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著作権侵害は「公権力の濫用を招くから非親告罪化すべきでない」のか

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■環太平洋戦略的経済連携協定

「ティーピーピー、ティーピーピー……」と言っていると「ろくなもんじゃねぇ」という突っ込みが入りそうですが、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP、Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)に日本が加盟すべきかどうかという議論があります。TPP は包括的な協定である反面、公開されている情報が限定的なため、明確な賛否を示しにくいというのが正直なところです(少なくとも無条件に賛意を示せるものではなさそうです)。

その TPP には知的財産に関する項目も含まれており、おおむね知的財産の権利保護を強化する内容になっているそうです。「日本の著作権は世界一厳しい」という人もいるのですが。映画館での盗撮防止やダウンロード違法化(+刑罰化)といった近年の動向の発端がアメリカの年次改革要望書だったことを思うと、「もともと緩かった日本の著作権が外圧によって厳格化されている」というのが目をそらすべきでない事実でしょう。

さて、知的財産の権利保護を強化するものの中に「著作権侵害の非親告罪化」が含まれているという話があります。そして、これを「権力の濫用を招くので導入すべきではない」という理由で反対する意見があります。これは正当な反対理由になるでしょうか。

■著作権と親告罪

親告罪とは「告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪」のことです(wikipedia より)。話題になっている主な著作権侵害は親告罪ですが、著作権法に規定された罰則のすべてが親告罪なのではありません。詳しくは文部科学省のサイト「著作権法における罰則規定の概要」にまとめられていますが、たとえば第60条で定められた著作者が死亡した後の人格的利益の保護に対する罰則(第120条)は非親告罪です。著作者が死亡しているのに告訴を必要とするのは意味がありません。

親告罪であることの懸念は「バレなきゃ罪じゃない」、つまり著作権者に知られなければ、そもそも罪に問われる条件が揃わないので「完全に合法」(やったね!)という意識が生まれることでしょう。私は、おおむね日本人は遵法精神が高いと思っていますが、公になったら明らかに違法とされる行為でも「バレないように、こっそりやっているうちは合法で、違法なことをしたことにならない」という意識は、いわゆる“脱法行為”を助長するおそれがあります。

これが非親告罪になれば「バレなくても罪」となる(可能性がある)ので、たとえ公にならなくても「違法なことをしている」という意識を持たせることになります。それでも「やる人はやる」でしょうが、「合法だから」と自分に言い訳している人たちはやらなくなることが期待できます。実際、どれほどの効果があるかは未知数ですが、違法コンテンツのダウンロード違法化、あるいは刑罰化にも、それなりに効果があったようなので、たとえ検察が起訴することがなくても効果を持つ可能性はあります。

「非親告罪化したらコミケもあやうくなる」という人がいますが、コミケは「バレないように、こっそりやっている人たち」の集まりではありません。それこそ、親告罪の今でもバレたら問題になりそうなもの、主にディズニーのような海外ブランドには手を出していないでしょう。コミケの元代表として知られ、手塚治虫文化賞の特別賞を受賞した故米澤嘉博は漫画界で高く評価されている人物でもあります。日本の著作権者たちがコミケをつぶそうとする方向で動くことは容易に想像できませんし、そのような例示で脅しをかける姿勢には疑問を持たざるを得ません。

■法律と公権力の濫用

非親告罪化で権力が濫用が懸念される場合の権力とは、公権力のことでしょう。著作権者が権力を濫用しようと思えば、それは親告罪の今でもできるからです。では、著作権侵害の非親告罪化によって公権力が濫用される可能性は高まるのでしょうか。

まず、警察にとっては親告罪も非親告罪も関係ありません。非親告罪であることは、逮捕や取調べの要件ではないので、親告罪であったとしてもその必要に応じて逮捕や取調べはできます。検察は、著作権者の被害届もなく起訴するでしょうか。そうでなければ非親告罪化の意味がないという人もいますが、これも現実的な考えではありません。「文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会(第10回)議事録・配布資料」からの孫引用ですが、「著作権法逐条講義」(加戸守行著)には以下のように記されているそうです。

