ITのトレンドを考える(1):安定性から俊敏性へ
明日から、ITソリューション塾・第44期が始まります。2008年にスタートして15年、よくつづいたものだと思います。思い返せば、「クラウドとは何だ?」という時代であり、iPhoneが日本で発売された年でもあります。FacebookとTwitterの日本語版サービスが開始された年でもありました。リーマンショックもこの年に起こっています。
時代を遡り、いまに至る変遷をたどることで、いま起こっていることの理由を知ることができます。そして、この先の視野が明るくなります。もちろん、未来を正確に予測することはできませんが、大きな潮流は見通せます。ITソリューション塾もそんなトレンドを伝えようと模索してきました。
今週は、そんなITのトレンドをいくつかの断面で考えてみようと思います。
安定性から俊敏性への転換
社会の変化をふり返れば、2000年あたりを境にして、大きな価値観の転換が始まったように思います。それは、「安定性(Stability)」から「俊敏性(Agility)」へと価値観の重心、すなわち何を優先するかの基準が変わったことです。
「価値観の転換」を象徴する出来事の1つが、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件です。社会の不確実性が高まり、予測困難な時代になったことを私たちは思い知らされました。このあとに注目されるようになった言葉が、VUCAです。
VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べたもので、1990年代後半にアメリカ合衆国で軍事用語と使われるようになりました。それが、ビジネスの用語に転用され、時代を象徴する言葉として、定着していきました。
ITのトレンドにも、こんな時代の趨勢を反映したテクノロジーやメソドロジーが、登場しています。例えば、つぎのようなことです。
クラウドの登場:「クラウド・コンピューティング」という言葉が登場したのは、2006年ですが、それ以前から、「クラウド的なサービス」が登場しています。例えば、1997年のHotmail、2000年のSalesforce.comなどで、マルチテナント、セルフサービス、Webスケールといった、クラウドの特性を備えたサービスが登場しています。
ダウンサイジングとオープン化:1980年代にビジネスの現場で広く使われ始めたPCは、1990年代に入り一人一台の時代になりました。ミニコン、オフコン、エンジニアリング・ワークステーションと呼ばれる中小規模のコンピューターが、大型のメインフレームを代替しつつありました。さらに、これらはPCサーバーに移り、オープン化と言われる流れが加速します。メインフレーム/ホスト・コンピューターの時代は、終焉を迎えました。これによって、柔軟、迅速なIT活用の筋道が作られました。
クライアント・サーバーからWebシステムへ:1990年代初頭に黎明期を迎えたインターネットは急速に普及しました。その起爆剤になったのが、1995年に登場したWindows95です。ブラウザーやTCP/IPが標準で搭載されるようになり、インターネットの利用が容易になりました。これはもうひとつの大きな変化を起こしました。標準搭載のブラウザーを社内の業務システムとして使う動きです。それ以前は、大規模なデータの処理や保管は、サーバーで行い、UIやデータの加工編集などの小回りの利くところは、PCをつかうというクライアント・サーバーが普及していたわけですが、「タダでついてくるブラウザーでも、同様なことができそうだ」となり、開発や保守のしやすさやコストの安さ、変更の容易性もあって、Webアプリケーションへの移行が進みました。
アジャイルソフトウエア開発宣言:2001年に、軽量ソフトウェア開発手法(と当時呼ばれていた)分野で名声のある17人が一同に会し、彼らがそれぞれ別個に提唱していた開発手法に共通する価値観を議論し、その結果を「アジャイルソフトウェア開発宣言」(Manifesto for Agile Software Development) という文書にまとめ、公開しました。いまや当たり前となった、「アジャイル開発」の起点とも言える出来事です。
これらに共通する価値観は、「俊敏性」です。「VUCA=不確実性が高く予測困難な社会」にあっては、「未来を正確に予測」することはできません。ならば、目前の変化をいち早く掴み、その時々の最適を実行し、高速に修正・改善を繰り返すことができる圧倒的なスピードがなければ、こんな社会の変化に対応できません。上記に紹介したITトレンドに関わるエピソードも、そんな時代の求める価値観を反映した出来事です。
VUCAの時代にあっては、「安定性」から「俊敏性」へと価値観の転換を図らなければ、事業の存続や企業の成長はありません。ITのトレンドもまた、そんな時代の趨勢を反映しています。
