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プロジェクト ミューズ:バイリンガルプロジェクトは辛いよ ~その2~

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= 言葉の壁 =

 

この案件を持ちかけられた時、PGKは数件のプロジェクトを扱っており、数ヶ月も継続して日本に滞在できるアーキテクトが空いていなかった。それでもやりくりをしてアーキテクト1名、デベロッパー1名というペアを10月から12月までアレンジした。アーキテクトはジャネット、フィリップ、エドワルド、デベロッパーはパウロという組み合わせだ。ジャネットはスコットランド出身、フィリップはオランダ、エドワルドがルーマニア、パウロがスペイン、プロジェクトマネージャのエングはアイスランドというなんとも国連のような顔ぶれとなった。これに幼少時にイギリスに住んでいたことがある通訳と、外国経験皆無の通訳が加わった。英語が母国語なのはジャネットのみで、あとは全員、英語が外国語ということになる。でもPGKのスタッフは皆、英語が達者だった。

 

日英バイリンガルプロジェクトの難しさは最初から予想されていた。けれども実際に蓋を開けてみなければ想像がつかないような難しさは多々あるものだ。

 

優秀なジャネットはしゃべるのも早い。こちらの言うことを最後まで聞かずに割り込んでくる。一を聞いて十を知り、女神様と崇められる彼女に対して、誰も何も言わない。というよりも何か言いたくても、一文一文に区切って通訳を介して言おうとしている間に、彼女は別の方向に話を持っていってしまうのだった。

 

フィリップの英語は流暢でほとんど訛りがないにも拘わらず何が言いたいのかよくわからない。よくよく耳をそばだてて、注意して聞いていると、一つの文が完結しないことに気が付いた。主語、動詞でセンテンスが始まっても、尻切れトンボになっていると、その文を、文の構造が英語とは全く異なる日本語に作り直して訳出することができないのである。

例えば、This solution based on the product called Financial Management System you can do the network when the route is to the house of the customer.というような具合だ。文の途中まではわかるのに、一つの完結した文として頭の中に入ってこない。よって英語⇒日本語という翻訳思考回路が混乱し、止まってしまうのである。フィリップの話す言葉は普通の英語のように聞こえるため、日本側は通訳が訳してくれるのを待っているが、通訳のしようがない。何とか理解できた部分だけでも訳そうとするのだが、部分的に訳しただけでは話が通じない。必死になって聞こうするだけでも、聞こうとしても聞こえてこない(理解できない)のは、通訳にとっては相当なストレスとなるのである。

 

エドワルドもパウロも、彼らの英語は普通に会話をしている分には何ら不自由を感じないレベルである。特にパウロは出身はスペインでもイギリス本社で働いているのだからそれなりの英語力のはずだ。しかも彼らはとても真面目で熱心なエンジニアで、日本びいきだ。彼らが日本語を覚える方がSIが英語を覚えるよりも早いかも知れないと冗談が飛ぶ位だった。ところが、パウロが書くことになった要件仕様書を顧客に提出すべく和訳を始めてびっくり。やっぱり彼にとって英語は外国語だったのだ。多少の文法的なミスは、翻訳の過程で修正することができる。けれども、マスターしていない外国語で技術文書を書こうとすると、細かい点が正しく書けていないために和訳のしようがなかったり、どうしても彼の書く英文が稚拙になってしまったりという問題が見つかった。稚拙な表記は、内容の不十分さにもつながり、顧客要件が正確かつ詳細に記載された要件仕様書を期待していたSIの大きな失望となった。2ヶ月もかけて説明してきた顧客の要件をこの程度にしか理解していないかとSIPGKに対する不信感の原因も作ってしまった。

 

通訳は、入力された言葉をもう一つの言語に正しく置き換えて訳出するのが仕事である。その通訳に業界の専門知識やエンジニアの隠語がわかることを期待する方が無理である。架空ケーブルをバーチャルケーブル、線路設備をレールウェイマシンと訳したからと言って、誰がその訳を非難することができようか。「かくう」と入力しなければ該当する漢字さえ出てこないような単語をガクウと読み、空中に張ったケーブルだからaerial cableだと察しがつくようになるには時間がかかる。線路や網をNetworkと訳せるのはかなり通信業界を知っている通訳だ。だからこそ今回のような専門的な内容のプロジェクトにおいては、用語集の提供が必要不可欠となる。しかも用語集に掲載すべきは特別な専門用語ばかりではない。心線、局舎、引き込む、収容するなど、日本語では普段当たり前のように使っている業界用語の一つ一つを、通訳に教えなければならないのである。(プロジェクト専属通訳の養成と用語集の作成については、また別の機会に述べようと思う。)

 

そして同じ英語でもアメリカ英語とイギリス英語は異なるのだ。それは通信業界用語についても言えることだった。例えば電話局。アメリカ英語ではcentral officeだが、イギリス英語ではexchange officeと言う。日本で言うメカニカル・クロージャーはイギリスではスプライシング・クロージャーというのだそうだ。

 

バイリンガルプロジェクトには、単に英語ができればよい、通訳がいればよいでは済まされない問題が潜んでいるのだ。

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