原子力論考(2) 実際のところ、放射線はどれぐらい危険なの?
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こんにちは、知識構造化オタクこと開米瑞浩の原子力論考、2本目です。
実は、(1)を書いた後、「そこに書かれている内容自体はその通りだと思うが、だからといって原子力は必要、という結論はまだ出せないと思う。もっと論証が必要なのでは?」という感想をある人からいただきました。
実際、(1)の中ではたとえば安全性についてはまったく書いていませんので、そう思われるのはもっともです。というわけで、「実際のところ、放射線はどれぐらい危険なの?」というテーマで書くことにしましょう。
(余談ですが、正直言って、原子力に関わる議論をしようとすると本当に書かなきゃならないことが多すぎて大変です。長くなるのはわかってるのでこの話は最初からシリーズものとして番号つきで書いてますが、まともに全部書こうとすると優に新書10冊分ぐらいにはなります。そんなものを一気に全部書く余裕はありませんし、書いても誰も読まないでしょう。だから各回ごとに小テーマを設定して、それだけを書いています。何か気になることがあれば、(1)への感想をくれた方のように何らかの形でコメントをください)
さて本題の「放射線はどれぐらい危険か?」という話題です。
前回の自己紹介でも書いたように私の本職は原子力や医療とは何の関係もありませんので、専門家のレポートを引いてきましょう。
まずは、チェルノブイリの事故後20年間の追跡調査結果に関する国連科学委員会への報告です。
国連科学委員会報告2008チェルノブイリ事故の放射線の健康影響について
http://www.ncc.go.jp/jp/information/pdf/shiryo1.pdf
(リンク先サイトは国立がんセンターです)
全部で11ページありますが、最終ページの「総括(4)」を見てみましょう。
原文を少し読みやすく整理するとこうなります。
これを初めて見たときは、「え・・・本当に?」と信じられなかったものです。
「大部分の住人については、健康問題の恐れはない」・・・チェルノブイリで、ですか?
私が昔聞いていた、放射線の危険性に関する知識とはずいぶん違います。
本当かよ? と。
しかしこれは国連科学委員会の公式報告です。国連科学委員会は原子力推進派で、都合の悪いデータを隠蔽している、ということでしょうか? それはかなり筋の悪い発想なので私はこの考えは早々に捨てました。
それでも、「青少年期における放射性ヨウ素への曝露が甲状腺がんを増加させる」というのは事実と認定されているので、危険性がある、のは確かです。
問題はそれがどの程度の量で効いてくるのか。
同資料の4ページに、住民の甲状腺放射線量のデータがあります。これは甲状腺への内部被曝のみのデータです。
平均の甲状腺等価線量が避難民で490mSv、汚染地帯住民で102mSv。人数がそれぞれ11万5千 と 640万ですから、合計でざっと650万人。少なくとも2割は18歳以下でしょうから、青少年は約150万人。ここから約6000例の甲状腺がんがあり、2005年までにそのうち15名が死亡。発症率は約0.5%程度、発症者の中での死亡率は0.25%程度です。
ただしこれは2005年までに判明した数ということですので、これ以後に発生する晩発性障害のことはわかりません。
それにしても、平均値で490mSvとか102mSvというのはかなり高い数値です。ただしこの数字は内部被曝なので、現在「計画的避難区域」の線引きに使われている20mSv/年という基準とは同列に比較できません。
比較するとしたら、原子力安全委員会がSPEEDIにより内部被曝線量のシミュレーションをした結果があります。
SPEEDIによる積算線量の試算結果
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/index.html
3月12日午前6時から3月24日午前0時までの積算線量
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/0312-0324_in.pdf
この試算は「1歳児が1日中屋外にいる」という非常に厳しい条件を仮定して、甲状腺への等価線量を計算したもので、これで3月12日~3月24日までの積算線量を見ると、100mSvというラインが北は30kmを越える川俣町、飯舘村、南相馬市から南は広野町、いわき市の一部へと広がっています。
