パッチワーク化するSNS? 地域SNSの可能性
身辺で、「地域SNS」というキーワードが飛び交っている。「地域SNS」は、今はまだ小さいが、これから世間で大きく扱われるかも知れないキーワードだ。SNSは「mixi」をその代表としてここ半年くらいで広く認知されるようになったが、地域SNSはそこから現れてきたソーシャルウェアの流れの一つだ。そして、古くて新しい「地域情報化」の流れも汲んでいる。
その地域SNSに関することで、今日職場で議論していて、ここ数ヶ月うまく説明できなかったことを、ようやく言葉にすることが出来たので、記しておく。SNSの世界は「パッチワーク」になるだろうということだ。まともに説明すると長くなるので、ここでは、日本のSNSの状況を駆け足で整理し、地域SNSの特徴について説明した上で、なぜ「パッチワーク」という言葉なのかということを(主に自分のために)書いておく。少し説明が乱暴になるが、ご容赦いただきたい。
★SNS乱立時代の到来
SNSと言えばmixiと言われがちだが、最近は非常に多くのSNSが立ち上がってきている。古株のGREEは言うに及ばず。ライブドアのフレパに、相次いで発表されたYahoo! 360°、楽天広場リンクスなど大手のポータルサイトもSNSを手がけるようになってきていて騒がしいし、2ch SNSなんてのもあるらしい(残念ながらまだ使っていない)。総務省がブログ・SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)の現状分析及び将来予測なんてやっていたりして、社会的認知もかなりの水準まで来た。
SNSを使った、ポータルビジネス以外のビジネスモデルも出ている。一つは、SNSを提供するASPだ。"SNS ASP"のキーワードで検索すれば、この手のサービスの乱立ぶりがよく分かる。もう一つはSNSエンジンの販売だ。これも相当な数が出ている。ASPにせよ、SNSエンジン販売会社にせよ、それぞれが複数の顧客を持っていて、それぞれSNSを立ち上げているわけだから、ビジネスモデルになっている領域だけでも、数える気になれないほどの数のSNSがある。
その日本のSNS界に旋風を巻き起こしているのが、昨年夏に登場したOpenPNEだ。OpenPNEは手嶋屋さんが中心となって開発しているオープンソースのSNSエンジンだ。OpenPNEを使えば、UNIXサーバの管理がまともに出来るくらいの知識があれば、簡単に自前のSNSが開けてしまう。実際、OpenPNEを使ったSNSは非常に多く、例えば上で挙げた2ch SNSもOpenPNEを使っているようだ。OpenPNEプロジェクトの一ページにOpenPNEを使ったサイトが多く紹介されているが、ここで紹介されているのは一部のようで、個人や小さい組織でSNSを立ち上げるケースが非常に多くなっている。もちろん手嶋屋さんはビジネスとしてこの事業をやっているわけだが、OpenPNEが出たことで、ビジネスにならない領域でもSNSが使われ始めた。ブログは、オープンソースのMovable Typeなんかを使った個人サイトから始まって、大手ポータルサイトがブログビジネスに遅れて乗り出して行ったが、SNSではポータルビジネスから始まって、個人がちいさく立ち上げるサイトの流行へと流れてきており、流れが逆なのが面白い。ビジネスにならないSNSと言えば、OpenPNEベースの@PNEというサービスも一応紹介しておこう。@PNEは広告収入モデルの無料のSNSレンタルサービスなのだが、考えてみれば、エンジンもオープンソースのものを使っているから開発費も0だし、利用者にも無料でサービスを提供している。こんなサービスが提供されているのを見ると、SNSを作ることは、今、相当低コストになっているんだなと感じる。
SNSビジネスが盛り上がってきたところにOpenPNEの登場が重なり、今の日本はSNS乱立時代になった、と言っていいだろう。
★覇権争いの全国版SNSと、裾野を広げる専門SNS
さて、ここまで紹介してきたSNSを二つに分類してみよう。一つは囲い込みを基本戦略とするもので、これを(個人的に、全国を舞台にして覇権を争うゲームである、古き良き「信長の野望 全国版」への郷愁を込めて)「全国版SNS」と呼ぼう。もう一つは、ターゲットの絞られた人的ネットワークを支えるもので、これを「専門SNS」と呼ぶことにする。専門SNSの例としては、同人SNSのような趣味サイトや、ゲイ専用SNSといった嗜好に関するもの、医療関係者SNSのような業界でまとめたものなどがある。
