ITのトレンドを考える(2):それ以前に後戻りできない転換点
ITの歴史をふり返ると、何年かに一度、社会やビジネスの常識を根本的に変えてしまう出来事、もっとわかりやすく言えば、それ以前に後戻りできない転換点を生みだしています。いま話題となっている「ChatGPT」も、そんな転換点のひとつとして、数えられることになるでしょう。
ITの歴史の中で、「それ以前に後戻りできない転換点」について、私見ながら、いくつか拾い上げてみました。
1951年 UNIVAC I
ビジネス分野での最初のコンピューターです。これ以前にも、1946年に完成したENIACがありましたが、軍事用途に限定され、広く一般に使われるきっかけになったとは言えません。その意味で、ビジネス用途でのさきがけとなり、私たちが広く使っているコンピューター時代の幕を開けたのは、このマシンであったように思います。もはやコンピューターのない時代に戻ることはできなくなりました。
1964年 IBM System360
OSの登場です。これ以前にもOSらしきものはありましたが、ハードウェア、OS、アプリケーションという3層構造のアーキテクチャーを明確に定義し、いまのコンピューター・アーキテクチャーの原型となりました。
IBMは、これを一般公開たことで、コンピューター・メーカー(IBM)以外の会社もソフトウェア開発ができるようになり、ソフトウエア開発を専業とする企業やパッケージ・ソフトウェアといったビジネスを生みだすきっかけとなりました。
これにより、IBMのコンピューターを中核としたビジネスのエコシステムが生まれ、IBMのシェアを大きく伸ばすことになりました。また同時に、ソフトウェア時代の礎を築いたともいえるでしょう。「オープン化」が、ITビジネスの拡大を促すことを示す先例ともなったのです。
1981年 IBM Personal Computer 5150
1975年、マニア向けのコンピューター組み立てキットであるALTAIR 8800が登場し、1977年、いまのPCスタイルの原点とも言えるApple IIが登場しています。そんなPCのご先祖様は、個人の趣味のオモチャ的な存在でした。そんなPCが、ビジネスでも使われるようになってゆきます。
ビジネス・コンピューターの大手であるIBMは、この流れに乗じて、自社のPCを発表し、ビジネス分野でのPCの普及が一気に加速しました。ただ、自社PCとは言うものの、市場への参入を急ぐために、IBM伝統の自前主義を採らず、製品の中核をなすCPUは、Intel、OSは、Microsoftの製品を使いました。また、PCのインターフェイス仕様を公開し、他社が、IBM PCに接続できるデバイスを作ることもできました。このオープン戦略が功を奏し、IBMのPCは、その後、ビジネスPCの定番となりました。
IBMは価格競争に破れPC市場からは撤退しましたが、IBM PCアーキテクチャーは、長らくデファクト・スタンダードとなり、「IBM PC互換機」が、一般個人へも普及し、圧倒的なシェアを持つことになりました。IBM PCは、その後、「Wintel(WindowsとIntelを組み合わせた造語)」として、広く普及することになります。
もはや、PCのない時代には、戻れなくなってしまったのです。
1989年 インターネット
この年、世界初の商用インターネット接続サービス提供事業者(ISP)であるPSINetが設立されました。その翌年の1990年2月には、1969年10月にスタートした学術研究用のARPANET (Advanced Research Projects Agency Network)が、運用を終了し、結果時にインターネットに引き継がれる形で、世界中のネットワークがつながり、ネットワークは特別な存在から、誰もが使えるものへと変わり、いまのインターネット時代の幕が開かれました。ちなみに、1993年、IIJが、日本で最初のISP事業を始めています。
当初は、セキュリティも不十分で、回線も低速であり、こんなものは、ビジネスには使えないとの声もありました。しかし、インターネットには、このような課題を凌駕する可能性や魅力がありました。その結果、多くの人たちが、これら課題を解決し、もはやインターネットのない世界に戻ることができなくなったのです。
1993年 NCSA Mosaic
実質的には、広く普及することとなった世界最初のブラウザーと言えるでしょう。これを引き継ぎ、1994年にNetscapeが登場しました。これによってインターネットを使う体験が、とても分かりやすく簡単で身近なものになりました。ただ、この時点では、ブラウザーは、ユーザーが自分でソフトウエアをダウンロードして、導入しなければならず、一般の人たちにとっては、まだハードルが高かったようです。
