技術者も齢30も超えたら、営業の経験は必須かもしれないという話
野口「まあしかし、今日のミーティングはお疲れだったね、吉田君。」
吉田「いやー、参りました。たかだかソースのバージョン管理をSubversionからGitに変えましょうって提案で、あんなに難航するとは...。」
野口「最後の15分くらい参加したけど、松本君がやたら腰が重い感じだったね。」
吉田「ええ、いや最初っからずっとあんな感じでしたね。。あ、お注ぎしますよ。」
野口「いや、いいよ。他のおじさん達はわからないけど、俺の場合は手酌で好きにやるから。手酌が好きなんだよ。」
吉田「ああ、そうですか。いやしかし松本マネージャもそうですが、いつもはGit使ってないなんて遅れていると言ってる長沢までイマイチ乗ってきてくれなくて。」
野口「ふん...。そんな感じだったね。ちゃんと吉田君手製の資料も用意してあって気合い入ってたのにな。」
吉田「そうなんですよ。みんなが運用上困りそうなコマンドの一覧とか、コンフリクトの解決の方法とかもいろいろ調べておいたんですよ。でも、ほとんどそこまで行く前段階な感じでしたね。はあー。。」
野口「フフフ。お、なんか次飲むかい?」
吉田「あ、じゃあもう一杯ビールで行きます。野口部長は?」
野口「ああ、俺はまだあるから。」
(吉田、店員を呼び止め、ビールを頼む)
野口「あのさ...。前から思っていたことなんだけど、吉田君、剣崎部長のところで2~3年修行してこないか?」
吉田「剣崎部長って、ビジネスソリューション部ですか...?」
野口「そう。剣崎は俺の大学の後輩だし頼めばきっとよくしてくれるよ」
吉田「いやいやいや。ビジネスソリューション部って、ソリューションなんて言ってますが、あれ普通に営業じゃないですか。自分は営業向いてないっていうか、無理です無理。」
野口「まあな。君は理系出身で新卒入社から5年間ずっと実装専門だからな。」
吉田「同期の渡辺なんか、あんなに明るくて口も達者なのに、剣崎部長のところでは全然うまくいってなくて悩んでましたよ。私が行って戦力になる訳ないですよ。」
野口「...そうかなぁ?まあ営業と口達者はあまり関係ないぞ。」
吉田「私はやっぱり技術をもっと勉強して、ゆくゆくは開発部の連中にいろんないい技術を広めていくエバンジェリスト的な仕事をしていきたいんです。今回Git推進委員みたな役割を買って出たのも、言ってみればその一環です。」
野口「...なるほどね。」
吉田「開発部で私はもうお払い箱だってことなら考えますが(笑)」
野口「いやそんなことはないけどね。お、そうだ。ちょっと名刺交換してみようか。名刺、持ってるか?」
吉田「め、名刺ですか?名刺なんて、3年くらい前に支給されてからほとんど使わないので机の引き出しの中ですよ。」
野口「ちっ、しょうがないな。じゃあ俺の使えよ。俺はこの外注ベンダーの名刺でやるからさ。」
吉田「えー、いきなりなんでここで名刺交換...。あ、似合ってるじゃないですか、その名刺(笑)」
野口「会社クビになったらこれ持って吉田君とこ挨拶行くからよろしくな。」
・・・
野口「じゃあ、、、いいか?」
吉田「いやしかし、なぜ居酒屋で名刺交換。。」
野口「まあいいからやれよ。一応、現実ではこっちの名刺は下の会社だけど、練習だから俺の方が上の立場の役だぞ。」
吉田「わ、わかりました。では...。テーブル越しで失礼します。」
野口「お、いいね。この度はわざわざお越し頂きまして。」
吉田「○○インダストリアルソリューションの吉田進でございます。」
野口「××ソフトの野口です。何卒よろしくお願い致します。」
吉田「よろしくお願いいたします。あ、頂戴します。」
野口「おう、ほら!ちょっと待て!」
吉田「え、え!?」
野口「今、吉田君の名刺、俺の名刺の上を通っただろ?」
吉田「ああ、、そういえば。」
