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「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

原子力論考(27)発電用原子炉のプルトニウムで原爆は作れません

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 原子力問題については、まったく事実無根の情報が一人歩きしているケースが多く、しかもそれを自信たっぷりに流布しているのがプロのジャーナリストという、影響力の強い人物だったりするので始末に困ります。

 この原子力論考シリーズではあまり細かなデマの訂正はいちいちしてきませんでしたが、あまりにもそういう「自信たっぷりに虚偽情報を流布するジャーナリスト」が目立つので、これからはミスリードに使われやすいネタは潰していくことにします。それも私の使命の1つであろうと思いますので。

 というわけで表題です。発電用原子炉のプルトニウムで原爆は作れません(*1,2)、という話。
 これを書こうと考えたのは、昨日、11月5日にあるジャーナリストがtwitter上でこんな発言をしていたからです。

「いま日本にある原発でウラン燃料が燃えた使用済み核燃料からプルトニウムが取れる」
「原子炉から出たプルトニウムでつくった原子爆弾が、長崎を1945年8月9日に破壊したファットマンである」
という事実はずっと日本で過小評価されている。

 誰がこの発言をしたかはここでは書きませんが、検索すればすぐ分かります。興味のある方は探してみて、その当人の関連発言を含めて一次ソースを検証してみてください。

 まあ本当のところは発言者が誰かというのは些細な問題です。こういう「原発の真の目的は原爆開発だ!」論は根強くあって、反原発論の1つの定番みたいなものです。昨日twitterで書いたジャーナリストに限らず、同じことを根拠に「だから原発はやめよう!」と主張する論者はいくらでもいます。ロジックとしてはこんな流れになるんですね。



 論点1から4まで順番に、推進側の主張への反論の材料として(X)(Y)(Z)(W)が出てくるわけです。

 今回のテーマは論点4に関する(W)の主張です。これは単純に事実誤認であり、科学的に成り立ちません。高速増殖炉への反対意見として(W)を持ち出すならまだわかりますが、日本で採用されている発電用軽水炉については(W)は完全なるデマです。

 この件についてはちゃんとこういうところで説明されてるんですけどねえ・・・
 ↓
原子力発電所のプルトニウムで核兵器がつくれるか (原子力教育支援情報提供サイト あとみん)

 こういった情報が広まれば、前述のようなデマに振り回される人も減るはずですから、当ブログでも書いておくことにしました。

 まずは原爆製造に関する基礎知識。原子爆弾の材料はウランとプルトニウムの2種類がありますが、ウラン型原爆を作るためには、天然ウラン中には0.7%しか含まれないウラン235を90%以上に濃縮する必要があります(*1,2)。このためには莫大なエネルギーと大きな施設が必要で、極秘に行うのは非常に困難です。
 原子力発電所に使われている「軽水炉用ウラン」の濃縮度は3~5%程度で、この濃度では核爆発は原理的に起こりようがありません。(にもかかわらず、福島第一の3号機で起こったのが「核爆発だった」というミスリードを誘うような発言をしていた学者もいましたが)。



 一方、プルトニウム型原爆の場合は、核分裂しにくいウラン238 (U238) に中性子を照射するとできるプルトニウム239 (Pu239) を使います。ところがこのPu239 は、さらに中性子照射を続けるとPu240(またはPu241, Pu242 など)に変わってしまいます(*2)。
 原爆材料に使えるのはPu239だけなので、239以外のプルトニウムが混じると分離しなければなりません。ウランとプルトニウムの分離であれば、化学的性質の違いを利用して簡単にできますが、プルトニウムの同位体どうしの分離となると、ウランの濃縮と同じ困難にぶつかる・・・というよりはウラン濃縮よりもさらに難しくなります(質量差が小さいため)。
 日本で発電に使われている軽水炉から生成される使用済み核燃料はこの「Pu240が多く混ざった状態」のプルトニウム(*2)なので、「原子力発電所からできるプルトニウムを使って原爆を作る」のは現実には不可能なんですね。
 (2012.1.3 追記:もっとも、正確に言うと、発電用軽水炉でも、運転期間を短縮して「Pu239→Pu240への反応が進んでいないうちに」核燃料を取り出して再処理すれば、原爆製造可能なレベルのプルトニウムが得られます。が、それは原発の経済性を大きく損ないますし、NPT条約による核物質量の管理体制下で監視をごまかして行うのはまず不可能。たとえそれが出来たとしても実際に原爆を製造して戦力化するためには、何度も核実験を行い、運搬手段を開発し、さらに核兵器の保持を前提とする安全保障戦略を組み立てなければならず、現下の国内外の政治状況を考えれば「パラレルワールドの超戦記物」みたいな話でしかありません)



