「営業力の強化」という責任転嫁 そんなことで業績は伸びない
「営業力の強化」、「営業人材の育成」が、最も重要な課題である。
ある調査報告にこのような記載があった。しかし、本音は、「それ以外に思いつかなかったから」ということなのではないか。
昨今の調査会社各社のレポートを見ていると、どれもここ数年の情報サービス産業の市場規模は、年平均1%にも満たない成長率だ。このような市場で成長を維持してゆくためには、競合他社の市場を侵食し、取り込んでゆかなければならない。 しかし、どこも横並びのサービスしか提供できないのであれば、喰いつ喰われつを繰り返すだけであり、事業の拡大は期待できない。むしろ、コストのたたき合いで体力勝負を強いられ、お互いに疲弊してゆくだけのことだ。
特に地方では、お客様とSI事業者とは強い相互依存の関係にあり、シェアも固定化されている。多少のプレーヤーの交代はあっても、全体としては大きく変わらない状態が続いている。また、地方の市場規模では事業が成り立たず、都市部の大手SI事業者の下請けとして受託していることも少なくない。しかし、オフショアとの競合は避けられず、例え仕事はあっても十分な利益の確保は、ますます難しくなってゆくだろう。
このような構造をそのままにして、営業力を強化することに、どれほどの効果が期待できるのだろうか。
クラウドの普及が、これまでの事業構造を大きく変えてゆくことについても、目を向ける必要がある。3年前であれば、リース更改の次の選択肢は、同様の機器を購入し改めてリースにかけることだった。しかし、クラウドのサービス品質が大幅に向上し、今では、購入・リースに代わる有力な選択肢となった。そうなれば、システムの販売・構築・運用の多くは、クラウドに置き換わる。
ユーザー企業の情報システム部門は、ビジネス・サイクルの加速やグローバル対応など、市場や経営から迅速な対応を強いられている一方で、IT予算は厳しく押さえられている。クラウドのサービス品質向上と普及は、ユーザー企業に、これまで同様の自社所有を前提とした情報システムのあり方を変えることことへの現実的な選択肢を与えた。
また、クラウド、モバイル、インターネットの広がりは、技術的な難しさを隠蔽しつつITの利活用の裾野を大きく拡げている。その結果、IT利用に関わる意志決定を業務部門ができるようになり、ITの専門集団、あるいは、システムを管理、開発、運用するための組織である情報システム部門の存在意義も問われかねない。これまで同様に情報システム部門を、唯一のお客様としてきたSI事業者にとっては、お客様を失うことにもなる。
「変化は感じています。何とかしなければいけないことは分かっています。」とSI事業者の方は語られますが、その対策が、「営業力の強化」、「営業人材」の育成であるとすれば、まったくコトの本質を見誤っている。
人月単価の積算を前提とした収益モデルを変えるべきだ。営業ではなくエンジニアのあり方を変えるべきだ。「まだ何とかなる」という経営者の意識を変えるべきだ。
時代は、「作らないシステム・インテグレーション」へと変わりつつあり、それがお客様の望みでもある。マッシュアップ、高速開発ツール、アジャイル開発など、業務現場のニーズを短期間で確実に開発し、本番に移行するための手段が整いつつあるなか、それが、お客様の幸せであれば、当然その流れを押しとどめることはできない。そこに求められるエンジニア像は、複合スキルを持つ「多能工エンジニア」と「テクノロジー・スペシャリスト」に二分される。
「多能工エンジニア」とは、技術が分かり、業務の言葉でユーザーと会話、交渉できるエンジニアだ。あるいは開発が分かり運用が分かるエンジニアだ。 JavaやDBMSのエキスパートだけでは、オフショアと勝負できない。運用だけしか分からないエンジニアは、クラウドに置き換えられる。 プログラミングできるスキルを持ち、オフショアやクラウドを目利きし、コストパフォーマンスの高いリソースを個別の業務や経営に最適な組み合わせとして提供する。そんなエンジニアを育ててゆくことが必要だ。つまり、ITの専門家として、お客様の業務や経営の相談相手となり、お客様に最適化されたシステムを作り上げるプロデューサーとなることが、オフショアやクラウドとの決定的差別化になる。
