オルタナティブ・ブログ > 開米のリアリスト思考室 >

「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

原子力論考(123)真実は書かれていないところに存在する・・・いろいろな意味で

»

P2285795.jpg

ドキュメント・コンサルタントの開米です。昨日、パワーポイントで400ページぐらいの提案書の構成を整える、という大仕事を1本終えて気分良くのんびりしていたところ、妙な記事を見つけたので思わず長々と調べてしまいました。

そこで、少し前に鎌倉の鶴岡八幡宮境内の牡丹園で撮ったぼたんの花でも見ていただきながら、某ジャーナリストの記事を検証することにしましょう。

「某ジャーナリストの記事」というのは、具体的にはこの2件です。

記事(1):住民3万人の健康被害を20年追跡した疫学者 スリーマイルが教えるフクシマの未来(その11):JBpress(日本ビジネスプレス)  2014.02.20

記事(2):不気味に増加していた「リンパ・造血細胞がん」「乳がん」 スリーマイルが教えるフクシマの未来(その12):JBpress(日本ビジネスプレス)  2014.03.07

著者は烏賀陽弘道、元朝日新聞記者。

2個目の記事タイトルがいかにも注意を引きますし、実際、記事の facebook いいね!数やツイート数を見てもハッキリ2個目のほうがシェア数が多くなっています。

スリーマイルというのは1979年にアメリカで起きたスリーマイル島(Three Mile Island, 略称TMI)原発事故のこと。その「スリーマイルが教えるフクシマの未来」は、いったい何だというのか。
"不気味に増加していた「リンパ・造血細胞がん」「乳がん」"・・・というタイトルを見れば、それが福島でも起きる、という警告の意味に受け取るのは当然でしょう。

著者は記事(1)の冒頭で、この両記事は「TMI原発事故の健康被害を20年間追跡調査しているピッツバーグ大学公衆衛生大学院の疫学者、エブリン・タルボット教授のインタビュー」を元にしたものだと書いています。インタビューをいつ行ったのかは書かれていませんが、記事(1)の2ページ目の会話から推測すると2013年と思われます。

そして記事(2)の中で著者はこんな見解を書いています。

【主張1】
20年間の調査結果は2003年に発表された。それによると、ガンマ線被曝最大値が上昇すると、リンパ細胞・造血細胞がんの発生率も大きく上昇する。女性では乳がんの死亡率上昇が認められるなど、一部のがんと被曝量の間に関係があることが統計上分かってきた

(中略)

【主張2】
 ピッツバーグ大学調査が言っていることを分かりやすく言い直すとこうだ。
 「全ての病気、すべての期間を貫くような原発事故の健康への影響は見つけられなかった」
 「だがリンパ・造血細胞がんと乳がんは事故の影響であるという可能性を否定できない」
 言い方が回りくどいのだが、これは本来はショッキングな内容である。というのは、1979年の事故直後、州政府は「原発事故で出た放射性物質では、健康被害は考えられない」と断言していた。それが、20年を経て「だがリンパ・造血細胞がんと乳がんは事故の影響であるという可能性を否定できない」と見解を修正しているのだ

 と、これを読んで「やっぱり被害があったんだ!」と思ってしまう人が多かったことでしょう。しかし、記事(1)(2)をよく読むと、妙に不自然な書き方をしていることに気がつきます。

■疑問1:タルボット教授の直接の発言を書いていない

著者は2013年にタルボット教授に「インタビュー」に行ったわけです。当然、本人に直接質問できたはずです。であれば、こんなやりとりがあってもおかしくありません。

著者:TMI原発事故では結局のところ健康被害は発生したのでしょうか?
教授:リンパ・造血細胞がんと乳がんは事故の影響であるという可能性は否定できません

もしこんな会話があったのなら、著者はまちがいなくそう書いたことでしょう。記事(1)では著者は単なる事実の確認をしているだけのどうでもいい会話で1ページ使っているぐらいです。こういう重大な発言がもしあったのなら、それを証言として載せないわけがない。

しかし、載っていません。代わりに、記事(2)の中で、「ピッツバーグ大学調査が言っていることを分かりやすく言い直すとこうだ」と前置きをつけて、自分の解釈を書いています。
要するに主張1,2は著者の主張であって、タルボット教授の発言ではない、と思われます。

というのには傍証があります。それが疑問2です。

■疑問2:タルボット教授の2本目の論文への言及がない

著者は記事(2)の末尾でタルボット教授の論文
【論文1】
Long-term follow-up of the residents of the Three Mile Island accident area: 1979-1998
を引用したことを明らかにしています。これはタルボット教授が筆頭著者となって2003年に書かれたものです。本人に取材し、論文も参照して書いた良質の記事、のように見えますが、どういうわけかそのタルボット教授も参加して、同じテーマで2011年に書いた次の論文については触れられていません。
【論文2】
Cancer incidence among residents of the Three Mile Island accident area: 1982-1995
2013年のインタビューで、2011年の論文に触れない、というのはおかしな話です。あまりにも疑問だったので読んでみました。

■論文1のAbstract より引用
Although the surveillance within the TMI cohort provides no consistent evidence that radioactivity released during the nuclear accident has had a significant impact on the overall mortality experience of these residents, several elevations persist, and certain potential dose-response relationships cannot be definitively excluded.
(TMI原発事故によって放出された放射性物質が住民の死亡数に有意な影響を与えたというエビデンスはないが、いくつかの疾患については放射線被曝との関係を完全に否定することはできない)

■論文2の Abstract より引用
Increased cancer risks from low-level radiation exposure within the TMI cohort were small and mostly statistically non-significant. However, additional follow-up on this population is warranted, especially to explore the increased risk of leukemia found in men.
(TMI原発事故にともなう放射線被曝による発がんの増加リスクは低く、統計的に有意な差は出ないであろう。しかしこの調査は継続されるべきであり、特に男性の白血病の増加リスクは注視すべきである)

どういうことかというと、論文1を根拠に著者が書いた「ガンマ線被曝最大値が上昇すると、リンパ細胞・造血細胞がんの発生率も大きく上昇する。女性では乳がんの死亡率上昇が認められる」という主張1の大半が、論文2では撤回されているわけです。「造血細胞がん」つまり白血病についてのみ、それも男性についてのみ、「今後も注視」とあるだけで、それ以外はもはや言及されていません。

ということは、論文2では結局「TMI事故での健康被害は確認されていない」という従来通りの知見に落ち着いたわけですね。

しかも、タルボット教授は論文1では筆頭著者になっていますが、論文2では筆頭どころか第2,第3ですらなく、4人目(末尾)にやっと名前が出てくるという扱いです。従来知見とは違う報告を書けそうだった論文1には力を入れたけれども、空振りに終わったことがわかったので論文2はもうやる気がなくなった・・・のでしょうか。まあこれは邪推でしかありませんし、たとえ本当であったとしても批判されるようなことではまったくありませんが。

ここまで来れば、著者がタルボット教授の発言を書かず(疑問1)、論文2も引用していない(疑問2)のどちらも理由の見当がつきますね。

要するに、スリーマイルでも健康被害が起きたことにしたい、という目論見にとって都合が悪かったのでしょう。

それ以外に合理的な説明があるなら、ぜひ教えて欲しいものです。

■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ

Comment(0)