私的複製に条件を課すことはできるのか
私は所有していませんが「著作権法コンメンタール」(レクシスネクシス・ジャパン刊)は1700ページもあるそうです。amazon で、その“はしがき”を閲覧することができますが、ここには次のように書かれています。
…なお,本書はご覧のとおり大部のものとなってしまい,容易に持ち歩きができるものではなくなってしまいました。将来的に電子書籍化することも検討は致しますが,その時期等については未定でありますので,本書を購入された方々が携帯型電子端末で本書を閲覧するために,本書の内容をスキャンし,PDF化して,電子端末に取り込むことに異議を述べないことと致します。また,その際に,いわゆる「自炊代行業者」に上記作業を委託しても構いません。もちろん,取り込んだデータは,それぞれの業務に活かしていただいて構いません。ただし,下記の条件に従ってください。
1. スキャンした後,元々の書籍を第三者に譲渡または貸与しないでください。
2. スキャンして作成した電子データを送信可能化したり,第三者に送信したり,第三者と共有したりしないでください。
3. 法人または法律事務所単位で書籍をご購入された方は,1冊あたり1端末に取り込むにとどめてください(個人でご購入された方は,ご自身が使用する複数の端末に取り込んでいただいて構いません。)。
※強調は筆者。
まず、「本書の内容をスキャンし,PDF化して,電子端末に取り込むことに異議を述べない」という文について考えてみます。もともと日本の著作権法では第30条で著作権の制限として明確に私的複製が規定されています。したがって、権利者の許諾がなくても、「書籍の内容をスキャンし、PDF化して、電子端末に取り込むこと」に異議を述べられる理由は、著作権法上はありません。これは自分で所有する書籍であるか、有償・無償にかかわらず貸与されたものであるかに関係ありません。世界中で日本でのみ認められているレンタルCDという制度がありますが、CDをレンタルしてリッピングする行為は(CCCDのように複製防止がなされている場合を除き)合法です。これも第30条の私的複製として認められているためです(参考→文化庁の「著作権Q&A」)。つまり、この説明文は法律上認められていることを追認しているだけで、許諾がないと法律上できない行為について許諾を与えていると読み取ることは困難です。
次に、「その際に,いわゆる「自炊代行業者」に上記作業を委託しても構いません」という文を見てみます。著作権法第30条は私的複製について「その使用する者が複製すること」を条件としているため、自炊代行業者を利用する行為については私的複製とはみなされないというのが多数説のようです。つまり、著作権者の許諾なしに自炊代行業者を使ってスキャンすると、著作権法違反に問われる可能性があります。しかし、著作権法は「複製を禁止する法律」ではなく「許諾のない複製を禁止する法律」にすぎません。平たく言えば、著作権者の許諾があれば何でもできます。ここでは自炊代行業者を利用してもよい、という許諾があるとみなすことができます。「ただし」以下に書かれているように、この許諾には「書籍を貸与しない」「スキャンデータを第三者と共有しない」「1人限り」という条件が課されています。このような書き方をされているのですから、自炊代行業者を利用するなら、これらの条件を守らねばならないと読み取れます。
さて、ここに書かれている3つの条件は、自炊代行業者を使わない場合にも課すことができるのでしょうか。著作権法の第26条の2では譲渡権について書かれていますが、簡単に言えば、自分が買ったものは著作権者の許諾を必要とせず、別の人に譲渡できます。権利者の権利は“消尽”しており、その先の譲渡までは制限できないということです。わざわざ条文を示さなくても、そんなことが制限されていたら、古書店などは成り立たないことになりますね。つまり、私的複製も譲渡も著作権法上、認められている行為であり、著作権者の制限が及ぶものではないということです。つまり、この書籍を裁断したものを用意して、それを複数の人でまわして各々がスキャンして私的に利用する、という行為は日本の著作権法上はまったく問題ないということです。
もっとも著作権法として異議を申したてられる理由がなくても、民事裁判が起こされないという保証はありません。民事裁判というのは、どんな言いがかり的な理由であっても起こすことができるからです。そこで本書の共著者である小倉秀夫弁護士に、これらの条件が自炊代行業者と関係ない私的複製には無関係のものであるかどうかを確認をとったことがあるのですが、明確にはお答えいただけませんでした。別に遊びで尋ねたのではなく、本気でそれを実行する前に確認したかったのですが、確認が取れない以上、どんな裁判沙汰になるかわかりません。著作権者側の権利制限に積極的な発言をされる方でも、わが身のこととなると急に消極的な姿勢になる、というのは珍しいことではありませんが、そういう人が場所が変わるとまた権利制限に積極的になるというのは、どういうものかと思います。