野口「それ、良くないんだよ。名刺は相手より下から差し出せって言われなかったか?新人研修で。」
吉田「い、言われたかも知れません。」
野口「まあいいや。じゃ続けよう。」
吉田「え、もう終わりじゃないんですか...?」
野口「ああー?何言ってるんだよ。名刺交換は名刺を交換して終わりじゃないんだよ。」
吉田「えぇぇ?名刺交換は名刺を交換して終わりじゃないんですか?名刺交換は名刺を交換したら終わりでしょう、定義的に。」
野口「見ろよ。俺の名刺を見ろ。」
吉田「あ、ああはい。」
野口「自分はこういう者ですって名刺を差し出したのに、見ないでしまわれたら悲しいぞ。」
吉田「あ、そうですね。すみません。なるほど、××ソフトの開発第一グループのグループ長、野口さんですね。」
野口「そうだよ。あ、左様でございます。このたびは遠いところお越しいただき、ありがとうございます。」
吉田「じゃ、終わりですね。返します。」
野口「まだ終わってないよ!」
吉田「ええっ?」
野口「俺の名刺を置けよっ」
吉田「置くって...、あ、テーブルの上にですか」
野口「名刺はもらって、テーブルに置くまでが名刺交換だよ。まさかそのままポケットにしまうわけじゃないだろ?」
吉田「なるほど、じゃあ、はい。置きました。」
野口「手元に置くなよ。テーブルの真ん中へんに置くんだよ」
吉田「え、そんな決まりあるんですか?」
野口「手元は書類とかノートPCとかあるだろう。だから真ん中の方に置くんだよ。手元で邪魔くさそうにあっちに置かれたりこっちに置かれたり、たまに落っことされたりしてたら渡した方が気持ち悪いぞ。あと相手が複数人いたら、誰の名刺がどれかちゃんと覚えておいて相手が座ってる順番に置くんだよ。」
吉田「細かいっすねぇ。あ、ビールの水滴で汚れちゃいました。すみません。」
野口「あーあーあー、しょうがねぇなぁ。、、、まあ水だからいいや。。でな。それは超重要なことだよ。名刺もらったのに、商談中、相手の名前間違ったりすると大変だからね。」
吉田「確かにそれ、かなり失礼ですね。」
野口「失礼とかって話じゃないんだよ。それもあるけど、名前を間違うってことは役職も分ってないってことなんだよ。役職を分らないで今まで1時間しゃべってたの?って話になるのよ。それは寒いよ。絶対避けなきゃいけない。」
吉田「なるほど」
野口「つまりね。俺たち技術屋さんでもそういう気の使い方っていうか心配りが大事なんだよ。」
吉田「おっと?」
野口「スペースが無くてテーブル越しに名刺を渡さなければならないときは、「テーブル越しに失礼いたします」と言う。相手から読みやすいようにひっくり返して渡す。渡すときは目下の者から素早く差し出す。いろいろ作法はあるけど、こういう一つ一つが今目の前に座ってる相手とこれから始まるビジネスとを思いやる細やかな心遣いなわけだよ。」
吉田「...うっ」
野口「何事も相手の立場にたって、どうすれば気持ちが動くか考えるわけさ。あ、おねえちゃん、同じのもう一つ。」
吉田「あ、すみません、気づきませんでした。」
野口「いい、いい。で、今日のミーティングの件で言えばね。松本マネージャはたった2年前に苦労して導入したSubversionをまた変えるのがいやなんだよ。」
吉田「いや、でもそれは技術者としてはどんどん新しいものを取り入れていかないと...」
野口「そう。それは正しいんだけど、松本君も忙しい。君より仕事抱えてる。実装案件もあるし、メンバーの遅刻が多いとか、部内の全XPマシンをリストアップしなきゃいけないとか、誰と誰が付き合ってるけど今ケンカしてるらしくてプロジェクトに支障が出てるとか、そういうもっとしょうもない話で頭を悩ませてる。」
吉田「誰と誰すかそれ」
野口「それは喩えだけど...!まあ、そこに若いのが来てGit入れたいんですけどって言ってもなかなか難しいね。」
吉田「ああー、じゃあ時期を見てまた来年にとかってことですか?はぁーー」