ただしこれは「1歳児が12日から24日まで、250時間以上連続して屋外にいる」というありえない仮定ですから、現実的にはこれの1/4~1/10程度になります。したがって、福島の事故では100mSv以上になるのは現実的には原発の周囲10km以内の一部です。
チェルノブイリの場合は青少年期の子供150万人が平均して100mSv以上の甲状腺内部被曝をした中での発症率が約0.5%ですから、おそらく実際には平均より一ケタ以上高い被曝をした集団に発症が集中していて、平均値付近ではこれよりも少ないと考えるのが自然です。(が、これを実証するデータを私は知りません。ご存じの方は教えてください)
また、チェルノブイリでは当初事故発生が隠蔽され、適切な対策が取られなかったのに対して、福島では(不十分だ! という批判はあるものの)屋内退避・避難の指示や食品の放射線計測・出荷規制等が行われています。
とはいえ、
<疑問点>
そのシミュレーションは呼吸によるもので、食品経由の被曝は入ってない
シミュレーションが現実に合っているとは限らない
そもそも政府発表なんか信用できない
といった疑問はあることでしょう。この記事ではそこまで詳しく論述する余裕がありませんが、そういった疑問や不信の思いがあることは承知しています。
実際のところ、たとえば
空間放射線量が積算で20mSv/年に達する地域を計画的避難区域とする
という政府の方針について、それが厳しいとか甘いと評価をするためには、前述の「疑問点」のような観点も加えて考えなければなりません。
ここで、大事なこととして言っておきたいのは、
どんな意見であれ、その意見に至った判断の根拠をたどって
自分で考えてみるクセをつける
ということです。
「放射能は危険だ」という論者は大勢います。
一方で、「世間に思われているほど危険ではない」という論者も数は少ないながらいます。
では、どちらを信用するのか?
「私は危険な気がするから、危険だと言ってくれる人を信用します」
・・・というのだけはやめましょう。これを感情的な判断と言います。感情的な判断をしていると、事実に気がつくのがどうしても遅れます。
人間はどうしても間違えるものです。「これは科学的な事実です」という科学者の発言だって数十年どころか数年でひっくり返ることはよくあります。それが科学の発展の歴史ですから。
「危険だ」という人の話を聞くときも、「安全だ」という人の話を聞くときも、いずれにしてもその根拠を一度は自分で確かめてみましょう。
そうは言っても理系の話はよくわからない、という場合は、それをわかるように説明してくれる人を探しましょう。ただし、科学的な話題を「本当にわかるように」説明すると、見かけ上はわかりにくく見えるので注意が必要ですがこの話はまた別途書きます。
繰り返しますが、大事なのは「たとえ今すぐは理解できなくてもいいから、根拠をたどって自分で考えようとするクセをつける」ことです。「考えてもわからない」でもかまいません。でも、それをやろうと少しでも努力をしない限りは、永遠に他人の判断に依存しなければならなくなります。
私はそれをした結果、「一般に思われているほど、放射線は危険ではない」と考えるようになりました。
今回書いたチェルノブイリに関する調査報告はその根拠のごく一部です。
ごく一部だけでも大変な量なので、全部まともに書くと新書の10冊では効きません。
が、私のような原子力にも医療についても非専門家、ただし「読み書き考える力」の育成についてはプロ、という人間が書くからこそ役に立つこともあることでしょう。
ですからこの話は引き続き書きます。「安全性」の話だけでもまだ何回か書かなければいけませんので。
では、また。
(注)なぜ私が本業とは違う原子力論考にずいぶん力を入れて書いているのか、という意図については前回の文末をご覧ください。
(6/17)毎回タイトルを変えて書くことにしたので、タイトルに「part.1」とつけていた番号を削りました。
<関連資料>
国連科学委員会報告2008チェルノブイリ事故の放射線の健康影響について
http://www.ncc.go.jp/jp/information/pdf/shiryo1.pdf
SPEEDIによる積算線量の試算結果
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/index.html
3月12日午前6時から3月24日午前0時までの積算線量
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/0312-0324_in.pdf
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
