ヒット曲音形「ソドレミ」から感じる日本の音楽がヨーロッパと交流しながら形作られてきたということ
昨日の記事で、なぜ「ソドレミ」音形の曲が多いのか、ということを書きました。
「ソドレミ」は、19世紀以前からヨーロッパではごく普通にあった音形だったのですね。
2010年11月2日日経の「プロムナード」に、哲学者の森岡正博さんが記事を書いていましたのでご紹介したいと思います。
2年前、森岡さんは「日本の生命理論」について発表するため、ドイツのフランクフルトで開かれた「現代のアジアパワーを比較文化的に考える」という学会に出席していました。
前夜祭でのレセプションに弦楽四重奏の演奏がありました。
モーツァルトの次に演奏された、山田耕筰の「赤とんぼ」が「中央アジアから東ヨーロッパにかけての音楽」のように響き、滝廉太郎の「荒城の月」では「言いようのない感動が襲い、チェコの作曲家スメタナの"モルダウ"と二重写しになって聞こえた」そうです。
そして民謡の八木節では、「ハチャトゥリアンの"剣の舞"や、バルトークの弦楽四重奏に匹敵する現代音楽として感じられた」と書かれています。
・・・・・(以下引用)・・・・・
その音の響きからはユーラシア大陸を股にかけて行き来した民たちのはぐくんだ音楽感情が聞こえてくる。
(中略)
日本にいたのでは決して体験できないような多文化越境空間がそこにはあった。
(中略)
日本の伝統音楽にこれほどの美しさが秘められているとは知らなかった。そればかりではない。日本の伝統音楽が、アジア大陸、そしてヨーロッパ大陸との開放的な交渉の中から生まれてきたという可能性を、私は想像したことがなかったのだ。
古くはシルクロードの馬上の旋律を通して、日本の音楽が世界とリアルタイムで交流しながら形作られてきたことを、この上なく明瞭に教わった一夜であった。
・・・・・(以上引用)・・・・・
実は、「赤とんぼ」(ソドドーレミ・・)も「荒城の月」(ソソドレ♭ミ・・)も「モルダウ」(ソドーレ♭ミ・・)も「ソドレミ」音形。
山田耕筰や滝廉太郎は西洋音楽を学んだ日本人です。
西洋の「ソドレミ」音形の影響を受けていたことは想像に難しくありません。
森岡さんが「ソドレミ」だと気づいておられたか分かりませんが、純粋に流れてくる音楽のみから、無意識の部分で遠い祖先から受け継がれてきたある種の共通する音楽感情を感じられたのではないでしょうか。
日本とヨーロッパ、そして世界が互いに影響を受け合い、心の奥深いところで人々は皆つながっているんだという気づきをいただいたように思います。
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