囲い込みを基本とする全国版SNS同士は、競合関係にある。SNSはユーザ間のコミュニケーションを主なコンテンツとするサービスであり、数あるインターネット上のサービスの中でもユーザの滞在時間が多くなりがちだ。全国版SNS間の競合関係は強いと考えられる。一方、専門SNS同士には、必ずしも競合関係は存在しない。対象とするユーザが必ずしも同じでないからだ。(全国版SNSと専門SNSの間には一定の競合関係があると思われる)
次に、このSNS乱立時代に何が起こっているかを考えてみよう。まず、ユーザの側から見ると、今初めてSNSを始めようとするユーザは、どのサービスを使ったらいいか迷うに違いない。別の友達から別のSNSに招待されて、複数のSNSを利用している人もいるだろう。僕は地域SNSを研究の対象の一つにしていることもあって複数のSNSを利用しているが、なんというかとても……不便な感じがする。日記ひとつ書くにも、どこで何を書くか迷う状態だ。個人的な感覚では、4つか5つ以上のSNSで、同時にアクティブに活動するのは難しい。
SNS運営者の側から見ると、今、全国版SNSは大変な競争期にあって、覇権争いが繰り広げられている。これだけを見ていると、SNSはこれから淘汰の時代に向かい、一部の大手SNSを除いて、他のサイトは潰れていくように思える。ところが、それを横目に、個人や組織が、自分の持っている人的ネットワークを、自分の思うように管理したいという欲求から、小さな専門SNSを立ち上げており、これが雨後の筍のように登場している。これは全国版SNSのように互いに競合するわけではないので、淘汰の力はそんなに強くない。少数の大手SNSと、多くの専門SNSが併存するかもしれない。
★独自のモデルを提示する分散SNSエンジンaffelio
ここでSNSエンジンaffelioを紹介しておこう。affelioは、これまで紹介してきたSNSとは全く異なる世界観を提示している。これまで紹介してきたSNSでは、データベースは運営者が管理していた。違うSNSを利用するということは、運営者が違うということであり、データベースも別れているということだ。日本にある多くのSNS上に蓄積されている人的ネットワークや日記、コミュニティなどに関する情報は、分断されている。そして、ユーザの情報は運営者に委ねられている。個人情報の漏洩のリスクといった問題もあるし、なによりSNSが潰れてしまったら、そこに蓄積された情報や価値は消えてしまう。
これに対し、affelio世界では、データベースは個々人が管理している。それらのデータベースが互いに連携して、全体としてSNSを作る。情報の管理主体は、運営者からエンドユーザに移り、個人が自分の情報や他人との関係をコントロールする。もし、SNSの世界がaffelioだけでできてたら……僕が新しいSNSに入る際のプロフィールの再入力や、友達関係の再構築などの手間はなくなる。自分が使っていたSNSが潰れて、データが消えるなんてこともなくなる。何より、アーキテクチャ的にとても美しい。affelioは、SNS乱立時代が提示する問題の一部を、洗練された形で解決してくれる。(affelioにはオープンソースのバージョンがあり、誰でも自由にインストールできる)
★地域SNSの台頭
さて、ようやく、「地域SNS」の話に入ろう。地域SNSは、上記の分類で言えば専門SNSの一種で、地域をテーマとして運営されているものを指す。専門SNS全体が伸びているのと歩調を合わせる形で、地域SNSの数も急増している。少し古い資料だが、僕の仲間の庄司くんが作った地域SNSリストを見ると、4月6日時点で24の地域SNSがある。この内、昨年の10月までに出来たものは5つだけで、この半年で19の地域SNSが立ち上がってきている。……もっと言えば、実はこのリストはすでに相当古くなっていて、今では、もっと多くの地域SNSが発見されている。ごく最近まで庄司くんは全ての地域SNSの会員になり、毎日のようにそれらを巡回して、日本の地域SNSの状況のほとんどを見て回っていた。しかし今日話したところ、「もう、無理」なのだという。今後も地域SNSは勢力を伸ばしていくだろう。
