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プログラマ的

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こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。

この記事を書いている現在の時刻はAM3:30。ときどき、こんな時間に目が覚めます。

目が覚めるのは、おじいさんになってきたから......ではなく(笑)、根をつめている時だったりします。

今、根をつめているのは新刊の執筆。コミュニケーションに関する本なんですけど、今までの集大成というか、そんな感じの本になればいいな、なんて思っています。

もう、あらかた書いてあって、今は、寝かせて、見直して、寝かせて、見直してを繰り返しているんですけど、「もう、これで完璧」なんて思うのに、改めて読み返してみると、ちょっとした言い回しが気になる。言葉のリズムが気に入らない。で、直しては寝かせる。その繰り返し。

ふと、「これって、プログラマ時代と同じだな。やっていることは違うけど、プログラマ的だな」なんて思います。ちょっとしたメモリの使い方が気になる。コードが美しくない。で、書き直してはデバッグをかける。その繰り返し。

まぁ、品質を上げるという意味では、こういう作業も必要なのでしょうけれども、でも、何度繰り返しても、完璧になる......ということはなく、ある部分で打ち切る......う~ん、ちょっと言葉が違うな。あきらめる......でもないな、う~ん、ケリをつける。そう、ケリをつける必要があるなぁ、なんて思っています。

っていうか、こういう、言葉と感覚が合わないと、感覚に会う言葉が出てくるまでこだわってしまう。こういう言葉へのこだわりですよ。プログラマ的なのは(笑)。

プログラマ的といえば、今、糸井重里さんの『インターネット的』という本を読んでいます。

インターネット的 (PHP文庫)

日経ビジネスの『最後の広告論(仮)』in 2015の連載で知ったんですけど、いや、面白いですよ。この本。

まえがきには、こんな記述があります。

 もともとこの本は、二〇〇一年に新書として出版し、一九九八年に『ほぼ日刊イトイ新聞』をはじめたぼくが、インターネットに触れて思ったこと、感じたことを書いたものです。

 その本が、どうやら、十年以上経って話題になっているらしい。じぶんで言うのもおかしいですが、読んだ方によれば「いまの時代が予見されている」そうです。「ぜんぶ、ここに書いてあるじゃないか」なんていう声もいただきました。

そう、「ぜんぶ、ここに書いてある」のです。これが10年前に書かれた本なんて、すごい。すごい先見性......ではないな、すごい感受性。「あ~、糸井重里さんって、やっぱり普通じゃないんだな。すごい人なんだな」なんて、思っちゃいます。

あとね、ことばがすごい美しいんです。なめらかというか、ぜんぜん引っかからない。サーって読める。そのリズム感がまた、いい。何かこう、すぐそばで実際に話していただいている感じ?こういうリズム感が、すごくここちよい。「あ~、こういうリズムがある文章、書きたいな」なんて、思っちゃう。

今まで、糸井重里さんには特別の思い入れみたいなものは、それほどなかったのですが(もちろん、インターネット上の記事などを読んで「おもしろいなぁ」と思うことは何度もあったけれど)、グッと引き込まれてしまいました。

最近、よく思うんです。「あ~、言いたいこと、がまんしてるな」とか、「本当は、もっとぶっちゃけたこと書きたいのに、世間体みたいなものを考えているな」と。だからと言って、誰かや何かをむやみに批判したり、こき下ろしはしたくない。ボクが知らないことだってたくさんあるわけだし、その世界でがんばっている人もいっぱいいるわけだし。

でも、「ここは言っとかないとまずいだろー」みたいなことは、ちゃんと言えるようになりたいな~と。できれば、力を抜いて。できれば、美しく。できれば、豊かに。

そんなこんなで、結局こだわってるんだな。プログラマ的だから(笑)。

というわけで、原稿に戻ります。あ~、苦しい。

追伸:

そういえば、『インターネット的』は、今すぐ読みたかったので、Kindle版を買ったのですが......だめだ。目がしょぼしょぼする。「やっぱり、本は紙がいいな」......っていう、おじいさん的な。

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