- ウォーターフォール開発からアジャイル開発へ
- オンプレミスからクラウド・コンピューティングへ
- モノリシック・アーキテクチャーからマイクロサービス・アーキテクチャーへ
社会の求める価値観が変わったことで、それに応じたやり方が受け入れられ、定着していきました。どちらが優れているのとか、あるいは生産性が高いのかといった議論が、未だなされているのですが、これはまったく的外れな議論です。
このような変化を受け入れるには、その前提となる価値観を企業の文化や風土に取り込む必要があります。例えば、「安定性」に強く支配される文化や風土を持つ企業が、アジャイル開発に取り組んでも、うまくはいきません。なぜなら、アジャイル開発は、システム開発の全てを、すなわち進捗や品質の管理を自律した現場のチームに委ねることを前提としているからです。また、現場との継続的かつ対等な対話が重視されます。
「安定性」を重視して、階層的な組織の中で行動をきめ細かく管理し指示をする、全ての意思決定は、リスクを徹底して排除するために稟議にかけるという組織風土の中では、「アジャイル開発」の手法を駆使しても、「俊敏(アジャイル)なシステム開発」は実現しません。クラウドやマイクロサービスも同様で、前提となる価値観の転換なくして、実践で十分な成果をあげることは難しいでしょう。
世の中に、「絶対」はありません。ものごとには、常に一長一短があり、プラスとマイナスの重ね合わせで、どちらが「相対」的に価値が高いかを評価して選択することが大切です。その時に、どちらの価値観を基準にして相対化するかを決めなくてはなりません。つまり、いかなる「あるべき姿」を実現するかで、どちらのやり方が、相対的に有利であるかを判断すると言うことです。
もし、「安定性」を優先するなら、ウォーターフォール開発、オンプレ、モノリシックが、相対的に有効かも知れません。しかし、「俊敏性」を優先するなら、アジャイル開発、クラウド、マイクロサービスは、現実的かつ有効な選択肢です。
「俊敏性」を優先し、それにふさわしいやり方を選択したとしても、「絶対」はありませんから、様々な課題が生じます。ならば、それをどのように解消すればいいかを考え、対策を講じる必要があります。
例えば、「俊敏性」を優先し、クラウドを使うのなら、「通信障害やクラウド・ベンダーの障害」を想定して、異なるキャリアの複数回線を使いアベイラビリティ・ゾーンを分けて冗長化構成にする、複数のクラウド・プロバイダーに分散する、コンテナ化してサービスの可用性を高めるなどの対策を施すことなどで、この課題を解決できるでしょう。
ITのトレンドは、いままさにこのような社会の変化、すなわち「俊敏性」への移行に伴う課題解決に向けて、様々なサービスやテクノロジーが、急速に発展、普及しています。
「安定性」は、社会の変化が緩やかであり、これまでのやり方の延長線上に未来があるという時代であれば、うまく機能する価値観です。もはやそんな時代ではありません。いまだ「安定性」を絶対的な正義であると考えてシステム構築をしている企業もあります。この価値観を前提に作られた規則や制度、暗黙の了解や常識から外れることは許されず、「俊敏性」に求められる上記のような課題は、「あってはならないこと」となっています。
「安定性」から「俊敏性」へと、社会の求める価値観が転換しつつあるいま、それにふさわしいやり方を許容できなければ、時代の趨勢から取り残されてしまいます。
私は、「安定性」から「俊敏性」へと企業の前提となる価値観を再定義し、これにふさわしい、会社に作り変える取り組みが、DXであると捉えています。「D」すなわち「デジタル」という冠は、いまの時代が「デジタル前提」で機能していること、また、「デジタルという手段」なしには、俊敏な事業基盤を実現できないことを表しているのです。
「デジタル前提の社会に適応するために、デジタルという手段を駆使して、変化に俊敏に対応できる会社に作り変えること」
DXをこのように捉えれば、社会のトレンドと符合するのではないでしょうか。
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
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- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
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- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
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