★独特な機能を持つ、地域SNSの代表選手「ごろっとやっちろ」
ここで、地域SNSの特徴を説明するために、熊本県八代市役所が運営する地域密着型SNSごろっとやっちろを紹介したい。ごろっとやっちろは地域SNSの中ではもっとも登場が早く、オープンしたのは2004年10月だ。(次に2005年3月の佐賀県鳥栖市のサガン鳥栖SNS、それから2005年7月に関西ブロードバンドが運営する兵庫県のCLOVERと続く) 日本のSNSではダントツに早かったGREEとmixiが2004年2月であり、主な大手ポータルが追随したのがここ数ヶ月だということを考えると、ごろっとやっちろの登場はかなり早いと言っていいと思う。しかも、運営主体は行政だ。ちなみに、ソフトウェアは市役所職員である小林隆生さんが一人で書いたそうで、この人がとても面白いのだが、ここで詳しく触れるのはやめておく。
このごろっとやっちろのサービスが面白い。まず、かなり早い時期から地図機能を持っていた。これは地域に着目するサイトならではの発想だ。地図というメディアを媒介することで、情報は文字通り「地に足が着く」。抽象化された地図を通してでも、同じ地域の人たちはその空間をイメージできる。例えば、一度も行ったことのない駅の地図と、自分の最寄り駅の地図を見比べることを想像してもらいたい。一度も行ったことのない駅の地図はただの記号に過ぎないが、最寄り駅の地図を見ると、その駅の周辺の景色や人々が思い浮かぶだろうし、人によっては思い出が蘇る。SNSと地域と地図の組み合わせは強力で、空間のイメージや土地柄などを共有することで、SNS上のコミュニケーションをとても豊かにする(というのは、僕が科学的に実証したわけではなく、今のところ、僕にとっては経験的なものだが)。実は、地域SNSの3割が地図機能を持っている。全国版SNSや他の専門SNSには見られない傾向だ。
もうひとつ、ごろっとやっちろのサービスで印象的なのは、消防車の出動情報を共有するというものだ。誰でも、町を走る消防車の行く先が気になった経験はあるだろう。野次馬的な興味を持つ人もいるだろうが、近所での火事は知人の生死に関わるかもしれない事件だ。八代市では、消防車が出動するとごろっとやっちろを通じてその出動に関する情報が流れる。(一度など、サイレンが鳴ったが情報が流れなかったことがあって、クレームがついたことがあるということだ。)これなどは住民がリアルタイムで真剣に欲しがる地域情報の好例だろう。
ここで言いたいことは、まず地域とSNSの相性がよいということ、そして、地域のためのSNSに求められる機能やサービスは、他のSNSとは異なるということだ。
★地域SNSと地域の相性
地域SNSを「SNSの一種」という文脈で見ると、その重要性はわかりにくいかもしれない。だが、「地域情報化のためのメディア」という文脈で見ると、これまでのインターネットアプリケーションとはひと味違う。昔はよく、インターネットを使えば空間と時間を飛び越えることができる、などと言われていた。これは、裏から見れば、空間と時間を共有することで得られるメリットを薄めるということに他ならない。インターネットが普及することで、山奥の村からでも都会と同じようにユニクロのジーンズが買える。その一方で、地域の店へ落ちるはずのお金は東京に吸い取られ、地域の中でのコミュニケーションは減っていく。
このように、地域情報化という文脈では、インターネットは地域を豊かにするのではないかと期待されながら、多くの例外事例はあるものの、大きな絵の中で見ればこの期待は裏切られてきた。地域SNSはこれを逆転させる可能性がある。地域SNSにユーザが滞在することで地縁は強化され、地図上に情報が蓄積されていくことで、その地域の魅力は高まる。そして、ユーザの間で、その地域に対するイメージが共有される。
僕が所属するGLOCOMの丸田さん、そして鈴木謙介くんは、地域SNSは、住民たちが多くの地域から消えかけている「地域イメージ」を再創造する地域メディアの一種だと論じる。その当否は地域SNSの歴史が浅いこともあってはっきりしない。しかし、身内びいきかもしれないが、当たっているような気もする。そうなれば、地域情報化という文脈の中で、地域SNSは特別な意味を持つようになるだろう。
地域SNSの意義については本来もっと文言を費やすべきだが、ここでは最後に「SNSのアライアンス」と「パッチワーク」についてまとめて終わりにしよう。
