「美しく書くこと」よりも、「考えること」に集中したい
今日は久しぶりにTCMネタを。
なぜ、TCMについて書こうかと思ったかと言いますと、昨日、ソーシャルメディアのタイムラインを眺めていたら、「ある思考法(ノート術)がきれいに描けない」「難しい」と悩んでいる方の声を目にしたからです。
ボクは、TCMという思考法が好きで、考えるのが楽しいので日常的に使っているのですが、TCMのいいところは、「ルールが少ない」ことです。「ねばならない」が少ないので簡単で、きれいに描く必要もないので考えることに集中できます。
ルールを作ろうと思えば、作ることができます。たとえば、○○の線は太くしなくちゃいけないとか、いろんな色をつかわなくちゃいけないとか、書き出す言葉は単語だけにしなくちゃいけないとか。
そうすれば、「美しいノート」を書くことはできるのかもしれません。
けれども、ルールがたくさんあると、意識が「書き方」のほうに向いてしまって、「考える」に集中できなくなってしまうので、あえてルールは最低限しか設けないようにしています。
なので、ボクのノートは美しくはないです。一応、お見せしますが、人様にお見せするのは恥ずかしいぐらい。地味ですしね。
けれども、「考える」はとっても楽しいです。そもそも思考ノートは人様に見せるものでもないし、楽しく考えられて、あたまの中でモヤッとしていたものが整理できて、「あっ!そうか!」という新しい発見があればそれでいいと、ボクは思っています。
ホワイトボードの前に立って、ファシリテーションで使うときも、あまり難しいことを考えずに「ササッ!」っと書けるところが、結構気に入っています。見た目も丸と線で構成されているだけなので、初めて触れる方にも違和感を抱かせないのもポイントの1つ。
ボクは「ノートを美しく書くこと」よりも「考えること」に集中したいので、あまりルールがない(=難しくない)TCMが好きなんだと思います。