実は、(1)を書いた後、「そこに書かれている内容自体はその通りだと思うが、だからといって原子力は必要、という結論はまだ出せないと思う。もっと論証が必要なのでは?」という感想をある人からいただきました。
実際、(1)の中ではたとえば安全性についてはまったく書いていませんので、そう思われるのはもっともです。というわけで、「実際のところ、放射線はどれぐらい危険なの?」というテーマで書くことにしましょう。
(余談ですが、正直言って、原子力に関わる議論をしようとすると本当に書かなきゃならないことが多すぎて大変です。長くなるのはわかってるのでこの話は最初からシリーズものとして番号つきで書いてますが、まともに全部書こうとすると優に新書10冊分ぐらいにはなります。そんなものを一気に全部書く余裕はありませんし、書いても誰も読まないでしょう。だから各回ごとに小テーマを設定して、それだけを書いています。何か気になることがあれば、(1)への感想をくれた方のように何らかの形でコメントをください)
さて本題の「放射線はどれぐらい危険か?」という話題です。
前回の自己紹介でも書いたように私の本職は原子力や医療とは何の関係もありませんので、専門家のレポートを引いてきましょう。
まずは、チェルノブイリの事故後20年間の追跡調査結果に関する国連科学委員会への報告です。
国連科学委員会報告2008チェルノブイリ事故の放射線の健康影響について
http://www.ncc.go.jp/jp/information/pdf/shiryo1.pdf
(リンク先サイトは国立がんセンターです)
全部で11ページありますが、最終ページの「総括(4)」を見てみましょう。
原文を少し読みやすく整理するとこうなります。
20年の追跡研究の結果、判明した事実
以下の条件に当てはまる場合は有意な健康リスクがある。
青少年期における放射性ヨウ素への曝露(甲状腺がんの発症リスク増加)
原発の封じ込め作業に従事した作業員のうち、高線量を浴びたもの
しかしそれ以外の大部分の住人については、汚染地域に住む者も含めて健康問題の恐れはない。生活はチェルノブイリにより阻害されたが、健康問題に関する展望は明るいものである。
これを初めて見たときは、「え・・・本当に?」と信じられなかったものです。
「大部分の住人については、健康問題の恐れはない」・・・チェルノブイリで、ですか?
私が昔聞いていた、放射線の危険性に関する知識とはずいぶん違います。
本当かよ? と。
しかしこれは国連科学委員会の公式報告です。国連科学委員会は原子力推進派で、都合の悪いデータを隠蔽している、ということでしょうか? それはかなり筋の悪い発想なので私はこの考えは早々に捨てました。
それでも、「青少年期における放射性ヨウ素への曝露が甲状腺がんを増加させる」というのは事実と認定されているので、危険性がある、のは確かです。
問題はそれがどの程度の量で効いてくるのか。
同資料の4ページに、住民の甲状腺放射線量のデータがあります。これは甲状腺への内部被曝のみのデータです。
平均の甲状腺等価線量が避難民で490mSv、汚染地帯住民で102mSv。人数がそれぞれ11万5千 と 640万ですから、合計でざっと650万人。少なくとも2割は18歳以下でしょうから、青少年は約150万人。ここから約6000例の甲状腺がんがあり、2005年までにそのうち15名が死亡。発症率は約0.5%程度、発症者の中での死亡率は0.25%程度です。
ただしこれは2005年までに判明した数ということですので、これ以後に発生する晩発性障害のことはわかりません。
それにしても、平均値で490mSvとか102mSvというのはかなり高い数値です。ただしこの数字は内部被曝なので、現在「計画的避難区域」の線引きに使われている20mSv/年という基準とは同列に比較できません。
比較するとしたら、原子力安全委員会がSPEEDIにより内部被曝線量のシミュレーションをした結果があります。
SPEEDIによる積算線量の試算結果
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/index.html
3月12日午前6時から3月24日午前0時までの積算線量
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/0312-0324_in.pdf
この試算は「1歳児が1日中屋外にいる」という非常に厳しい条件を仮定して、甲状腺への等価線量を計算したもので、これで3月12日~3月24日までの積算線量を見ると、100mSvというラインが北は30kmを越える川俣町、飯舘村、南相馬市から南は広野町、いわき市の一部へと広がっています。