著作権者等の事後追認または事後承諾により適法化される性格を有するもので…その侵害について刑事責任を追及するかどうかは被害者である権利者の判断に委ねることが適当であ」り、「被害者が不問に付することを希望しているときまで国家が乗り出す必要がないと考えられる」(加戸守行「著作権法逐条講義」[第5版]755頁参照。)

日本の検察は起訴後の有罪率が99%以上と言われますが、これは起訴後に公判が維持されにくいものはそもそも起訴されないという事情があるからです。そのような状況で、事後でも承諾があれば合法になりうる著作権侵害について、被害届を受けることもなく検察が起訴するとは考えられません。

そもそも公権力を濫用したければ、著作権のような他人に確認を取らねばならないものより、ずっと手軽な法律があります。たとえば、公務執行妨害罪は、やろうと思えば警察官自身の意思だけで「でっちあげ」ができそうなものです。侮辱罪は親告罪ですが、どんな表現が侮辱にあたるかという具体例がリストアップされているわけではありません。つまり、悪用しようと思えば、どんな表現でも侮辱罪に問われる“可能性”があります。しかし、悪用のおそれがあるから公務執行妨害罪や侮辱罪は存在してはならない法律だ、ということにはなりません。

また、「絶対に悪用されないという保証がなければ立法してはならない」という条件を課してしまうと、自ら推進したい法律(刑罰規定)があったとしても実現困難になってしまうおそれがあります。「自分の推進したいものは悪用されないけど、そうでないものは悪用されるかもしれない」という前提を誰もが受け入れてくれるわけではありません。新たな法律を検討する際に(直接公権力に関わるものは別ですが)「公権力の濫用や悪用のおそれがあるからやめるべき」と主張することは、「公権力の濫用や悪用のおそれ」くらいしか反対理由がないと言っているようなもので、あまり筋のいい主張ではありません。現行法を思えば、それは反対理由にはならないからです。

■親告罪と告訴の期限

親告罪には「犯人を知ってから6か月を経過すると告訴できなくなる」という条件があります(刑事訴訟法235条)。このため、刑事告訴するにしても弁護士の依頼や資料を作成するには期間が短すぎるので、告訴期限のない非親告罪にすべき、という意見もあります(これには告訴してから準備すればよいという反対意見もあります)。このことは、親告罪の今でも「誰それが著作権侵害してる」と(それこそ内容証明郵便などで)権利者に伝えられてしまうと、権利者側も6か月以内に何らかの対処しないといけなくなるということです。

非親告罪になれば、権利者側も告訴の権利を半年で失うことがない、つまり相手の侵害行為がおおっぴらに認められてしまう心配がなくなります。つまり、対処を急がなくてもよくなる(黙認しやすくなる)という側面があるとも言えます。実際には、さまざまなユーザー投稿サイトでの侵害行為を探し出すという、あまり生産的でない仕事に従事する人たちがいますし、楽観的すぎる見方かもしれませんが。

■まとめ

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ここまで書いておいて何ですが、非親告罪化されても絶対に悪影響はない、とは断言しません。Winny の金子氏が逮捕されたときも「P2P 技術は著作権侵害とみなされることになった」という“風説”が流布され、まっとうな P2P ツールですら企業での利用がはばかられたことがあると聞きます。それは風説、つまりデマが問題なのであって、Winny が P2P 技術の一形態にすぎないという事実が無視されたためです。

非親告罪化についても、正しく理解された上で賛成あるいは反対の主張がなされるのであれば、それはよいことだと思います。しかし、「公権力の濫用を招くからダメ」といった誤った反対理由に挙げることは、かえって「問題ない」ことを強調してしまう、あるいは非親告罪に対する誤った認識を広めてしまい、悪影響を及ぼすはずでないものまで悪影響を与えてしまうのではないかと考えます。

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