そんな流れを変えたのが、1995年にMicrosoft がリリースしたWindows95です。Windows95には、ブラウザーであるInternet Explorer(IE)が、オプションとして発売された「Microsoft Plus! for Windows 95」によって提供され、Windows95と一緒に導入できるようになりました。
その後、IEはWindows95のマイナー・バーションアップで標準機能として提供されるようになりました。また、Windows95をプリインストールしたPCにも最初から導入済になり、「導入する」という手間がなくなり、一気にインターネット利用者が拡大するきっかけを作りました。
この当時は、インターネットを使うとは、「ブラウザーでWebサイトを見ること」と受け止められ、誰もが「インターネットを使う」体験をするようになったのです。インターネットが、一般に普及したのは、ブラウザーの登場があったからだと言っても過言ではありません。
2000年代初頭 クラウド・コンピューテング
「クラウド・コンピューテング」的な使い方は、2000年前後からはじっています。例えば、1997年にブラウザーで電子メールができるサービス「Hotmail」が登場しています。1999年、業務アプリケーションを、ブラウザーで使うサービスとして提供するというコンセプトのもと、設立されたSalesforceは、翌2000年にサービスを始めています。2004年、GoogleがGmailベータ版のサービスを開始し、2006年にAmazonがS3のサービスをスタートさせました。
2006年、当時のGoogle CEOであるエリック・シュミットが、「クラウド・コンピューテング」という言葉を使ったことがきっかけとなって、一気に、この言葉が注目されるようになりました。
クラウド・コンピューテングの登場により、「コンピューター・システムは、自分たちで所有・構築するものから、サービスとして使用するものへ」と、その位置づけを変えてしまいました。
クラウド・コンピューティングの登場から20年ほどたち、「クラウド前提」の考え方が、やっと定着してきた感もあります。ただ、我が国では、これまでの「所有・構築」の考え方をそのままに、「クラウドは、システム資源を調達する手段」との考えに留まっている企業が、まだ多いようです。
「クラウドならではのサービスや機能を活かしてITサービスを実現する」
そんなクラウド・ネイティブな使い方が当たり前になるには、まだすこし時間がかかるかも知れない。そうなって始めてクラウドは、ITの歴史の転換点となるのでしょう。
2007年 iPhone
ITの歴史で欠かすことができない大きな転換点として、スマホの礎となったiPhoneは外せません。常時インターネット接続のPCをポケットに入れて持ち運べることで、ITとインターネットは、私たちの日常に一体化しました。
それ以前にも、スマホのさきがけとも言える製品はありましたが、「タップ・スワイプ・ピンチ」に代表される洗練されたユーザー・インターフェイス(UI)、iTunes Music StoreやApp Storeなどのサービスをモノと統合・一体化して、「iPhoneを使う体験」と言う、新たな商品価値を生みだしたわけです。「ユーザーの体験価値(UX)が、モノの価値を決める」と言う、いまなら当たり前の価値観を広く浸透させるきっかけにもなりました。
また、iPhoneを使う体験が、ユーザーに新しい感性を植え付け、もはやそれ以前に後戻りできない世界を創り出したとも言えます。私は、これを「感性のイノベーション」と呼んでいますが、まさにその原点が、iPhoneではなかったかと思います。
2011年 D-Wave
D-Wave Systems社は、「世界初の商用量子コンピューター」を謳ったD-Wave Oneを発表しました。D-Wave Oneは、量子焼きなまし法(量子アニーリング方式)により組合せ最適化問題を高速で計算することに特化した量子コンピューターとして登場しました。当初は「本当に量子コンピューターなのか?」という疑念も持たれましたが、その後の検証によって、量子効果を使って計算していることが広く認められるようになり、「量子コンピューター」として、認知されるに至りました。
原理的には、あらゆる計算が可能な量子コンピューターである「汎用量子コンピューター(量子ゲート方式)」とは、異なるものです。しかし、この製品の登場がきっかけとなって、量子ゲート方式の量子コンピューターへの関心も高まり、大手コンピュターメーカーやベンチャー企業が、量子コンピューターの開発を一気に加速させています。
現時点で、量子コンピューターが、広く実用のレベルに達したと言える段階にはありません。しかし、1946年に登場したENIACや、商用コンピューターのさきがけとなったUNIVAC I、さらには三層アーキテクチャーのIBM System/360の系譜を踏むいまのコンピューターとは、まったく異なる計算原理で動く、コンピューターが登場したわけです。
