■ 「気のせいかな」は2mmが原因だった
いやー、気のせいですよ。
がんばって入れ歯に慣れてください。
それが他院での対応でした。
「どうも私の舌が新しい入れ歯をジャマもの扱いにしてしまう」
これがUさんの悩みです。
このようなとりとめのないフワッとした症状の方と相対する時は注意が必要です。
70代女性の方で上アゴは、生えている歯が一本もない総入れ歯です。
拝見させていただくと入れ歯には一見なんの不備もなさそうです。
これなら問題なしと感じる患者さんが大半でしょう。
歯科医師の判断で、どこを見ても問題なしと思えるのに、患者さんがあまりに神経質すぎる、あるいは入れ歯やかぶせものの咬み合わせに違和感を訴える「咬合違和感症候群」と呼ばれる症状の場合、専門分野が異なるので当院では治せません。
専門の国立大学病院をご紹介しています。
とはいえ歯科医師が問題なしと判断したとしても、今回の症例のように舌が新しい入れ歯をジャマもの扱いしてしまうというのは、入れ歯に問題があるのではないか、その可能性があるのではないか、ととらえて原因を探します。
気のせいと受け流すのではなく、先入観を持たず虚心坦懐の心構えで患者さんと入れ歯を見ることが大切です。
私も見落とさないように自分への戒めとして、ここへ書いておくことにしました。
Uさんを診察してみると下の歯ともうまく咬み合っています。
ですが何度も注意深く見ているうちに、上の入れ歯の、とくに右側の奥歯の歯列がほんのわずかですが内側に入っているように見えてきました。
おそらく10年前の私だったら、この微妙なずれを見落としていたかもしれません。
やはり「気のせいですよ」と答えていたと思います。
実は以前、別の患者さんで、やはり同様の訴えで私が作製した上の総入れ歯が使えなかったことがあります。
その時は下の奥歯の歯並びのわずかな段差に気づいて、もう一度新しく作り直したら使えるようになりました。
使えなかった古い入れ歯を当時の患者さんから譲ってもらいました。
今でもその入れ歯は薬液消毒して袋に入れて保存しています。
「歯並びが1ミリ内側に入って使えない入れ歯とは、こういうものだぞ!」
と自戒の念を込めて記憶しておきたいからです。
今回は総入れ歯自体の出来は良好なので新しく作りかえる必要はありません。
そこで入れ歯の右側の歯列を2ミリ外側にずらすことにしました。
まず対象となる奥歯の外側に2ミリ、プラスチックの材料を盛り足します。
それから奥歯の内側を2ミリ削る。
こうすることで歯列が2ミリ外に広がります。
周辺部分との兼ね合いを見ながら微調整を済ませて試してもらうと
「あっ、これなら舌が気にならないです!」
とUさんはおっしゃってくださいました。
その後も順調にご使用いただいております。
これが前歯だと見た目のバランスや入れ歯の強度に関わってくるので、さらに慎重に手がける必要がありますし、違和感を取り除くことが困難なケースもありますが、それでも安易に「気のせいだ」と決めつけることなく調整する方向で取り組んでいきます。
「気のせいかな」という症状には様々な原因があります。
専門分野が異なる症例のようなごく一部の例外を除き、原因がわかれば当医院で解決できることも多いのでご相談いただければと思います。
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