 昨日の某ジャーナリストの発言をもう一度見てみましょう。

「いま日本にある原発でウラン燃料が燃えた使用済み核燃料からプルトニウムが取れる」
「原子炉から出たプルトニウムでつくった原子爆弾が、長崎を1945年8月9日に破壊したファットマンである」
という事実はずっと日本で過小評価されている。

 は、一言にまとめると「日本の原発の使用済み核燃料で原爆が作れる」という印象を与えますね。おそらくそれを狙って書かれたのでしょう。が、これは科学的に間違いであり、事実無根です。

   (1) 日本の原発の使用済み核燃料からプルトニウムが取れる
   (2) 長崎に落ちた原爆は原子炉から出たプルトニウムで作られたもの


 ↑という2点はそれぞれ事実ですが、これをつなぎ合わせたときにうける印象「原発の使用済み核燃料から原爆が作れる」というのは間違いです。

 なぜこういうことが起きるかというと、(1)(2)がそれぞれ、「嘘は言っていないけれど正確な事実も語っていない」という種類の情報だからです。(1)(2)をそれぞれ正確に言い直し、さらに関連情報を付け足すとこうなります。

 (1) 日本の原発で使われている軽水型原子炉の使用済み核燃料からはプルトニウムが取れるが、原爆に使用可能なプルトニウム239の比率は低い
 (2) 長崎に落ちた原爆は、黒鉛型原子炉から出た高純度のプルトニウム239で作られたものである
 (3) プルトニウム239をプルトニウム240その他の同位体から分離濃縮するのは、ウラン235の濃縮以上に困難である
 (4) ただし現在の軽水型原子炉でも、運転期間を短縮すれば高純度のPu239を取り出すことは技術的に可能だが、NPT条約体制をかいくぐって秘密に行い戦力化することは、技術的にも政治的にも不可能
 (第4項は 2012.1.3 追記)

 「嘘は言っていないけれど正確な事実も語っていない」情報の断片を継ぎ合わせて、ある種のミスリードを誘うのは、デマゴーグの使う典型的な手法。こういうものに振り回されないためには、正確な事実を把握する習慣が大事です。

 もちろん、「正確な事実」を把握するためにはそれなりの専門知識が必要なので、自分の専門外の領域については難しいですね。でも、自分では出来ないとしても、それをやっている誰かを見つけて判断の参考にすることはできます。

 人が情報を扱うときの基本姿勢というのはそう簡単には変わりません。自分の主張を広めるために、「嘘は言っていないが正確な事実も語っていない」断片を継ぎ合わせてミスリードを誘う手法を使う人間は、同じやり口を何度も何度も使うものです。だから、継続して見ていればわかります。

 ある人がそういうタイプなのかどうか? 事実に立脚して主張をするタイプか、それとも主張に都合の良い事実をつまみぐいするタイプなのかは、その人の主張の信頼性を左右する大きな要因です。自分では判断ができない分野については、代わりに「信頼が置ける誰か」を探しておきたいものです。原子力問題のように、国の盛衰を大きく左右する問題については特にそれが重要ですから。

【1】
核兵器用のプルトニウムと高濃縮ウランの原子炉への転用 (07-02-01-08)

【2】
プルトニウム核種の生成 (04-09-01-01)

【3】
混合酸化物(MOX)燃料とその軽水炉への利用 (04-09-02-03)
表2 核兵器級と原子炉級プルトニウム同位体重量比の例

【4】
濃縮ウラン (04-05-01-01)
ウラン濃縮法 (04-05-01-02)
原子炉型別ウラン燃料 (04-06-01-03)


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