野口「いや、違うんだなー。営業がそんなところで大人しく引き下がってたら、うちのシステムなんてひとっつも売れないよ。」
吉田「お、ここで営業プッシュ来ました?」
野口「そうよ。いいか?まず『Gitっていいですよ!新しいですよ!導入しましょう!』なんて言ってもダメで、今我々が困ってるところから入るんだよ。」」
吉田「困ってるところ?」
野口「たとえば、『うちで付き合ってる外注ベンダーのA社もB社もC社もみんなメインはGit使ってますよ、これ使ってないと彼らにまずうちのためだけにSubversion入れてもらうことになっちゃうんですよ。それは嫌な顔されますし、単価にも関わってきますし、なにより我々のブランドイメージを下げますよ。これは困りましたね。』と。」
吉田「おお」
野口「これがうちで取引してる全20社が採用してるバージョン管理ソフトのシェアです!グラフ、バーン!!」
吉田「マジすか?それ自分がまとめるんですか?」
野口「そうだよ、そこが熱意だよ!ネットに転がってるデータなんかじゃ人の心は動かないよ。」
吉田「うわぁ」
野口「そこで松本君が『ちょっとまずいかも』と思ったところで、『Gitを使えば外注さんの負担も軽くなりますし、こんな感じで他にもいいことたくさんありますよ』と話を進める。その辺は今日の資料にもあったね。」
吉田「はいはい、確かに。」
野口「もちろんデメリットもある!」
吉田「え、ここでデメリット言っちゃいますか」
野口「悪いことは突っ込まれる前に先回りして言っておくんだよ。そこで信頼が生まれるんだ。で、『コマンドがよくわからない』とか『ブランチの概念が難しい』とかか?」
吉田「そうなんです、そこで私がリファレンスを作ります!」
野口「そうだよ!!」
吉田「運用開始後も私がサイボウズ使って質問に答えますので、松本さんのお手は煩わせません!」
野口「そうそう」
吉田「野口部長の承認も取ってあります。」
野口「いや、俺を巻き込むな。」
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野口「まあ、これは剣崎のところでやってる営業の流れそのまんまなんだよ。そういう力がね、営業やると身につくんだよ。俺もここに来る前に3年くらい外回りの営業やってたからね。」
吉田「そうだったんですね」
野口「それくらいまでやって、やっと松本マネージャも『どれどれ、そんなに気合い入ってるなら見てみようかな。』って思うわけだよ。『自分にメリット無いのにどんだけ押し出してくるんだよ、吉田、バカじゃねえのか?』と。」
吉田「バカですか...」
野口「でも、今回ダメで、また仕切り直しでミーティング開催する労力に比べたら、全然大した話じゃないだろ。むしろ一発で建設的なレベルの話まで持っていきたいじゃないか。」
吉田「おっしゃるとおりです...」
野口「営業は心理戦というか心理学だよ。何にでも応用できるね。社内営業なんかに力入れてもしょうがないけど、だからこそこんな話はさっさと気持ちよく済ませてしまえばいいんだよ。」
吉田「いやぁー、そうーーなんですねー。まあ簡単に「はい」とは言えませんが、今のこの瞬間的には「営業もやってみようかな」と思ってしまいました。いや、たぶん明日酒が抜ければ、そんな気は無くなってしまうと思いましたけど、さっきの流れはホントに目から鱗でした!ありがとうございます!」
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この記事は
「こんなに会社のためを思っているのに、、、なぜあなたの改善提案は通らないのか?」
この記事の焼き直し飲み屋バージョンです。なんとなく、もう一回言いたくなりました。
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