくしたい」「もっと便利にしたい」「困っている人を助けたい」という気持ちで開発しているのではないか。エビデンスに従って安全性の評価を行っているのではないか。
牛乳は......「うまい!」じゃダメか?
つまるところ、なんでもかんでも「ダメだ!」じゃなく、かといって、なんでもかんでも「便利ならOK」でもなく......偏り過ぎず、こだわり過ぎず、中庸な感じがいいなぁ。