オルタナティブ・ブログ > 開米のリアリスト思考室 >

「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

原子力論考(55)DNAの切断は修復されます(「原発のウソ」の印象操作論法へのツッコミその2)

»
 本業は文書化能力向上コンサルタントながら、余技で原子力論考を書いている開米瑞浩です。

 よく売れているらしいトンデモ本 "図解 原発のウソ: 小出 裕章" http://www.amazon.co.jp/DP /4594065708

へのツッコミシリーズその2です。 (その1についてはこちら→都合が良い数字のみ使う

 今回も「書かない」ことで印象操作をする方法の一例ですが、数字だけではないのでその1とは別にしました。
 同書p.46、「DNAの結びつきを破壊する放射線の巨大なエネルギー」というパートに次のような記述があります。



 左側の太線の流れが「原発のウソ」でのロジックで、最終的に「放射線は微量でも恐ろしい」という印象を与えるように構成されています。
 一方それにツッコミを入れたのが右側の(a)と(b)です。

 (a)のほうは話が簡単で、放射線のエネルギーを体温と比べることには何の意味もない、でケリがつきます。こういう、一見意味ありげな数字を出すのは印象操作の基本テクニックの1つです。たとえば同書には「広島原爆の168.5倍のセシウムが放出された」のような記述もありますが、「168.5倍っておまえどうやって有効数字4桁も出したんだよ?」と、普通の科学者ならそこで既に疑問を呈するところです。実際には有効数字2桁も怪しいので、「150倍以上」あるいは「200倍弱」と書くのが妥当なところですが、

    細かい数字を出すと正確な情報のように見える

 というのが人間の陥りがちな認知バイアスの1つとして知られていて、広告業界は以前からこのテクニックを多用しています(参考→「細かい数字まで明確に書いたほうが、さらに信頼感が増す」 「多い数量を表すのであれば具体的な数字、半端な数字をあえて使う(pdf)」 )

 1000分の1、というのは「半端」ではありませんが、「具体的」な数字です。何の意味もないものを比較することで数字を出すことができ、数字があることで信用してしまう人を引っかけることが出来るわけです。こういうことをする人物は、とても学者として信用がおける人間ではありません。

 次に(b)のほうですが、

    DNAの塩基結合エネルギー 数eV(エレクトロンボルト)
    放射線のエネルギー 661000eV (セシウム137が崩壊系列中で発するガンマ線)

 と、こんな数字を見ると「うわ・・・」と思うかもしれませんが、これも「関係ないものを比較している」トリックの1つです。

 小出氏が書いていない「放射線が健康に悪影響を及ぼす仕組み」を簡単に書くと次のようになります。



 (1) 生物の身体に放射線が当たると、あるいは (2)放射線以外の要因によって (3)活性酸素が生成されると、それが (4)DNA切断を引き起こします。

 現実には放射線が直接 (4)DNA切断 を起こすことは少なく、ほとんどは活性酸素を経由して間接的に影響が出る [i] [v] (直接:間接比率は約1:3)のですが、小出氏はそれを書いていません。書くと、「放射線のエネルギーがいくら大きくてもそれって関係ないよね? いったん活性酸素になるんだから・・・」という印象を与えるからでしょう。

 実際には「活性酸素」というのは放射線以外の要因で毎日大量に生成されていて、それによるDNA切断も日常的に起きている、少しも珍しくない現象です。これはDNAが二本とも切れる二重鎖切断も含めてです [ii] [v]。
 そのため、生物はそれに対応する仕組みをもともと持っていて、「DNA切断」が起きても基本的には修復されます [ii] [v]。

 (5)修復成功 すればそれで問題はありません。

 たとえ (6)修復失敗 したとしても、ほとんどの場合は (7)単にその細胞が死ぬだけ で、新しい細胞に入れ替わるため問題は起きません。

  問題が起きるのは、短時間に高線量を浴びて (8)幹細胞での分裂抑制または細胞死が大量に起きた場合 です[iii]。「幹細胞」というのは、新しい細 胞を作る元になる細胞のことで、これが分裂を止めると新しい細胞が供給されなくなり、(9)急性放射線障害(確定的影響)を起こします。(JCOの臨界事 故による2名の死亡事例がその例)

 あるいは、修復失敗によって(10)遺伝子に変異が残り、それが(11)多段階の発がん過程を経る間に免疫機構がそれを止められないと(12)がん化(確率的影響)として現れます[iv]。

 小出氏は「放射線の巨大なエネルギー」を「DNAの塩基結合エネルギー」と比較することで(1) → (4) が直結するような印象を与えています。
 しかし実際には (1)→(3)→(4)のほうが大きく、しかも (3)活性酸素 は日常的に通常の生活を通じて生成される量がきわめて多いので、よほど大量の放射線を浴びない限り人体のDNA修復・アポトーシス・免疫の働きで修復または除去されてしまいます。

 さらに修復失敗したとしても通常は一部の細胞が死ぬだけで何の問題も起きないこと、発がんするにしても人体がもともと持っている多段階のがん抑制メカニズムで多くの場合は抑え込まれること・・・・を小出氏はまったく書かないわけです。

 こういう、重要な事実を書かずに危険を煽る論法を反原発の活動家はよく使います
 ご注意ご注意、というところですね。


[i] 科学雑誌ニュートン-【放射線】どんな種類がある? 人体への影響は?
"放射線が直接,生体分子を傷つける場合もあるが,間接的な影響の方が一般的には大きいという。放射線が水分子を分解し,「活性酸素」を生じさせ,この活性酸素が生体分子を傷つけるのだ"

[ii] 放射線でできる二重鎖切断はどうなるのでしょうか? :放射線診療への疑問にお答えします
活性酸素によるDNA損傷の頻度は細胞一つあたり一日1E+6の程度にも達する膨大なもので、その中で二重鎖切断が起こる確率は小さいが、DNAの損傷頻度そのものが大きいので、細胞の10個に1つは、ある一日で二重鎖切断が生じると考えられておる。
それに比べて、日常の自然放射線レベルだと細胞1万個に1つに放射線に由来した二重鎖切断が生じておると考えられる

[iii] 放射線の消化器官への影響 (09-02-04-05) - ATOMICA -

[iv] 「放射線の影響がわかる本」 第4章 がんはどのようにしてできるか (pdf)

[v] 放射能とDNA損傷

■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
Comment(1)