案件規模が、小さくなる中で、このような多能工エンジニアが、小さなチームを作って、自己完結型で短期間に効率よく仕事をこなしてゆく、そんなアジャイル的アプローチが可能な人材の育成と運用の仕組みを作ってゆくことが必要となるだろう。
「テクノロジー・スペシャリスト」は、そんな多能工が利用するフレームワークや部品などのテクノロジーそのものを開発してゆくエンジニアだ。高度な技術に精通し、技術面でのイニシアティブを提供してゆく。
経営者の意識については、もはや言うまでもない。このような取り組みを進めてゆくには、経営者自身が、このビジネスの現実を避けることなく直視し、強い決意と意志で取り組むしかない。「まだ大丈夫、まだ何とかなる」で対策を先送りにしてはいないだろうか。あるいは、「新規事業開発プロジェクト」という有志によるボランティア活動で、「対策をしているふり」をして、何の成果も上げていないといったことはないだろうか。
営業力とは、このような取り組みを前提としない限り、意味がない。売るものに取り立てて魅力がないのに、営業の笑顔と押しの強さでビジネスを大きくできるほど、もはや、この市場は寛容ではない。
「営業力の強化」、「営業人材の育成」が、意味のないことだとは思はない。優秀な営業がいなければ、ビジネスの効率やお客様の満足を高めることは難しい。しかし、「業績の拡大=営業力の強化=営業職の能力育成」ではない。 全社の戦略や施策の中で、営業力を位置付け、ふさわしい人材を育成することが、必要だ。
「業績が伸びないのは、営業力がないからだ。」
そうやって、責任を営業に押しつけてはいないだろうか。問題の本質は、もっと別のところにあるのではないか。そんな問い掛けをしてみては如何だろう。真の答えが見えてくるかもしれない。
こんな方に読んでいただきたいと、執筆しました!
- IT部門ではないけれど、ITの最新トレンドを自分の業務や事業戦略・施策に活かしたい。
- IT企業に勤めているが、テクノロジーやビジネスの最新動向が体系的に把握できていない。
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「【図解】コレ1枚で分かる最新ITトレンド」に掲載されている100枚を越える図表は、ロイヤリティ・フリーのパワーポイントでダウンロードできます。自分の勉強のため、提案書や勉強会の素材として、ご使用下さい。
目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン
デベロッパーズ・サミット2015にて紹介させていだきました!
拙著「システムインテグレーション崩壊」が、「ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書大賞」のトップ10に選ばれ、先日、デベロッパーズサミットにて、紹介させて頂きました。
「システムインテグレーション崩壊」
〜これからSIerはどう生き残ればいいか?
- 国内の需要は先行き不透明。
- 案件の規模は縮小の一途。
- 単価が下落するばかり。
- クラウドの登場で迫られるビジネスモデルの変革。
最新ITトレンドとビジネス戦略【2015年1月版】を公開しました
ITのトレンドとビジネス戦略について、集大成したプレゼンテーションです。毎月1回、「テクノロジー編」と「戦略編」に分けて更新・掲載しています。
【2015年1月版】より「テクノロジー編」と「戦略編」の2つのプレゼンテーションに分けて掲載致します。
「テクノロジー編」(182ページ)
- ストーリー展開を一部変更しました。
- 「クラウド・コンピューティング」の追加修正
- Webスケールとクラウドコンピューティングについて追加しました。
- パブリック・クラウドとマルチクラウドの関係について追加しました。
- 「IoTとビッグデータ」の追加修正。
- M2MとIoTの歴史的発展系と両者の違いについて追加しました。
- ドイツのIndustry 4.0について追加しました。
「ビジネス戦略編」(49ページ)
- ストーリー展開を一部変更しました。
- 2015年問題の本質というテーマでプレゼンテーションを掲載致しました。
- 人材育成について
- 生き残れない営業を追加しました。
- エンジニアの人材育成について新たなプレゼンテーションを追加しました。