オルタナティブ・ブログ > ITエンジニアのための開発現場で役立つ心理学 >

人間関係、コミュニケーション、モチベーション、ハラスメント、メンタルヘルス、リーダーシップ、マネジメント、リラクセーションなどの情報を投稿します

お金でやる気は引き出せない モチベーションアップは「評価される」「成長できる」「やりがいを感じる」が必要だ ──動機づけ・衛生理論

»

「このプロジェクトが終わったら転職しよう」

開発プロジェクトに新しく入ると最初の1ヶ月位はこんなことを考えてしまう。なぜかというと、どのプロジェクトも「すでに遅延している」「お客との関係が良くない」「仕様変更が頻発している」などうまくいっていないものばかりだからだ。しかし、そんな不満を感じながらも、20年近くもこの仕事を続けている。なぜだろう? 最近になって、実はこの仕事が好きなのかな? と考えるようになったが、定かではない......。

開発プロジェクトは"ブラック"な仕事

夏海公司さんの『なれる!SE』シリーズ(全15巻/2017年1月現在)を読んだ。主人公は、大学を卒業して小さなIT企業に就職した桜坂工兵という青年。本の中では、工兵がデスマーチな開発現場に放り投げられるも、天才技術者であり上司でもある室見立華に助けられながら(虐げられながら?)、技術者として成長していくといったストーリーが書かれている。この主人公、工兵も、やはりIT業界に嫌気がさし、転職を考えている人物なのだ。

以下は、夜遅くまで働き、くたくたになって帰宅した工兵が悩み考えるシーン。

無名のベンチャー企業。楽しいことばかりじゃないと覚悟はしていた。やりづらい上司もいるだろう。残業だってあるだろう。それら全部ひっくるめて、しばらくは我慢するつもりでいた。だが、まさかここまで無茶苦茶とは思わなかった。業界がおかしいのか、会社がおかしいのか。この状況が続けば遠からず自分は破綻する。身体が先か心が先か、どこかのタイミングでぽっきり折れてしまうに違いない。ごろりと寝返りを打つ。辞める......か。

(『なれる!SE』夏海公司/アスキー・メディアワークス)

休日出勤、徹夜、厳しい上司という事実を前に、工兵は仕事を続ける意欲を失ってしまう。入社早々に退職を考える工兵。果たして工兵は会社を辞めてしまうのか!?

やる気を上げるにはお金が効く!?

ところで、人をやる気づけるためには何が必要だろうか? 一般的に、人をやる気づけるためにはお金が必要だと考えられている。「手伝ってくれたらバイト代払うよ」「1等賞取れたらお小遣いあげる」「相談にのってくれよ。メシおごるから」などと言って、人を動かそうとしたことが誰にでもあるはずだ。しかし、実際には、金銭による動機づけは本人のやる気を上げる効果は少ないらしい。

ハーズバーグという心理学者によると、やる気に関する要因として「不満足要因」と「満足要因」の2つがあるそうだ。「不満足要因」とは、賃金、雇用条件、職場での人間関係などを指している。これらの要因が不十分なときに人は"不満足"と感じる。「給料が安すぎる」「休みが少ない」「同僚とうまくいかない」といった不満があるとやる気を下げてしまうのだ。

しかし、仮にこれらが十分であっても不満足感を抑えることにはなるが、満足感を引き上げることは期待できないのだ。例えば、給料を上げれば賃金に対する不満を減らすことはできるが、仕事に対するやる気を引き上げることはできないというのだ。ハーズバーグはこの不満足要因は「衛生要因」と名付けた。

一方の「満足要因」とは、承認、達成、仕事そのものなどを指している。これらの要因が十分なときに人は"満足"と感じる。「自分だけが社長にほめてもらってやる気がアップした」「難しい仕事に挑戦できてやる気がアップした」「やりがいのある仕事だからやる気がアップした」となるようだ。ハーズバーグはこの満足要因を「動機づけ要因」と名付けた。

賞賛、達成感、やりがいがあれば人は動く

ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」によれば、人をやる気づけるためには、金銭などの対価をむやみに上げる必要はない。むしろ、仕事内容をほめたり、成長を感じられる仕事を与えたり、やりがいを感じられる仕事を与えることが必要なのだ。

さて、入社早々に退職を考えていた工兵はその後どうなっただろうか。工兵は、プロジェクトが終了したら辞表を出すと決めていた。

以下は、無事にプロジェクトを乗り切り、工兵が転職をするかどうかを悩むシーン。

この会社に入って以来、数限りなく体験してきた修羅場、鉄火場、それらをギリギリのところでくぐりぬけていく快感。本番システム切替え時のひりつくような緊張感。こんな感覚、今まで経験したこともなかった。DCでの件を思い出す度、苦痛とストレスと快感がない交ぜになり神経を冒していく。バイトや家業の手伝いではけっして得られない感覚。それは麻薬のように工兵を蝕み、他の可能性を色褪せていった。今更自分は他の仕事に満足できるのか? こんな世界を経験して、これだけスリリングな毎日を過ごして。九時に出社し、ルーチンワークをこなして五時に退社する。そんな職場に居続けられるのか?

(『なれる!SE』夏海公司/アスキー・メディアワークス)

工兵は、給料や勤務時間などが最低な条件にもかかわらず、仕事によって得られる達成感にかけがえのない喜びを感じていたのだ。そして結局、工兵は会社に残ることを選択する。

給料の少なさ、残業時間の多さ、仕事の理不尽さなどの不満は数多くある。しかし、それよりも何よりも、今までに味わったことのない達成感。それを得られるシステム開発の仕事を工兵は選択したのだ。

Comment(0)