★SNSのアライアンスの可能性
地域SNS関係者の一部で、SNSのアライアンスに関する議論が行われている。実のところ、地域SNS関係者の間でもアライアンスの必要性については疑問視する向きもあるのだが、僕は必ずアライアンスが起こると思っている。起こると言うより、ごく内輪向けのSNSを別にすれば、一定以上の規模を目指すSNSは、アライアンスなしでは生き残れないのではないかと思う。(ところで、SNSのアライアンスというのは曖昧な言葉だ。ここでは狭めの定義として、複数のSNSが何らかの形で技術的に連携し、互いのデータベースに蓄積されている情報を利用したり、互いの利用者がコミュニケーションしたりできるようにする仕組みについて議論することにする)
上でも述べたように、利用者が複数のSNSを使いこなすのには限度がある。これはトータルで割ける滞在時間が限られているからであり、利便性の問題でもある。SNSはその名の通り人の「ネットワーク」をコンテンツに変換する装置だから、基本的にはユーザが多くネットワークが大きいほど有利だ。だから、早い方、大きい方が勝つ。
例えば横浜と川崎の中間に住んでいる人にとって、横浜SNSと川崎SNSが別れていることに意味があるだろうか。出張先でうどん屋さんを探すとき、その地域に蓄積されているSNSの情報を使えたら便利だろう。日本のSNS界はすごい勢いで多様化・分散化を進めており、全体としての利用者は増えているのに、情報は分散傾向にある。利用者の利便性を考えれば、普段滞在しているSNSで、できるだけ多くリソースが得られる方がいいに決まっている。普通にこう考えれば、規模の大きなSNSが勝つだろうと思える。しかし、アライアンスが起こればわからない。もし多くのSNSがアライアンスに参加すれば、情報の蓄積の差やユーザの多少による有利不利は大幅に小さくなるだろう。1年後、2年後の日本のSNS界を想像したとき、そこにはどういう世界が広がっているだろうか。
SNSの分類を見るとき、全国版SNS同士はアライアンスをするメリットを見いだせない。囲い込みが基本戦略だからだ。だが、専門SNS同士、あるいは専門SNSと一部の全国版SNSの組み合わせであれば話は別だ。全国版SNS同士の場合に比べれば、競合関係ははるかに弱いので、アライアンスのメリットを検討する余地が生まれる。特に地域SNS同士は相性がいい。医療関係者SNSと学校教員SNSをつなげても重なる部分は少ないが、地域は互いにつながり合って全体を作るから、アライアンスに向いている。
★パッチワーク化するSNS?
最後に「パッチワーク」についてまとめる。
上では「一番大きいところが一人勝ちする」というシナリオから逃れるためのSNSアライアンスについて述べた。しかし、「なぜSNSアライアンスの方が、大きな一つのSNSよりもいいのか」ということは説明されていない。SNSアライアンスよりも、mixiが地図機能もなにもかも併せ持って、全てのユーザを引き受ける方が単純だ。
SNSアライアンスによって実現される世界をパッチワークに例えよう。最初から一枚の布なのではなく、たくさんの端布が繋がって一枚の布になるのがパッチワークだ。一枚一枚の端布は色も材質も違うものが、つながり合って全体を作る。
なぜパッチワークの方がいいかと言えば、ところ変われば欲しいものが変わるからだ。なぜOpenPNEがSNS界を席巻しているのか、ごろっとやっちろで新機能が導入され独自のサービスが始まったか。多くの人が、自分で設計し、管理できる空間を欲していて、実際に行動に移した結果だろうと思う。その理由はセキュリティの問題かもしれないし、新サービスを企画して始めたい、ということかも知れない。メンバーシップの方針を決めたい場合もあるだろう。先に述べたように、地域SNSが持つべき機能は、他のSNSとは少し違う。ここでは説明しなかったが、実は地域SNSの中でも運営方針などにかなりの違いがある。それぞれの事情に応じて、SNS空間を作りたいと思う人がたくさんいる。
自由に小さなSNS空間(端布)を作りたいという欲求が一方にあり、もう一方には全体をつなぎ合わせたいという欲求がある。この二つの欲求の間に、SNSアライアンス(パッチワーク)があるというのが僕の考えだ。そして、それをはじめに実現するのが地域SNS同士のアライアンスなのではないかと思う。
とっても長くなってしまいました。