ただしこれは「1歳児が12日から24日まで、250時間以上連続して屋外にいる」というありえない仮定ですから、現実的にはこれの1/4~1/10程度になります。したがって、福島の事故では100mSv以上になるのは現実的には原発の周囲10km以内の一部です。
チェルノブイリの場合は青少年期の子供150万人が平均して100mSv以上の甲状腺内部被曝をした中での発症率が約0.5%ですから、おそらく実際には平均より一ケタ以上高い被曝をした集団に発症が集中していて、平均値付近ではこれよりも少ないと考えるのが自然です。(が、これを実証するデータを私は知りません。ご存じの方は教えてください)
また、チェルノブイリでは当初事故発生が隠蔽され、適切な対策が取られなかったのに対して、福島では(不十分だ! という批判はあるものの)屋内退避・避難の指示や食品の放射線計測・出荷規制等が行われています。
とはいえ、
<疑問点>
そのシミュレーションは呼吸によるもので、食品経由の被曝は入ってない
シミュレーションが現実に合っているとは限らない
そもそも政府発表なんか信用できない
といった疑問はあることでしょう。この記事ではそこまで詳しく論述する余裕がありませんが、そういった疑問や不信の思いがあることは承知しています。
実際のところ、たとえば
空間放射線量が積算で20mSv/年に達する地域を計画的避難区域とする
という政府の方針について、それが厳しいとか甘いと評価をするためには、前述の「疑問点」のような観点も加えて考えなければなりません。
ここで、大事なこととして言っておきたいのは、
どんな意見であれ、その意見に至った判断の根拠をたどって
自分で考えてみるクセをつける
ということです。
「放射能は危険だ」という論者は大勢います。
一方で、「世間に思われているほど危険ではない」という論者も数は少ないながらいます。
では、どちらを信用するのか?
「私は危険な気がするから、危険だと言ってくれる人を信用します」
・・・というのだけはやめましょう。これを感情的な判断と言います。感情的な判断をしていると、事実に気がつくのがどうしても遅れます。
人間はどうしても間違えるものです。「これは科学的な事実です」という科学者の発言だって数十年どころか数年でひっくり返ることはよくあります。それが科学の発展の歴史ですから。
「危険だ」という人の話を聞くときも、「安全だ」という人の話を聞くときも、いずれにしてもその根拠を一度は自分で確かめてみましょう。
そうは言っても理系の話はよくわからない、という場合は、それをわかるように説明してくれる人を探しましょう。ただし、科学的な話題を「本当にわかるように」説明すると、見かけ上はわかりにくく見えるので注意が必要ですがこの話はまた別途書きます。
繰り返しますが、大事なのは「たとえ今すぐは理解できなくてもいいから、根拠をたどって自分で考えようとするクセをつける」ことです。「考えてもわからない」でもかまいません。でも、それをやろうと少しでも努力をしない限りは、永遠に他人の判断に依存しなければならなくなります。
私はそれをした結果、「一般に思われているほど、放射線は危険ではない」と考えるようになりました。
今回書いたチェルノブイリに関する調査報告はその根拠のごく一部です。
ごく一部だけでも大変な量なので、全部まともに書くと新書の10冊では効きません。
が、私のような原子力にも医療についても非専門家、ただし「読み書き考える力」の育成についてはプロ、という人間が書くからこそ役に立つこともあることでしょう。
ですからこの話は引き続き書きます。「安全性」の話だけでもまだ何回か書かなければいけませんので。
では、また。
(注)なぜ私が本業とは違う原子力論考にずいぶん力を入れて書いているのか、という意図については前回の文末をご覧ください。
(6/17)毎回タイトルを変えて書くことにしたので、タイトルに「part.1」とつけていた番号を削りました。
<関連資料>
国連科学委員会報告2008チェルノブイリ事故の放射線の健康影響について
http://www.ncc.go.jp/jp/information/pdf/shiryo1.pdf
SPEEDIによる積算線量の試算結果
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/index.html
3月12日午前6時から3月24日午前0時までの積算線量
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/0312-0324_in.pdf
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