真の意味で、「後戻りできない転換点」となるかどうかは、現時点では分かりませんが、その可能性は、十分にあるように思います。
2022年 ChatGPT
ChatGPTは、ITと私たち人間との関係を変える大きな転換点になろうとしています。ChatGPTの基盤となる技術は、2010年頃から、盛んに研究・開発が加速した機械学習であり、その流れをさらに加速した深層学習です。
2017年にGoogleが発表した言語処理のアルゴリズムであるTransformerが直接の源流です。ChatGPTを「後戻りできない転換点」のひとつとして挙げたのは、このような言語処理の仕組みを一般の人たちが簡便に使えるチャットのアプリケーションに仕立てて、広く解放したことです。これによって、専門的な知識やスキルがない多くの人たちが、AIを身近に使うきっかけを生みだしました。
その普及の勢いは、過去に前例がないほどで、OpenAI社が2022年11月30日に公開した4日後の12月4日には、利用者が世界で100万人を超え、2か月後の2023年1月には1億人を突破しています。ちなみにこれまでの主要SNSを見ても、ユーザー数1億人に到達したのはTikTokで9か月、インスタグラムは2年4か月かかっていることから、ChatGPTの普及スピードがいかに早いかがわかります。
この流れに後押しされるカタチで、MicrosoftやGoogleなどの大手IT事業者が、一斉にAIサービスの充実に動き始めています。それは、チャット・アプリケーションに留まらず、文書作成や画像作成の支援、プログラミング支援、情報の収集やその分析など、広範にわたります。また、MicrosoftやGoogleは、自社のオフィース・アプリケーションに組み入れ、普段の業務への浸透を図ろうとしています。
ChatGPTをはじめとした大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)が、直近で大きな変化をもたらすのは、人間の専門家に代わってのアドバイスや業務の代行をしてくれることではないでしょうか。
LLMは、膨大なサイバー空間上の文書データを学習して作られています。ここには、プログラムの事例や法律文書、マニュアルやニュース記事などの膨大な文書データが含まれています。
このような文章を網羅して理解できている人はまずいません。自分の専門分野に限っても、「何でも知っている人」は、ほんの一握りです。LLMがなかった頃、分からないことは検索する、本を読むなど、手間を掛けなくてはなりませんでした。それでも分からなくて、専門家に相談すると、あっという間に解決してくれるといった経験は誰もがされているはずです。
そういう専門家に代わって、なんで知っているLLMが、相談にのってくれるようになり、仕事の生産性は、著しく向上します。これは、「中途半端な専門家」を駆逐する可能性を持っています。
また、プログラム・コードの生成やドキュメンテーションといった「知的力仕事」も、任せることができるようになり、ここで仕事をしていた人たちの仕事も奪ってしまう可能性はあります。
仕事とは、企画や設計、デザインなどの上流工程と、設計された図面や工程、意匠に従い、これを作り上げる中間工程、作ったものを維持するための運用や保守といった後工程に大別できます。
LLMやその後、登場するとされるマルチモーダル基盤モデル(Multi-modal Foundation Model)、さらには、その先に登場するかも知れない汎用AI(AGI: Artificial General Intelligence)が、上流工程の生産性を向上させ、中間工程や後工程での人間の関与を大幅に減らすことになるでしょう。
このような状況を考えると、上流工程でAIを使いこなせる人たちが、中間工程や後工程の人たちに仕事を頼まなくても、AIに仕事をさせることができるようになります。つまり、「AIを使いこなせる人が、AIを使いこなせない人の仕事を奪う」ということになるかも知れません。
これは、働き方、あるいは雇用のあり方、あるいは、ビジネスの常識を大きく変えてしまうかも知れません。長い目で見れば、社会システムに全般にわたり、影響を与えることになるはずです。これもまた、後戻りできない転換点となりそうです。
このように見ていくと、ITは、ビジネスや日常に後戻りできない変化をもたらし続けています。ITに関わる仕事をしている人たちは、そんな歴史の流れを変える当事者として、関わっているわけです。
これからも、「後戻りできない転換点」が、登場するでしょうが、どれだけそれを当事者として体感できるか、ほんとうにワクワクします。
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