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チームの人数が増えると生産性が落ちる ──社会的手抜き、調整の失敗

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プロジェクトの進捗が遅れると「何人くらい人を増やしたらキャッチアップできる?」と質問されることがある。そう聞かれるたびに、人を増やせばなんとかなるという発想そのものが進捗遅れの原因だよ、と毒づきたくなる。今川義元だって圧倒的な人数だったにもかかわらず桶狭間で敗れたのだ......。

期間を短縮するために人を増やすのだが......

新しいプロジェクトや工程が始まる時、工数と期間から要員計画を立てる。例えば、工数30人月、期間6か月であれば、5人の要員を集めなければならない。しかし、何らかの事情によってプロジェクトの期間を短縮しなければならないことがある。仮に期間が半分の3か月に短縮されれば、人を倍に増して10人の要員にする。システム開発プロジェクトではこのような要員の調整が頻繁に行われる。

しかし、実際にはこのような調整でうまくいくことはあまりない。「期間6か月×要員5人」であっても「期間3か月×要員10人」であっても工数は30人月になるのだが、人が増えて多くなると生産性は計算通りにいかなくなってしまう。経験的には3人を超えるあたりから、1名増員しても生産量がプラス1にならなくなってしまう。3人以下のチームであれば生産量は要員数とイコールになるのだが、3人を超えるチームになると生産量は要員数とイコールにならず、総量から20~50%減少すると感じている。つまり人を増やすことは、一人あたりの生産性を下げるマイナス要因をも増やすことになってしまうのだ。

チームの中には手抜きをする人がいる

フランスの農学者であるリンゲルマンの実験によると、綱引きをするとき1人の時の力の量を100%とした場合、2人の場合は93%、3人では85%、4人では77%、5人では70%、6人では63%、7人では、56%、8人では49%と、1人あたりの力の量が低下したという報告がある。5人のチームであれば「生産量=要員数×70%」、8人のチームであれば「生産量=要員数×49%」になるということだ。このように人が集まって作業を行ったとき一人あたりの生産性が落ちる現象を「社会的手抜き(=リンゲルマン効果)」と呼ぶ。

社会的手抜きが発生する理由はいくつかある。集団の人数が多くなれば自分がどれだけ頑張ってもその成果が見えにくくなり、まわりから評価されにくくなるため動機付けされなくなってしまうためといわれている。また、自分一人が努力をしなくてもその悪影響がわからないだろうという心理が働いてしまうためとも考えられている。

チーム内の調整に時間が掛かってしまう

たしかに人が多くなれば、自分ひとりが遅れても全体的には大きな遅れにはならないので、気持ちの緩みが生じてしまうのは理解ができる。しかし、はたしてそれだけが生産性を下げる原因だろうか。気持ちの緩み以外にも、生産性を下げる要因があるのではないだろうか。

心理学者のラタネの実験によると、集団で作業をするときに生産性が落ちるのは「調整の失敗」によることが報告されている。実験で6人に大声を叫ばせたところ、総量の40%まで落ちてしまった。メンバー間で声を出すタイミングを調整しながら発声しため、音圧が下がってしまったと報告されている。つまり、集団作業には他メンバーとの調整が必要で、その調整作業に掛かる負担が生産性を下げているというのだ。

たしかに、システム開発の現場でも人数が増えることによる調整の負担というものが存在する。設計書の書き方が人によってバラバラだと読み手が困ってしまうので、書き方の標準的なルールを決めなければならない。そしてルールを決めたら、そのルールに沿った記載方法で書き直すことが必要になる。また、リーダーがお客さんとの会議に参加すれば、その内容をメンバーに周知するために時間が掛かってしまうこともある。さらに、人が多くいればスキルや経験値も異なり、一定の基準に底上げするためにメンバー向けに教育をする場合もある。そのような手間が一人あたりの生産性を落としてしまうのだ。

人が増えても生産性を維持する仕組み作りを

そのため、システム開発プロジェクトでは、人が増えても生産性が落ちないしくみを準備しておくことが必要となる。「社会的手抜き」に対してはチームの細分化が効果的だ。大きな集団では自分一人の手抜きが目立たないが、小さな集団であれば自分の手抜きがまわりに分かりやすくなる。逆に、個々人の活躍が目に見えるようになるため、動機付けになるだろう。

また「調整の失敗」に対してはチームを一箇所に集める方がいい。チームがバラバラの方向に進まないよう、コミュニケーションを密にする必要があるからだ。また開発プロセスの標準化により、作業の方法がバラバラにならないようにすることも必要だ。標準化により、余計な作業を抑える働きにもなる。

近年はシステム開発の期間が短くなっている。そのために多くの人を集めて開発を行うのだが、思った以上に生産性が上がらず問題になるケースが増えている。単純に人を増やすだけでは期間の短縮にはならない。期間の短縮をするためには、大きな集団が少人数で働いているときのように仕事ができるような仕掛けが必要だ。

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